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カナトスの皇子タイガ
ビサの宿場町
しおりを挟む死魔の脅威から逃れた一行は、バルトニア王国のはずれにあるビサという名の宿場町に立ち寄った。この地は月神信仰の巡礼地にも程近いため、東西南北から街道が集まる巡礼の町としても知られていた。
「だんな様方、思っていたよりも早いお帰りで。お二方の立派な馬はあたしがしっかりお世話させていただきやした」
二頭の手綱を引いた厩の主人は、若い客人に対してにやにや、ぺこぺこと頭をさげている。
厩の主人が言ったように、タイガの愛馬は黒鹿毛色の毛並みが美しい牝馬だった。もう一頭は馬体の大きな軍馬だ。昨年リオン城で行われた剣術大会において、優勝したサー・ブルーを称えて王様より下賜されたものだった。
「ご主人、世話になった」
サー・ブルーは馬を預けたときと同じ大きさの金の塊を手渡した。主人はその輝きに目を細めた。
「ありがたや、ありがたや。旦那方、カナトス産の金などなかなか手に入るものではございません。我が国の通貨よりも、うんと貴重でございます」
タイガの指輪と同じドラゴンの刻印が押された金は、どの国に行っても通貨以上に重宝されている。刻印は混ざりもののない正真正銘の純金の証だったから高値で取り引きされるからだ。ただし、粗末なマントを羽織る若い二人が厩の主人の信頼を得るまで多少の時間を要したのはいうまでもない。分不相応の上等な馬に乗って宿場町にやってきた二人が、極上の金を差し出しうえに、三日間馬を休ませてほしいと頼み込んできたからだ。主人はならず者らが、盗んだ馬と金を持って逃亡しているもと疑ってかかった。
だが、タイガの指に巻き付く白金のドラゴンの指輪を見るや否や、その長年の勘から、若い王族がお忍び旅行で訪れたに違いないと思い至るのだった。その瞬間、厩の主人はころりと態度を変えたのだ。
「それで、私がお教えした港の盛り場通りはいかがでした。若い旦那たちならさぞかしいい女の閨に案内されたのでしょう?」
主人はにやにやと卑猥な笑みを浮かべた。
「ご主人のおかげで愉しい思いをさせてもらったぞ」
タイガはさらりと言ってのける。それを傍で訊いていたアーロンは、軽蔑の眼差しを向けるのだった。
「ところで、主人、連れが一人加わった」
「こちらのうんとお若い魔導士様でしょうかね」
厩の主人はアーロンの杖にひっかけている空っぽの籠を、なんとも気の毒そうに眺めるのだった。
「そうだ。これから長旅ゆえ、この者に馬を一頭、用立ててもらえないだろうか?」
「あ……なんと間の悪いことで、あいにくどこぞの国の貴族の行列が通りましてね、所有していた馬をすべて買い取られてしまったのです」
「俺はいらない! 歩きますから大丈夫です」
アーロンはタイガの世話になどなりたくないといわんばかりに言った。
「この先にある大平原を渡り切らないといけない。アーロン我々にはそれほど時間がないのだ」タイガは若い魔導士をなだめる。
「それなら別の厩にあたってみましょう」サー・ブルーはマントの下に金塊の入った袋をしまおうとした。
「旦那方、大きな行列でしたから、このあたりの馬はすべて買い取られたと思いやす。一晩だけ待っていただきやしたら、あたしがなんとか手配いたしますから」
厩の主人は慌てて引き留めた。
結局、宿も貴族の随行者で埋まっていたことから、厩舎の上にある馬番のための宿直部屋を借りることにした。部屋に入るなり馬糞の臭いがこもっている。タイガの懐から出てきたマリーは翼を伸ばしパタパタと飛び回るからよけに臭いが鼻についた。
「タイガ様、臭いがなんとも、これでは野宿のほうがマシではなかったでしょうか?」
サー・ブルーが一国の皇子が泊まるにはあまりに劣悪だったため、申し訳なさそうにしていた。タイガは雨風がしのげればそれでよいと言った。
「気晴らしに町に出てみようと思うが、アーロンはどうする?」
「女遊びには興味はありません。俺はマリーとここに残ります」
「ひねくれるのもいいかげんにーー」
サー・ブルーが咎めるのをタイガは遮った。
「アーロンはここにいるといい。くれぐれもマリーを頼んだぞ。それから、プロフェッサー・バトラーの消息が判れば真っ先に知らせてやろう」
そう言い残すとタイガはサー・ブルーを引き連れて厩舎を出た。
町の中心に向かうにつれて通りは賑わっていた。菓子を配り歩く男に子供たち我先にと群がる。もらった子供らは歓声をあげながら道端を走り回った。泉のある広場で宴が開かれ、周辺にある居酒屋から次々と酒や料理が運ばれてきていた。歌や踊りが披露され、巡礼に訪れた見物人にまで酒が振る舞われていた。
「お兄さん方、次期王様になられる皇子様からの振る舞い酒ですよ、どうぞお召し上がりくださいな」
女が葡萄酒を差し出した。タイガは女に促されるままコップを受け取る。
「そちらのお兄さんは?」
サー・ブルーはきっぱりと酒を断った。
「これほど気前のいい宴とは、その貴族とやらはよほど財力のあるのだろう」
「行列の随行のも多いようですし、己が権威を見せつけたい意図が働いているとみましたが」
サー・ブルーの言ったことは一理あるとタイガは思った。街道が交差する要衝の町なのだから、人々の噂が広まってゆくのを計算ずくで行っている可能性があると考えられた。
「どこの国の皇子だ?」
タイガはフードの端をあげて、酒をふるまう女の顔に寄せて、それとなく訊いた。端正な顔つきに、女の目が釘付けになった。
「く、詳しくは知らないです。なんでも遠い異国のカナトスという地の皇子様だとか」
驚いたタイガはサー・ブルーと顔を見合わせた。
「それより旦那方、うんとサービスしますから、うちの店に寄っていってくださいな。可愛い女の子もたくさんいますから」
タイガは「後で寄る」と、上の空で返すと、宴の模様をもっとよく見ようと、サー・ブルーをともなって人だかりに分け入った。
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