34 / 44
赤硝子の城
赤硝子の城(1)
しおりを挟む夕闇が迫る中、タイガはコンラッド、北塔の護衛隊長のゴーゴリ―、剣術使いのサー・ブルー、そして部下の若い剣士数名に女官をともない小部隊を組んで馬を走らせていた。先の外遊では、皇子のお付きは剣術使一人のみというほぼ丸腰に近い旅だったが、国内を移動するだけでものものしい警備とは、なんとも皮肉なものだとタイガは思った。
向かった先は、二山越えたオルレアン大公が統治する珪砂地区。カナトスの深い森に突然出現する石英の鉱山だった。オルレアン城は通称、赤硝子の城と呼ばれ、岩肌が露出した禿山の中腹に聳えていた。段々畑になった露天掘りの採掘場を通り過ぎ、城門を抜けると、傭兵が整列するなか、白髭を蓄え、赤い夜会服を身に着けたオルレアン大公とその奥方が、一行を出迎えた。
タイガは黒鹿毛《くろかげ》の愛馬を降りると、同行していた世話役に手綱を預けた。
「タイガ皇子、ようこそ、我がオルレアン城へ。私の母テレサのためにお出ましくださり、心から感謝申し上げます」
「大公の母上と先の皇太后様は親しき仲だったと訊き及んでおる。ご長寿である母上の昔話を楽しみに参った」
皇太后とはつまりはタイガの祖母のことだ。伯爵の母は皇太后とは従妹同士の関係だった。九十歳の長寿の祝いの宴の席にタイガは皇太子の名代として招待を受けたのだった。
「さぁさぁ皇子、こちらへどうぞ」
タイガは護衛隊長と剣士たちを庭に待機させると、コンラッド、お付きの女官、サー・ブルー、そして部下の若い剣士を一人ともなって城内へと入った。城のいたるところの装飾に赤硝子が使われ、中でも玄関ホールは圧倒的な豪華さを誇る赤いシャンデリアが客人らを出迎える。その、赤色に合わせたタイガの夜会服は、アメジスト色のビロードと金糸のモールをあしらったシックな装いだった。凛々しい顔をよりいっそう際立たせ、威厳と風格さえも与える。宴が行われる広間に入ると、皇子の到着を待っていた一族が一斉に起立する。貴族たちは身が引き締まる思いから、感激の拍手で出迎えるのであった。
****************************************
皇子とコンラッドが大広間に入ってゆくのを見送ったサー・ブルーと若い部下は、隣接する控室に案内された。紫色の羽根飾りのついた兜をぬぐ。すると、現れたその顔に、来賓の所有する剣士や使用人らもたまげた顔をした。
サー・ブルーは剣術使いの中ではその名を知らぬ者はいない。連れている若い部下は、プラチナブロンドに鳶色の瞳を持つエリック・カーンズ。由緒ある貴族、カーンズ家の五男だった。王の騎士団が主催する剣術大会で優勝した若者は、つい最近、王様直属の騎士団に入団したばかりだった。
「ブルーさん、なんだか落ち着きません」
使用人らの好奇の目に晒され、慣れないエリックは甘いマスクを曇らせた。その容姿は皇子に引けを取らなかった。コンラッドはどういうわけか、今回に限って経験の浅いエリックを名指しで同行をさせたのだった。
「ドアは閉めないでいただきたい」
サー・ブルーはオルレアン城の召使に言った。年長者の長寿を祝う席に、ものものしい護衛は相応しくない。だが、王様のご病気がもたらした不穏さから、不測の事態にいつでも飛びだすよう、ドアは閉めさせたくなかった。二人は宴が行われる広間の入口が視えるところで待機するのだった。酒と食事が運ばれてきた。お付きの者たちへの大公からの振る舞い膳だった。
「よいか、出された酒や食事に手を付けてはならぬ」サー・ブルーは若いエリックに言い聞かせた。
皇子の護衛中に、外出先で出されたものに手をつけないのが規則だった。毒が盛られてしまっては、護衛官が先に倒れては皇子が丸腰になってしまうからだ。
『ありがてぇ、ありがてぇ』
他の者たちはワイワイと酒を酌み交わす。そんな中で、グラスと葡萄酒のボトルを盆に乗せた、メイドが二人の近くにあるサイドテーブルに置くと、コホンと咳払いを一つしてから部屋を出ていった。手をつけるなと言ったそばから、サー・ブルーは自らの手で酒を注ぐ。エリックは先輩の行動に、訝しげな顔をするのだった。ボトルの底に薄い小さな紙切れが貼りついていた。
「ブルーさん、それは?」
サー・ブルーは目を細めてエリックに黙るよう促した。紙をはがし、掌の中で一読すると、燭台のロウソクの火であふる。わっと燃え上がり、紙きれは跡形もなく消えてしまった。
「この城に私の恋人がいるのだ」
サー・ブルーははぐらかすように言った。しかし、おだやかではない内容に、その目は怖いくらいに殺気を帯びていた。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる