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水車小屋のリリス
草原の旅人
しおりを挟むビサの宿場町を出た皇子一行は一路、カナトス王国を目指した。小麦畑の続く景色は、いつのまにか砂埃の舞う平原へと変わっていた。木や岩陰など身を隠す場所もなく、また、敵に狙われやすいことから、昼間は休息し、闇に紛れて移動する夜間戦術を用いた。結局、アーロンは厩の主人が用意したポニーに乗って同行することになった。立ち寄った村々で魔導師の行方を尋ねるも、依然として消息は不明だった。恩師の安否が判らない今、このことが少年の心をいっそう頑なにさせているようだった。
太陽が西に傾きかけたころサー・ブルーは野ウサギを仕留めて戻ってきた。
「夕食はウサギ料理が食べられるのか」
ここしばらくカエル料理が続いた。今夜はまともな食事にありつけそうだとタイガは喜んだ。アーロンが肉の下処理を済ませてから鍋に入れた。煮込み料理が出来る間、タイガはマリーを手の中で遊ばせながら、生きた昆虫を捕まえては与えた。魔導師の家を出てからというもの、マリーはタイガに纏わりついて離れない。育ての親だと自負しているアーロンは、そんなタイガをみて不貞腐れた態度をとった。
「アーロンの家族はどうしておるのだ?」
「俺は捨て子だったんで、家族はいないです」
タイガなりに気を使って話しかけたものの、予想以上に少年の生い立ちは過酷だった。
「そうか……幼いころから寂しい思いをしてきたのだな」
「いいえ、ぜんぜん。本当の家族がいなくても俺には仲間がいましたから」
少年は突っかかるように応えた。
「仲間?」
「はい、バルトニアの孤児たちの集団にいました」
「そうかーー。仲間はいいものだ」
タイガにとって仲間は剣術の稽古場で共に鍛錬してきた若者たちだ。あるいは自分を支えてきた老練の従者もそうだろう。彼らとは血を分けた兄弟より強い絆で結ばれているといってよかった。
「仲間がいいなどとは思ったことは一度もありませんでした。俺たちは生き残るために一緒にいる。ただそれだけです。年長者の理不尽な命令にも従わなければならなかったし、毎日、小競り合いもあった。盗みの強要も、孤児の将来はせいぜいごろつきか、船底の下働きか。だから俺はそれが嫌で街を出たんです。プロフェッサー様に拾われて、それで弟子になりました」
「それならアーロンはよい師匠に出会えたわけだ」
マリーはタイガの与えたキリギリスを飲み込むと、金のピアスのはまる耳朶を甘噛する。そのくすぐったさからタイガから笑みがこぼれた。
「一国の皇子というのは、ただ食って寝るだけの存在ですか?」
アーロンは腹に溜め込んでいたものを吐き出すように言った。
「アーロン!」
それまで黙々と剣の手入れをしていたサー・ブルーが口が過ぎるとばかりに割って入った。
「まぁ、よいではないか。アーロンがそう思うのはもっともな話だ」
タイガは笑う。実際そうなのだ。自分も同じ思いを抱いていたからだ。
“王位を継ぐ皇太子がいる今、自分の存在とはいかに?”
半年ほど前のことだ。タイガは王に暇を告げて、生みの母と一緒に農園で暮らしたいと願い出た。誰がみたって自分はただ食って寝るだけの放蕩息子にすぎない。タイガは自分も民と同じように役割を担い、働きたいと単純に思ってのことだった。
「アーロン、こうみえて皇子に自由はないのだ」
タイガはククッと笑う。
「皇子様に自由がないとは、どういうことでしょう?」
「人にはそれぞれ役割というものがある。魚を捕る者、作物を栽培する者、機を織る者、金を採掘する鉱夫や品物を売り買いする商人。国を護る兵士、神秘を司る祭司、術を操る魔道士、そして民をまとめる役人と政治を司る王族だ。ここまではよいかな?」
アーロンはぶっきらぼうに頷いた。
「仮に私が気を回し、官女がする掃除とやらをするとしよう。彼女の仕事を取り上げたことになる。贅沢だといってローブを着なくなれば仕立屋が困る。彼らの仕事はなくなるのだ。王族がいることによって、多くの者に職がある。ーー仮に、王が崩御されたら、王位は皇太子である兄上が継ぐ。若い王を打ち取ろうと、外敵が攻めてきたとしたら。兄一人を討ち取れば国を統治する者はいなくなるわけだ。だが、幸いにも昨年、世継ぎが誕生した。しかし、産声をあげたばかりの皇子に何ができる? それならば、皇子が統治するまで摂政を置くしかないわけだ。王妃が執り行うか、私が執り行うか。したがって、私は万が一の備えだ。国の安定のため、私の生死は自由ではないのだ」
アーロンは銀の皿にシチューをよそうと、サー・ブルーに手渡した。サー・ブルーは毒見のために銀のスプーンを入れた。
「サー・ブルー、もうその必要はなかろう。私はプロフェッサーの弟子であるアーロンを信じている。もはや毒見は必要ない」
タイガの言葉にサー・ブルーはあっさり引き下がった。タイガはシチューを貰い受けると頬張った。
「これはうまい! 」
「滋養強壮の薬味を入れました」
タイガはウサギシチューをすっかり平らげてしまうと、自らおかわりをよそうのだった。
「タイガ様のお立場は俺にも理解できます。ですが、もしもです、備が不要だとした時はどうなるのです? その時は、タイガ様は自由にお暮しになるのでしょう?」
アーロンのまっすぐな物言いにタイガはふっと笑った。
「そうなれば、私は王位を脅かす存在だということだ。お前が私に毒を盛り、王に忠誠を誓うナイト一族、サー・ブルーが、私を斬り捨てるだろう」
タイガは真顔で答えた。
「そ、そんな……、俺は! 俺はそんな卑怯な真似など、ぜったいにしません! たとえ金を渡されたって、王様が直々に頼んだって、タイガ様を殺めるようなこと、絶対に……」
アーロンは打ち消すように言った。一方、サー・ブルーは表情を隠している。その時がきたら、タイガはサー・ブルーに斬ってもらいたいと覚悟を決めていた。兄弟子なら、いたぶるような真似をせず、痛みを極力感じさせないよう、瞬殺するであろう。だが、実行犯が捨て駒なのはいつの世も変わらない。皇子を殺めた者も、また、生きてはいられないのも事実だ。あの世で二人仲良く暮らすのも悪くないとタイガは思った。
「タイガ様‥‥‥もう一つお聞きしたいことがあります」
「いいぞ。なんなりと申せ」
「王様はなぜタイガ様に、マリーを連れ帰るよう命じられたのです? 皇子が国外にいては、大切なお命が危険に晒されるのではないでしょうか?」
「父上の真意は私にもわからぬ。ただ言えるのは、信頼のおける者に託したかったのだと思う。したがってこの度のお役目は、閑職に甘んじる私にとっては大きいことなのだ」
「しかし、我々が城を出た直後から、良からぬ考えを持つ者が動き出したのも事実です」
サー・ブルーは草原の彼方に目を留めつつ言った。
「やはり、この先、直接対峙するのは避けられないかもしれぬな」
「ギザの町で騒ぎを起こした者たちのことでしょうか?」
「いかにも。奴らが直接、手を下そうとしたのは二度だけだ。誰が私を殺そうと企んでいるのか、それを見極めるために泳がせている」
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