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リオン城
貴族たちの思惑
しおりを挟む一夜明けたカナトス渓谷におだやかな日差しが降り注いでいた。サー・ブルーはリオン城の大理石を敷き詰めた回廊を通り、議事堂に向かっていた。二本のサーベル差し、青に銀糸を使ったナイトの正装を纏った騎士は、重い装備をもろともせず歩く。すれ違う役人らが敬意を表し一礼した。サー・ブルーは議事堂の大扉を通り過ぎ、横手にある教皇の執務室の戸を叩いた。
「失礼します。外遊の報告にあがりました」
「サー・ブルー殿、長旅ご苦労だった」
貴族院の議長であるオルレアン大公が立ち上がるとサー・ブルーは胸に腕をあてて一礼する。大公と一緒に座していたのは、カナトスの泉信仰の最高顧問である枢機卿だった。
「皇子の護衛ご苦労であった」年老いた枢機卿はゆっくりとした口調で言った。
「して、長旅の間の、皇子のご様子はいかがであった?」オルレアン大公は話を進めた。
「タイガ様バルトニアの軍港にいたく感動されておいででした。ただ、通り過ぎたどの国も貧富の差は甚だしいと感じたご様子でござました」
サー・ブルーは王の密命であるマリーのことは一言も触れずに外遊の報告をする。それから、風車小屋での出来事を避けながら刺客の話に触れた。
「ニセ皇子に、黒装束の仮面の集団だと? タイガ様に大事はなかったのか?」
「はい。タイガ様の剣術は、それは見事なもので、勇ましく戦っておられました」
オルレアン公は渋い顔をした。
「これは由々しき事態。王様のご病気に紛れてタイガ皇子のお命を狙ったのだ」枢機卿は白銀の髭をなでながら重々しく口を開いた。
平時ならサー・ブルーはタイガ皇子と共に王様に目通りし、皇子の護衛の任を解かれて、元いた騎士団に戻るのが慣例であった。サー・ブルーは皇太子よりも先に、貴族院の長と枢機卿に呼び出された形となった。というのも、オルレアン大公の一族は貴重な赤硝子工房を所有し、諸外国に硝子製品を売ることで財をなした、別名赤の貴族と呼ばれる家柄だった。王妃の実家であるユリウス公爵家もまた学者らで組織される元老院と手を結んでいる。二つの名家は勢力を二分していた。中立の立場をとる騎士団と手を結びたい意図も見え隠れする。王の不在で勢力争いが表面化したと思われた。
「オルレアン、この度の一件でタイガ様の足固めのためにも、ご結婚を速めていただいたほうがよいと思うが、そなたに娘がいないのが実に残念である」
サー・ブルーは沈黙するオルレアン大公から表情を読み取ることができなかった。
議事堂を退出するとサー・ブルーは城の中庭にある騎士団の宿舎に立ち寄るため向かった。
東塔から王妃クレアが侍女たちを従えて南塔からやってきた。この先にある王様の寝所に向かおうとしている模様だった。サー・ブルーは立ち止まり頭を下げる。王妃はしずしずと通り過ぎるも、サー・ブルーと見て判ると、歩みを止めた。
「そなたは、タイガの外遊の護衛を務めた者ではないか?」
サー・ブルーは名を名乗ると、外遊から戻った旨を報告した。
「お役目ご苦労であったな。今後は本来の任に戻られ、王様に誠心誠意お仕えなさるがよい」
いくら王妃がそう言っても、これは正式の命令ではなかった。そのことを問いただしても仕方がないため、サー・ブルーは無言で頭を下げた。この時サー・ブルーは侍女たちの後ろで控える不審な黒装束の女に目を留めた。女はベールで顔を隠していた。サー・ブルーの視線を気にした侍女の一人が咳払いをした。女人をじろじろ見るのは騎士にあるまじき行いだからだ。
「失礼いたしました。ですが、見知らぬ者を王様の寝所に通すのはいかがなものかと存じますが」
サー・ブルーは騎士団に所属するナイトの立場から言った。
「心配するでない。この娘は王様の回復のために闇祓いを行う者。素性は調べた上で連れてきた」
王妃一行は歩き出す。黒装束の女とすれ違うときに微かに薬草の香りが漂った。サー・ブルーは匂いに覚えがあると眉をひそめた。レース越しでは容姿にはっきりしないが、女を知っているような気がした。
「おお戻ってきたな」
宿舎に戻ったサー・ブルーは“王の騎士団”の団長、師匠である叔父と仲間から手荒い歓迎を受けた。その後は刺客の件で話は持ち切りになった。
「団長、お願いの儀があります。タイガ様の護衛を引き続きできるよう、皇太子様に話をつけていただけませんでしょうか?」サー・ブルーは切なる願いを告げた。
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