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リオン城
闇祓いの女(3)
しおりを挟むドアが閉まると少女は撃たれたように飛び上がり、リリスの足元に駆け寄った。床にぺったりと座り込むとドレスの裾を引いておいおいと泣きはじめた。
「マダムお助けください。どうか、お慈悲を。お願いにございます。どうか、わたしを殺さないで」
悲痛な声は嗚咽しながら身を震わせる。
「おまえを助けよとは、いったいどういうことかしら?」
「皆が言うのです。貧しき出の娘が突然、侍女見習いになったのは理由があるのだと。ああ、お願いです。どうかお助けください」
リリスはベールを上げて、少女を安心させる。よくよく見ると少女の顔は気のどくなくらいそばかすだらけだった。反対にリリスを見上げる少女は、口をポカンと開けたまま固まった。
「おまえ、名は何と申す?」
「あ……はい……ゼルダともうします。マダム‥‥‥」
「人の顔を、そうじろじろと見るものではないわ」
「申し訳ございません。マダムはてっきり恐ろしい‥‥‥その……」
「魔物だと思ったの?」
「はい。あっ、いえ、その、あまりにお綺麗で」
ゼルダの言葉にリリスは微笑んだ。
「歳は?」
「十四です」
「ゼルダ、泣いている理由を話してごらんなさい」
涙をこすると、言葉を詰まらせながら話しはじめた。
「ーー私の家は渓谷の底にある、バラック小屋が密集する地域にありました」
「それで?」
親は砂金を取って暮らしていましたが、父は半年前の大雨の鉄砲水で流されて死にました」
「まぁそれはお気の毒に……」
「けれど、うちだけじゃない、仲間の家族たちの親も皆、死にました。それで残った子供のうち、娘だけを召し抱えるため、城から使いが来たのです。ーーお給金がいただけるとあって、十数人の娘が下女としてお城に上がりました。しばらくして、仲間の一人が東塔の侍女見習いに昇格しました」
「侍女とは、後宮のお世話をする方たちのことかしら?」
水車小屋にいた当時、リリスは事前に本で学んでいた。男性には位ある女官が仕え、侍女は女性に仕える私的な召使のことだ。
「はい。王妃様や皇太子妃様の身の回りを世話いたします。位の高い貴婦人もいらっしゃるので、目下の侍女のお世話をするのです。下女と違い、お給金や衣服などの待遇が良くなりますから、最初は羨ましくて、羨ましくて。けれど、その侍女見習いが突然消えたのです。好きになった下男と脱走したという噂でした。ですが、次に昇格した者も、そのまた次の侍女見習いも、行方がわからなくなります。ある日下女の友人と侍女様を掴まえて、いなくなった者のことを尋ねました。ですが、いちいち貧しい娘の行方など気にする者などいません。そのうち仲間の一人が良からぬ噂を耳にしました」
「どんな噂を?」
「侍女見習いがいなくなったのは、王様を呪うための生贄だったとーー」
「なるほど、そういうことだったの」
ゼルダは両手をこすり合わせる。
「お願いします、このことはご内密に。侍女見習いとしての守秘義務を犯した罪で、マダムも私も重罪になります」
娘は受け答えがはっきりしていて、賢いかもしれないとリリスは思った。
「では、あなたの命を助ける代わりに、私に仕えると約束してくれないかしら?」
リリスは最初から用意してあった答えを言った。
「えっ?ーーでも……それじゃあ……マダムがお困りになるのでは?」
「優しいのね。私のことなら心配いらないわ。それより私の助手をゼルダがするというのはどうかしら?」
「あ、ありがとうございます。マダム」
安堵したゼルダ再び涙を流した。
「さぁ、もう泣くのはおよしなさい」リリスはリネンのハンカチを手渡した。「それからマダムはよしてくれる?」
「はい、マダ……。すみません……」と、言いかかけたゼルダ顔を赤くしながら質問する。「あの、なんとお呼びしたらよいでしょう?」
「私はリリス。ただのリリスでいいわ。ーーねえゼルダ、このお城について知っていることを、全て教えてちょうだい」そう言ってリリスはゼルダを立たせた。
その日の真夜中、老齢の侍女に案内され、リリスは再び王の寝所を訪れた。
「して、首尾よく事は済んだのか?」
侍女はそれとなく娘を殺したのかと尋ねてきた。
「王妃様にお伝え下さいまし。娘に精霊の啓示を見ましたとーー」
侍女は眉間に皺を寄せ、疑り深い目を向けた。
「ほら、ご覧くださいな。娘に腕を掴まれました。私の皮膚に痣がついたのがお判りになりますか?」
リリスはドレスの袖を少しだけめくり、手首を見せる。皮膚の色が赤く膨れていた。侍女は汚いものでも見るように、顔を背けた。
「これは殺してはならぬという死の精霊の啓示です」
薬草を使い、わざと焼けただれたように見せかけたのだ。うまい具合に怖がらせることができたようだ。気味悪がった侍女はリリスだけを残すと、そそくさと立ち去った。
控えの間では鎧を身に着けた四人の衛兵が、微動だにせず、銅像のように立っていた。リリスは一礼すると幕屋に入った。祭壇の前に立つ。燧石で香を焚き、呪いを唱える。用意された水盤に、生娘の血の代用として、自分の指を傷つけて数滴垂らした。聞いた話によると、母親はドラゴンの混血であるメリサンドだという。従って、死の精霊を呼び出すに当り、人間の生娘よりも遥かに強力な力を発揮すると思われた。それに、本当の父親は冥府の神である“あの方”かもしれないと、もののけのたちが噂するのを聞いたことがあった。あの方が誰かは判らないが、皆が恐れるのだから、きっと呼び出した“死の精霊も”自分にはおいそれと手出しできないだろうとリリスは考えた。目を瞑ると意識を集中させた。
静まり返る城に絶え間なく流れ落ちる水音が響いていた。半刻ほど経っただろうか、廊下側で物音がした。
「皇子様!」
衛兵が小声を発した。
リリスははっと我に返る。気配を消し、幕内から様子を窺った。寝所の控えの間に、スタスタとしなやかな足音が響いた。
「父上に会いにきた」
リリスははっとして、胸を押さえた。声の主は紛れもなく逢いたいと願ったタイガだったからだ。
「皇子様、申し訳ございません。お王妃様のご命令により、これより中へはお通しできません」
衛兵の声は明らかに同情している。
「そなたらの立場は判っている。だからこそ、こうして、このような時間に忍んできたのだ。一人の息子として、父に長旅の報告をさせてはくれないか?」
静寂の中に物腰の柔らかな声だけが聴こえてきていた。ギギギと蝶番を響かせ、重々しくドアが開いた。寝室の中から王様付きの従者と思われる人物が出てきた。
「皇子様、私どもは外でお待ちしておりますから、どうぞ中へお入りください」
タイガは謝意を述べると王の眠る寝所へと入った。
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