蒼氓の月・タイガとラストドラゴン/(絶滅の危機にあるドラゴンを救えるのか。王位をめぐる陰謀と後宮の思惑。タイガとリリスの恋の行方は)

むとう けい(武藤 径)

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リオン城

思わぬお客様

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 つい今しがた、タイガは、自分は側室の子だと素性を明かした。
『今はまだ話せぬが、私には夢がある。だから、私を信じてついてきてほしい』
 汗を滲ませながらひたむきに櫓《ろ》を漕ぐ姿に、リリスはたくましさを感じるのだった。

 衛兵と闇祓いの女に戻った二人は東塔の門まで戻ってきた。別れ際にタイガはもう一度唇を重ねる。このようなところで口づけとは。王様の寝所に上がる者としてあるまじき行為。誰かに見られてしまったらーー。リリスは恐れた。しかし、一方で甘い口づけに、うっとりする自分もいる。心臓が飛びだしそうになるほど胸が苦しく、入り混じる感情は涙へと変わった。
 タイガは唇を離すとこう言った。
「心配するな、近いうちに必ずここから連れ出してやる。しばらくの間、辛抱するのだ。よいな?」
 真剣な眼差しは別れを惜しみ、リリスの手を離そうとしなかった。“このまま私を連れ去ってください”と、思わず言ってしまいそうになる。そこに蝋燭を持ったゼルダが階段を上がってきた。タイガは身体を離し、何事もなかったように一礼すると、素早くその場から立ち去った。
「リリス様の帰りが遅いので……。あの衛兵……いったい何を?」
 ゼルダは立ち去る衛兵の後ろ姿に怪訝な顔をする。だが、タイガの口づけの余韻にぼんやりするリリスはその言葉をすっかり聞き逃していた。
 明け方、眠りについたリリスは、タイガとのひと時があまりに幸せで、その反動から漠然とする将来への不安が波のように押し寄せてきていた。負の感情を振り払いたい一心で、粗末な掛け布を抱きしめた。


 いったいどのくらいの眠りについていたのだろう。『ひっ』と、ひきつった悲鳴でリリスは目を覚ました。
 寝間着を着たままのゼルダがほうきを持って立っていた。ネズミだろうか? だが、地下牢のような部屋で、今さらネズミに驚くのはおかしい。
「どうしたのです?」
 とゼルダはあごでしゃくる。
 見るとクローゼットが半開きになっていた。
がどうしたと?」
「中に何かがいるんです……」
「まぁ……イタチかしら?」
 リリスはベッドを降りると、恐る恐るクローゼットに近づいた。後ろから箒を持ったゼルダもついてくる。扉の向こうでごそごそと赤い何かがうごめいていた。
「リリス様、きっと化け物です!」
 ゼルダはリリスにしがみついた。どうやらイタチではなさそうだ。
「どなた? 淑女の部屋に無断で侵入するとは失礼な行いです」
 もののけの類に慣れているリリスは、窘めるように言った。
 戸の陰からひょっこりと恥ずかしそうに笑う、赤毛の少年が顔を出した。
「失礼。お初にお目にかかります。僕はタイガ様にお仕えします魔導士のアーロンと申します」
 クローゼットから飛び出してきた少年はうやうやしくお辞儀をした。
「こんな子供が皇子様付きだなんて、きっとでまかせです。良からぬ悪戯を仕掛けようとしていたのです」
「 おい、そこの小間使い。子供とは、いったいなんだ! 俺は魔導師プロデューサー・バトラー様の唯一の弟子だぞ!」少年は鼻の穴を広げて言い返した。
「なんですって! わたしは、リリス様にお仕えする唯一の侍女見習いです。灰だらけの雑用係と一緒にしないでほしいわ」
 ゼルダも負けじと言い返した。いがみ合う少年と少女にリリスは間に入った。
「これ、これ、ゼルダ。お客様に失礼です。アーロンさん、わたくしの侍女が失礼な態度をとりました。お詫び申しあげます。--それで、クローゼットからいらした御用向きはなんでしょう?」
 アーロンは”えっへん”と、咳払いをする。
「実はタイガ様から、リリスさんに贈り物を届けるよう頼まれました。北塔からに来るには魔法陣を使うしか方法がありませんでした。出てきた場所は、えーと、たまたまです」
 そうこうするうちに初老の男が這い出てきた。よもや自分がクローゼットから出てくるとは思わなかったようだ。バスケットを床に置くと衣服についた埃をはたいて落とした。それから眉をしかめながら部屋を見渡した。
「いやはや、なんというところ」 
「まぁ、コンラッド様?」
「これは、これはお嬢様、いきなりおしかけまして、失礼した。タイガ様よりお食事をお届けするよう申しつかりましてなーー」
 ”よっこらしょ”と言いながら、粗末なテーブルの前へいく。バスケットの中から青い布を取り出すと、奇術師のごとくふわりと広げ、覆いかぶせた。絵皿にコップ、銀製のナイフとフォークを一緒に並べる。そうこうしていると、コンラッドにつづいて、タイガの乳母と名乗る女性まで現れた。コンラッドと同じく粗末な部屋に顔を顰めつつも、持参した器から温かいスープを盛りつけた。劣悪な環境を心配したタイガが、自分の使用人たちを送ってよこしたのだ。リリスは目頭が熱くなるのだった。
「さぁ、お嬢様、お召し上がりくださいね」
 使用人たちに促され、用意された食事を食べようとした。すると、またしてもクローゼットからコウモリのような小動物が飛びだしてきた。
「こら!マリー、来ちゃだめじゃないか」
 赤毛の少年は追いかけるのは、リリスが王様の寝所で視かけた子供のドラゴンだった。口から炎を吐きながら飛び回り、ゼルダの頭の上にとまった。驚いたゼルダが悲鳴をあげると、人間の少女の叫んだ声に驚いたのだろう。翼をはためかせながら飛び立った。運悪くゼルダの栗色の髪の毛に鋭い爪がひっかかってしまった。
「やめて、やめて」と、両手で振り払いのけながら、ようやく爪のひっかかりがとれると、子供のドラゴンは天井の高いところにあるはりまで飛んでいった。下を見おろし、キィーキィーといななくのだった。
「普段はおとなしいのに、どうしたというのだ? 」
 アーロンは苦々しく言った。リリスは「降りていらっしゃい」と、手を差し出した。しかし、小さな雌のドラゴンは敵意むき出しに炎を吐きだすと、そっぽを向いてしまった。








 
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