蒼氓の月・タイガとラストドラゴン/(絶滅の危機にあるドラゴンを救えるのか。王位をめぐる陰謀と後宮の思惑。タイガとリリスの恋の行方は)

むとう けい(武藤 径)

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赤硝子の城

オルレアン大公の思惑

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「今宵の支度は進んでおるか?」
 オルレアン大公は、使用人たちにあれこれと注文を言いつけている大公夫人に声をかけた。
「はい、あなた」
「して、クローディアはいかがした?」
「先ほどようやくドレスが届きました。急あつらええでしたのでやきもきいたしましたが、着飾った姿は、それは目を見張るくらい綺麗で、麗しい乙女そのものですわ」
「そうか、しかし相手が相手だ。いつも以上に美しくせねばならん」
 大公夫人は侍女にクローディアを連れてくるよう言った。
「今夜、お出ましいただいたタイガ様に、我が城にお泊り頂くことになる。よいか、しかとクローディアに誠心誠意、尽くすよう申し伝えるのだぞ」
「かしこまりましたーー。ですが、あなた様、私には事を急ぎすぎているように思えてなりませぬ。手順を踏まずして、このように先走ったことをなさって、本当に大丈夫なのでしょうか? タイガ様をはじめ、王族の方々のお怒りを買うのではと、心配でございます」
「もちろん私とてこのように性急なことはしたくはない。だが、現状を考えてもみよ。悠長なことは言っていられないのだ。いつ、なん時、王様が崩御あそばされるか判らない。そうなれば、国中が喪に服さねばならないのだ。慶事は三年もの間、待つことになろう。つまりは皇子の婚姻が三年も延びるのだ。タイガ様は外遊から帰ってきたばかり。他に縁談話が持ち上がる前に我がオルレアン家との婚儀をまとめていただかねばならぬ」
 オルレアン大公は政敵であるユリウス公爵に対抗するために、実子をカナトスの第二皇子の奥方に据えたいと考えていた。だが、妻との間に子は男子しかいなかった。そこでつい最近になって、一族の娘の中から遠縁にあたるクローディアを見初めて、養女に迎えたのだった。
「それに考えてもみよ。美しいクローディアと二人きりなのだ。タイガ様の方から手を出してしまえば何の問題もなかろう。そうなればカナトスのしきたりにより妻にする以外道は残されていない。タイガ様は母親のご身分のせいでずいぶんと苦労されてきたのだし、妻が大公の娘なのだから何の不足があろう。これは東塔の粛清を牽制《けんせい》したいタイガ様にとって、よい条件のはず。タイガ様の指南であるのコンラッドなら必ずや今宵の意図を察し、良きに計らうはずだ」

 大公の腹の中ではこうも考えていた。
 --皇太子が王位を継いだ暁には、王の祖父になったユリウス公爵が権勢を奮うのは間違いない。そうなれば、私の息のかかった者はみな閑職に追われる。したがって、生き残りをかけて、対抗するためには、今のうちにタイガ率いる北棟と、貴族院が手を結ばなくてはならない。現状は第二皇子の身分に甘んじているが、王としての資質は皇太子よりも上であると誰しも思っている。場合によっては第二皇子が王位につくことも十分ありえるのだ。

「父上様、母上様、お呼びでございますか?」
 侍女に連れられクローディアが広間に現れた。サファイア色の瞳。ふっくらとした薔薇色の頬に金髪の巻き毛は、まるで陽だまりの下に現れた妖精のごとく美しい。控えめな微笑を浮かべながら、両親の前に進み出ると完璧な作法で跪礼きれいをした。





 
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