蒼氓の月・タイガとラストドラゴン/(絶滅の危機にあるドラゴンを救えるのか。王位をめぐる陰謀と後宮の思惑。タイガとリリスの恋の行方は)

むとう けい(武藤 径)

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水車小屋のリリス

カナトス渓谷

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 刺客に襲われ、やむをえず馬を乗り捨てたタイガ一は、サー・ブルーとアーロンを従えて、カナトス渓谷の急勾配を徒歩で登っていた。束の間離ればなれになっていたドラゴンのマリーはタイガの懐で安心しきって眠っている。タイガの指に戻ったドラゴンの指輪についても、これまで以上にしっくりと馴染んでいた。渓谷はすでにとっぷりと日が暮れている。ロバの綱をサー・ブルーに託すと、アーロンは杖の先を光らせて松明の代わりに灯りをともした。
「タイガ様、あの見事な馬はお見捨てになったのでしょうか?」
 吊り橋での出来事からアーロンは何かふっきれたようだ。つっけんどんなものいいは、すっかり影を潜めていた。
「馬は帰省本能があるから、川さえ渡ってしまえば明日にも城の厩舎に帰ってくるはずだ」
 タイガは、切り立った渓谷の数キロ先には川べりに降りることのできる獣道があると説明した。
「獣道ですか……。タイガ様のお国はなんと険しい地形にあるのでしょう」
「何を申すか、これしきはまだまだ序の口。この先はもっと険しいのだから心せよ」
 タイガがそう言った矢先、アーロンは小石につまずいた。小さな石は、弾みながら転がり落ちる。カーン、コーンと岩に当たり、跳ね返りながら谷底へと落ちていった。慣れない崖の縁にアーロンは顔を引きつらせた。
「気をつけよ。あの石みたいに自分が落ちるぞ」サー・ブルーは嘶くポニーを落ち着かせるよう撫でながら言った。
「なぜ、こんな危険な道を選ぶのです。他に迂回路はないのですか?」 
 タイガは国の成り立ちについての伝承を訊かせてやるのだった。
「リオン家の言い伝えによると、大昔、草原の民だったリオンが病気がちの母親に美味しい水を飲ませようと、この地を訪れた。険しい山道を何日も歩いて。こんこんと湧き出る泉を発見する。このとき偶然にも泉で水浴びをする美しい女人が、枝に長い髪をひっかけて困っているところを助けた。女の名はカナトス。リオンはたちまち恋に落ちてしまった。やがて二人は母親も呼び寄せて、所帯をもった。子宝にも恵まれ幸せな生活を送った。不思議なことに、妻のカナトスはいくら歳を重ねても若く美しいままだった。実は彼女は泉の女神だったのだ。やがて子供たちは立派に成長し、歳をとったリオンが亡くなると、悲しみに暮れるカナトスは、子供たちに金の有りかを教えて、自分は水源に戻ってしまったのだ。その後、子供たちは母である女神を祀り、カナトスと名付けた国を開いた。国は金山ともに渓谷にへばりつくように発展したのだ。従って、今も城への行くにはこの道一本しかないというわけだ」
「なるほど、とても美しい物語です。ですが、タイガ様もし、もしもです。ここで敵に狙われたら退路がないのでは?」
「城への一本道は、外敵の侵入を防ぐのが目的だ。自然の城壁こそが我が国の守りの要といえる。実は、断崖の内には金を採掘する鉱道が網の目のようにある。民はその中を住居や往来に利用しておるのだ。その中に、兵士のための道も確保してあって、攻撃の為の矢窓、狭間さまがある」

 トンネルの先を偵察していたサー・ブルーが戻ってきた。
「タイガ様、妙なことに村の灯りが消えています」
 普段なら、夜になると盛り場や宿が賑わいをみせる。渓谷に灯《あか》りがともり幻想的な光に包まるのだ。しかしながら、今宵、鎧戸は閉じられ、まるで黎明の訪れのように静まり返っていた。
「やはり王に何かあったかもしれぬ」
 タイガは指なしの刺客が言ったことを話した。
「状況が判らない今、このまま入城するのは危険ではないでしょうか。まずは、私の屋敷に入られませ。様子を確かめてから帰城されてはいかがでしょうか?」
「いや、やはり刺客の件もある。機会を逃せば城に入れなくなるかもしれぬ」
「ならば、城門を通らず直接北の塔に入られますか?」
「北の塔とは?」アーロンは尋ねた。
「北塔には私の住まいがあるのだ。王の寝所は南御殿に。東の塔に皇太子とその家族、それに王妃もおられる」
 タイガは王と王妃が不仲であるとまでは言わなかった。閨を共にしなくなった原因は自分の母にあると訊く。そして、北塔に帰りさえすれば体制を整えられる。タイガに忠誠を誓う従者や近衛兵らが、主人の帰りを待っていた。
 
 三人は一時間ほどかけて、滝つぼのある場所まで登りつめた。月明かりの中を、天から降ってきた水が、轟音とともに、滝壺目がけて垂直に吸い込まれてゆく。その勢いたるや凄まじい。迫力に押されアーロンは震えあがった。
「これから滝の裏に回り込み、地下通路より入城する」タイガは声をかける。
「濡れているから足を滑らすなよ」とサー・ブルーはアーロンに向けて言った。
「入城って……。そんなぁ、二人とも……。砂埃すなぼこりは得意だけど、濡れるとか、滑るとかは嫌だ。ねぇ、だったら、皇子様の住まいまで行ける魔方陣を描きますから、それで行きませんか?」
 タイガの藍色の瞳が輝いた。
「城には敵方の呪術を防御する結界を張っておる。それをアーロンは突破できると?」
「タイガ様、俺を誰の弟子だと思っています? 確かに、魔導師様のようにメリサンドを行ったり来たりは難しいです。けど、このくらいの近距離感なら、ピンポイントでお連れできます 」
 若い魔導士は胸を張った。














 
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