蒼氓の月・タイガとラストドラゴン/(絶滅の危機にあるドラゴンを救えるのか。王位をめぐる陰謀と後宮の思惑。タイガとリリスの恋の行方は)

むとう けい(武藤 径)

文字の大きさ
3 / 44
カナトスの皇子タイガ

スフィンクス

しおりを挟む
 スラム街をぬけて城壁のある丘まで登り詰めた。木立の茂る暗がり、ここにも立ちんぼの女が佇んでいた。女はタイガに流し目をおくる。月がのぼるのはまだ早く、宵の星明のだけでははっきりは見えないものの、どうやら女の上半身は裸のようである。
「客人」と、女は言った。
「何奴?」サー・ブルーが剣に手をかける。
 暗がりから女が進み出た。すると丸い満月のような乳房が露わになった。タイガは思わず口許がほころんだ。だが、次の瞬間、驚いたことに下半身は獣の姿をしていることが判った。上半身は男を惑わすための女体。そして下半身はライオンの四つ足ーー。
「もしや、あれは、スフィンクスか? 私はてっきり石像があるものだと思い込んでいた」
「私もスフィンクスの像だとばかり……まさか生きたスフィンクスが目印だったとは」
「ーーいかにも。魔導師プロフェッサー・バトラーに使いを頼まれた。客人、我についてくるのだ」
 美しい顔のスフィンクスは抑揚のない声で言った。

 タイガが幼きころは、祖国カナトスにも異類婚姻による異形の者が入り込んでいた。商人やジプシーといった放浪旅一座が金を求めてやってきていたのだ。当時はまだ国のシンボルでもある漆黒のドラゴンも、城の上空を悠然と飛んでいた。だがここ数年さっぱり姿を現さなくなっていた。風の便りで、異形の住む都が破壊されたと耳にするようになった。その原因ついて各国の王、学者や枢機卿たちは疫病によるものだと結論づけたのである。ドラゴンと異類婚姻だけがかかる疫病が原因で、互いを殺し合ったのだという。だが、これに異を唱えたのが魔導師のプロフェッサー・バトラーだった。

『これは、疫病によるものではない。滅んだメリサンドの都に東方の死神が現れたと訊きおよんだ。この現象は人間界にも必ず影響を及ぼす。しかるべき事態に備えよ』
 だが、権力者たちは、遥か遠くの目に見えぬ出来事よりも、目の前にある私利私欲である己が領土を増やすことばかりを考えていた。したがって、この十数年なんら備えを怠っていたのだ。落胆した魔導師は、単独で死神の痕跡とドラゴンの生き残りを探す旅に出た。
 その魔導師から、数年ぶりにタイガの父であるリオン王に知らせをよこしたのだ。

『王よ、以前、旧友の私と交わした約束を覚えておられるだろうか。この度、約束を果たせることになった。信頼のおける屈強の男を遣わし、我らが思い出の地、スフィンクスの丘まで来られたし』
 
 タイガとサー・ブルーは三カ月あまりの旅の末にようやくこの地に着いた。そして今宵、魔導師に会えるのだ。タイガの胸に期待と好奇心が宿るのだった。

 二人はスフィンクスの艶めかしく揺れる尾についてゆく。やがて、天まで聳えるほどの石垣の前で止まった。そこに人の大きさほどの三重の円が描かれていた。円に沿って、木炭のようなものでまじないが書かれていた。スフィンクスが手をかざすと、円は紫色の光りを放った。

「皇子……あれは……」
「恐らく魔導師様が仕掛けた魔法陣であろう。 
 あれをくぐりぬけたら、師のいる場所に行き着くはずだ」
 
 先にスフィンクスが入って行く、タイガ、サー・ブルーとつづいて魔方陣をくぐる。出た先は、草原に忽然と存在する巨大な円形劇場の舞台の上だった。草木が茂り、劇場の壁は崩れておちていて、かろうじて円の形をとどめていた。だが、周囲にあったはずの建物のほとんどが消滅し、折れた柱を残したまま、都市は草地に埋もれていた。

「ここはどこだ?」
 タイガはスフィンクスの妖艶な背中に目を奪われつつ尋ねた。
「客人、メリサンドの都と言えば判るであろう?」
 スフィンクスはちらりとタイガに視線を送る。
「なるほど、ここがそうなのかーー」
 タイガは息を呑んだ。
「メリサンドの者たちに、都なんかあったのか?」
 サー・ブルーは首をかしげた。
兄弟子あにうえ母上の住いにある絵を見たことがないから知るまい」
「皇子、では、この地を描いた絵が、レーテル様のお暮らしになるオーブ城にあると?」
「いかにも。ここは忽然と姿を消した幻の都。ドラゴンとの間に生まれし、異形の者たちが集うメリサンドの都だ。十七年前、一夜のうちに消滅したのはこの場所だった。一一そうであろう? スフィンクス」
 タイガの問にスフィンクスは表情を変えずに頷いた。
「タイガ様、私は噂の類いかと思っておりました」
 サー・ブルーはにわかに信じがたいといった様子だ。
「私も絵の中で知るだけで、まさか自分がこの地を訪れようとは思いもしなかった」

 タイガはオーブ城の絵を思い浮かべる。この地には、あのスフィンクスのように美しきメリサンドが大勢暮らしていたのだろう。その民が、虐殺されたとは誠に信じがたいことだとタイガは考えた。また、こうも思った。あのスフィンクスような美しき者に愛を打ち明けられたなら、自分は果たして拒むことができるのだろうかとも。

 廃墟に紛れるようにして住居とおぼしき灯りが見えた。スフィンクスは顎でしゃくり、あれだと言った。
 近づくにつれ、崩れた壁に板を打ちつけただけの、いたって粗末な小屋であることが分かった。

 不意にドアが開いた。中から十四、五歳くらいの赤毛の少年が出てきた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...