蒼氓の月・タイガとラストドラゴン/(絶滅の危機にあるドラゴンを救えるのか。王位をめぐる陰謀と後宮の思惑。タイガとリリスの恋の行方は)

むとう けい(武藤 径)

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リオン城

病の王

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 いくつもの重なりあった薄絹の中に、土気色になった王が横たわっていた。タイガは天蓋付きの寝台で眠る父にしばし呆然とするのだった。半年前の、快活であった父が、まるで嘘のように生気がなくなっている。自分の留守中に、王様に何が起きたのだというのだろうか? タイガはいいようもない憤りを感じた。皇太子はいったい何をしていたのだ? 王様を指南する元老院、カナトス国教会を束ねる枢機卿、そして貴族院ーー。権力欲に取り憑かれた年寄りたちが、皆で王様を見殺しにするつもりなのか? 医者は何をしていたのだ。祈祷師ごときに病が治せるものか……。情のない王妃の顔がちらつくのだった。背後にあるユリウス公爵家は皇太子が王になった暁には、権勢を振るうのは間違いーー。
 タイガは大理石の床に膝をつき、祈るような気持ちで手を握る。まだ王様に温もりがあった。いくらか安堵すると、耳許に囁くように話しかけた。
「あなたの息子が戻って参りました。父上のご命令通り魔導師プロフェッサー・バトラーにお会いしてきました。そこで子供のドラコンを託されました。魔導師様は、絶滅する前に、我が国のドラゴンと娶《めあわ》せたいと、切に願っておられました。ですから、父上……、一日も早く目をお覚ましください……」
 タイガは声を震わせ嗚咽を噛み殺した。堪えていた涙が一筋流れ落ちる。懐に入れていたマリーが這い出てきて、頬にある涙を舌で絡め取った。タイガは、両手を組み、女神カナトス神に祈りを捧げるのだった。
 自分に権力欲などない。心にあるのは王様の回復。ーーそして、水車小屋で出会った、美しい女人と生涯を伴にしたいというささやかな願いだけだ。屍のように横たわる父王が、ふうと長い息を吐き出した。マリーが驚き、翼を広げて羽ばたく。暗闇に舞い上がった。しばらく浮遊すると、部屋をさまよった。タイガは顔を上げた。子供のドラコンは、この部屋の中に何かを感じているようだった。昆虫をロックオンするかのように目に見えない何かを追いかける。タイガはマリーの様子に警戒しつつ目で追った。金のつまみのついたチェストがきちんと閉じられていなかったのか、マリーの羽ばたきに、戸が少しだけ開いた。マリーはひょいとチェストの中に入り込んでしまった。タイガは立ち上がると、マリーを捕まえようとチェストに駆け寄った。
「マリー、悪戯は駄目だ、そこから出てこい」タイガは戸を開けた。
 王様が日常的に使う品物がしまってあった。マリーはジャカード織のガウンの端につかまり、ポケットからはみ出していたリネンのハンカチーフに噛みついた。
「マリー、悪戯は駄目だ」
 子供のドラコンは、タイガの言うことにお構いなしだ。とうとうポケットからハンカチーフを引っ張り出してしまうと、勢い余って一回しながら部屋に飛び出した。羽ばたき、王様の上にくると、くわえていたハンカチーフを離す。ひらひらと掛け布団の上に広がった。タイガは拾い上げる。レースの縁飾りに金糸をつかって母のイニシャルが刻まれていた。王様が私的な服に忍ばせたハンカチだ。偶然にしては出来すぎている。マリーに人の心が読めるのかは定かではないが、あるいは、何かの意思に導かれてハンカチーフを取り出したのか。このことに意味があるのかは判らなかった。だが、少しでも手がかりの欲しいタイガは、直感的にハンカチーフをポケットの中に忍ばせた。父の顔を見下ろし、ご存命のうちに母を引き合わせたいと思うのだった。
「戻るぞ」
 マリーを呼び寄せたタイガは寝室を後にした。
 
 王の従者と衛兵らが出てきたタイガに敬意を表す。
「父上をよろしく頼む」
 控えの間に設けられた真紅の幕屋に目を留めた。中に祈祷師がいるだろうか。タイガは中の気配を覗った。胸に感じるマリーは警戒しているせいか、身動きすることなくじっとおとなしくしていた。

 


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