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赤硝子の城
赤硝子の城(1)
しおりを挟む夕闇が迫る中、タイガはコンラッド、北塔の護衛隊長のゴーゴリ―、剣術使いのサー・ブルー、そして部下の若い剣士数名に女官をともない小部隊を組んで馬を走らせていた。先の外遊では、皇子のお付きは剣術使一人のみというほぼ丸腰に近い旅だったが、国内を移動するだけでものものしい警備とは、なんとも皮肉なものだとタイガは思った。
向かった先は、二山越えたオルレアン大公が統治する珪砂地区。カナトスの深い森に突然出現する石英の鉱山だった。オルレアン城は通称、赤硝子の城と呼ばれ、岩肌が露出した禿山の中腹に聳えていた。段々畑になった露天掘りの採掘場を通り過ぎ、城門を抜けると、傭兵が整列するなか、白髭を蓄え、赤い夜会服を身に着けたオルレアン大公とその奥方が、一行を出迎えた。
タイガは黒鹿毛《くろかげ》の愛馬を降りると、同行していた世話役に手綱を預けた。
「タイガ皇子、ようこそ、我がオルレアン城へ。私の母テレサのためにお出ましくださり、心から感謝申し上げます」
「大公の母上と先の皇太后様は親しき仲だったと訊き及んでおる。ご長寿である母上の昔話を楽しみに参った」
皇太后とはつまりはタイガの祖母のことだ。伯爵の母は皇太后とは従妹同士の関係だった。九十歳の長寿の祝いの宴の席にタイガは皇太子の名代として招待を受けたのだった。
「さぁさぁ皇子、こちらへどうぞ」
タイガは護衛隊長と剣士たちを庭に待機させると、コンラッド、お付きの女官、サー・ブルー、そして部下の若い剣士を一人ともなって城内へと入った。城のいたるところの装飾に赤硝子が使われ、中でも玄関ホールは圧倒的な豪華さを誇る赤いシャンデリアが客人らを出迎える。その、赤色に合わせたタイガの夜会服は、アメジスト色のビロードと金糸のモールをあしらったシックな装いだった。凛々しい顔をよりいっそう際立たせ、威厳と風格さえも与える。宴が行われる広間に入ると、皇子の到着を待っていた一族が一斉に起立する。貴族たちは身が引き締まる思いから、感激の拍手で出迎えるのであった。
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皇子とコンラッドが大広間に入ってゆくのを見送ったサー・ブルーと若い部下は、隣接する控室に案内された。紫色の羽根飾りのついた兜をぬぐ。すると、現れたその顔に、来賓の所有する剣士や使用人らもたまげた顔をした。
サー・ブルーは剣術使いの中ではその名を知らぬ者はいない。連れている若い部下は、プラチナブロンドに鳶色の瞳を持つエリック・カーンズ。由緒ある貴族、カーンズ家の五男だった。王の騎士団が主催する剣術大会で優勝した若者は、つい最近、王様直属の騎士団に入団したばかりだった。
「ブルーさん、なんだか落ち着きません」
使用人らの好奇の目に晒され、慣れないエリックは甘いマスクを曇らせた。その容姿は皇子に引けを取らなかった。コンラッドはどういうわけか、今回に限って経験の浅いエリックを名指しで同行をさせたのだった。
「ドアは閉めないでいただきたい」
サー・ブルーはオルレアン城の召使に言った。年長者の長寿を祝う席に、ものものしい護衛は相応しくない。だが、王様のご病気がもたらした不穏さから、不測の事態にいつでも飛びだすよう、ドアは閉めさせたくなかった。二人は宴が行われる広間の入口が視えるところで待機するのだった。酒と食事が運ばれてきた。お付きの者たちへの大公からの振る舞い膳だった。
「よいか、出された酒や食事に手を付けてはならぬ」サー・ブルーは若いエリックに言い聞かせた。
皇子の護衛中に、外出先で出されたものに手をつけないのが規則だった。毒が盛られてしまっては、護衛官が先に倒れては皇子が丸腰になってしまうからだ。
『ありがてぇ、ありがてぇ』
他の者たちはワイワイと酒を酌み交わす。そんな中で、グラスと葡萄酒のボトルを盆に乗せた、メイドが二人の近くにあるサイドテーブルに置くと、コホンと咳払いを一つしてから部屋を出ていった。手をつけるなと言ったそばから、サー・ブルーは自らの手で酒を注ぐ。エリックは先輩の行動に、訝しげな顔をするのだった。ボトルの底に薄い小さな紙切れが貼りついていた。
「ブルーさん、それは?」
サー・ブルーは目を細めてエリックに黙るよう促した。紙をはがし、掌の中で一読すると、燭台のロウソクの火であふる。わっと燃え上がり、紙きれは跡形もなく消えてしまった。
「この城に私の恋人がいるのだ」
サー・ブルーははぐらかすように言った。しかし、おだやかではない内容に、その目は怖いくらいに殺気を帯びていた。
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