蒼氓の月・タイガとラストドラゴン/(絶滅の危機にあるドラゴンを救えるのか。王位をめぐる陰謀と後宮の思惑。タイガとリリスの恋の行方は)

むとう けい(武藤 径)

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カナトスの皇子タイガ

偽りの皇子(1)

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 見物人の中に事情を知ってか、旅人たちに噂話を吹聴して回る男がいた。タイガは事情通の男をつかまえると、いきなり肩を組み、持っていたワインで乾杯すると馴れ馴れしく話しかけた。
「よう兄弟、皇子が来ているって訊いたんだが、いったいどこの国の皇子だね?」






「おまえさんは知らないと思うが、最果ての地にあるカナトス王国の皇子様だ。巡礼した先の月神から皇子がまもなく王になるだろうとお告げをもらったそうだ」
「もしや、金山のあるあのカナトス?」
「そうそう、それそれ。秘境の国、カナトスだ」
「どの人物が皇子様だろう?」
「ほらあの、銀の上着を着た若のが皇子様」
 来賓の頭が邪魔でよく視えなかった。
「横にいる恰幅のよい男は?」
「あの方はアラモス大商人様だ。皇子の後見人を務める。因みに皇子の右隣にいるのはベリアル公爵様さ」
 宴の席に派手な服装の男たちがずらりと並んでいた。だがタイガのいるところからは人物の細かな表情までは判らなかった。皇子が皇太子である兄のアーサーとはとても思えなかった。それにアラモス大商人なる人物も、ベリアル公爵の名も訊いたことがなかった。皇子が商人とつるんで巡礼など、いかにも胡散臭い話だとタイガは思うのだった。
「皇太子ならそのうち黙っていても王になるであろうに、なぜわざわざお告げなど」
「ちがうちがう。お告げを受けたのは次男のタイガという名の皇子様さ」
 タイガは危うく吹き出しそうになった。青天の霹靂へきれきとはこのことだ。いったい誰が千里も離れた異国の地で自分の名をかたるのか。
「この度の宴はお告げを祝して行われたそうだ。兄弟、ただほど旨い酒はない。大いに盛りあがろうではないか」
 そう言うと男はもっと酒をもらおうと酒を振る舞う女たちのところへ行ってしまった。
 タイガが男から話を引き出している隙に、サー・ブルーは彼らが所有する金貨を手に入れていた。
「宴の費用はこの金貨でまかなったようです」
 タイガは渡された金貨をしげしげと眺めた。ドラゴンの刻印は似てもにつかないものだった。そもそもカナトスの金は四角いサイコロのような塊であって、貨幣の形をなしていない。
「他にもカナトス産だと称して粗悪な装飾品を売っているようです」
「はっ!なんてことだ。偽物にお墨付きを与えているのがつまりは私なのか」
 怪訝な顔のサー・ブルーにタイガは男の話を手短に伝える。すると青い瞳はみるみるうちに険しい表情に変わっていった。
「タイガ様のとは誠に由々しき事態。皇子様も偽者なら、金も偽物。カナトスの国がまがい物を流通させているとなれば、これは国益にかかわる大問題です」 
「サー・ブルーの言うとおり、到底見過ごすことなどできぬ。しかしどうしたものか……」タイガは考えあぐねた。「奴らは、まさか本者がここにいるとは思いもしないだろな」
「もしや、タイガ様、名乗り出るおつもりですか?」
「それしか方法はあるまい」
「用心棒もいるようですし、自ら名乗り出るのは危険です」

 サー・ブルーの心配をよそにタイガは事情通の男のところへ舞い戻った。




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