35 / 44
赤硝子の城
赤硝子の城(2)
しおりを挟む五十人ほどの近親者が集まったささやかな宴だった。深紅のクロスがかけられた長テーブルの上に、銀を基調とした燭台と絵皿、祝杯のための赤いカッティンググラスが並べ置かれていた。タイガは宴の主役である大公の母、テレサに歩み寄った。
「ご長寿のお祝いを申し上げます。大公の母君にお会いできるのをとても楽しみに参りました。若輩者ゆえ、今宵は昔話を交えながら、母君に御指南願えればと存じます」
タイガは若い王族らしく、高齢のテレサを敬い謙虚な物腰で言った。
「この度はこの年寄りのわがままをお聞き入れくださりありがとうございます。成長した皇子様のお姿をひと目みたくなりましてね、ですが、私が城に上がるには、とんと足は弱りました。王様のご病気の中で、無理を承知でタイガ様にお越しいただいたのでございます」
大粒の宝石すら控えめに感じさせる。テレサは皇太后の従妹ということもあり、その立ち振る舞いは威厳に満ちていた。
タイガが席に着くと、一同が着席する。右手にテレサ、その横にオルレアン大公と夫人が座った。だが、タイガの左隣が空席のままだった。カナトスでは身分の高い者から順に、男女が交互に座るのが慣わしだ。仮にタイガに妻がいれば夫婦で座る。だが、独身のタイガに伴侶はいない。したがって本来なら左の席に大公夫人が座ってもよさそうではあったが、空席とは、いったい誰のために設けた席だろう。タイガは大公の意図をはかりかねた。
だが、宴の席順を巡ってはなにもカナトスだけに限ったことではない。古今東西、席順とはすなはち権力の序列に値するため、常々争いごとの種にもなっている。とある異国では、兵士の頂点に立つ貴族と財力を保有する貴族の間で争いが起こり、内乱に陥った例もある。自分自身に照らしてみると、甥を追いやってまで王位を取りにいくなどと、大それた考えを意識的に排除している。タイガは周辺にそのような考えを持つ者を敢えて遠ざけてきた。
ファンファーレが鳴った。
給仕たちがつぎつぎとなだれるように入ってきた。パンと前菜、そして乾杯のための葡萄酒が用意される。準備が整うまでの場の繋ぎに、吟遊詩人が登場した。大げさな身振りでお辞儀すると、リュートを手にカナトスの民謡を披露するのだった。乾杯の前座は宴の席の慣例として行われる。毒見係がいるため、給仕に時間がかかるからだ。タイガは公爵が用意した毒見係とは別に、皇子専属の毒見係を連れてきていた。幼いころより女官のローザがタイガの口にするものを毒見してきている。外遊前はそこまで神経質になる必要もなかったのだが、いつ何時、刺客に襲われてもおかしくない状況のため、北塔全体が警戒を強めてのことだった。
「皇子様、結構なお味でございます」
皇子の耳朶に囁くとローザ後ろに控える。先代の王より仕えてきた女官だったが、生涯独身をつらぬき、身寄りがいなかった。このため毒見係を自ら志願していた。
『この年寄が皇子のために死ねるなら本望。皇子様に立派な墓を建ててもらうのだ』と口癖のように言っている。だが、タイガの知らないところで、腹の中ではこうも思っていた。
『この手でタイガを王に据えたいーー』
けっして口にできぬ秘密の願いだった。城に上がって六十年。気づけば女官の中で最高齢になっていた。
城の外で生まれたタイガは、すぐに北塔に連れてこられた。ローザは第二皇子付きを任ぜられた。表向きは出世の道から外れた処遇。だが、王は同時に腹心コンラッドを左遷させた。乳母のミルドレッドは代々が剣術使い家柄の奥方だ。学友は息子のサー・ブルーや、剣術を学ぶ子息たち。異例づくしの人選は、第一皇子と同等の扱いだった。王の意図は別のところにあるという証拠だ。王の求愛を受けた側室を、かつて皇太后が暮していた離宮オーブ城に住まわせたのは、前例のないことであって、これは王様の気持ちは、未だにタイガの母にあるという裏付けだった。自分に残された時間はそれほどないだろうから、赤子よりずっと仕えてきた皇子を自分の手で王座に据えたい。女官としての集大成として成し遂げられたらーー。内なるローザは思いを強めるのだった。
給仕係がグラスにワインを注ぎ、陶器の皿の上に前菜が乗った銀の皿を重ね置いた。耳ざわりなかん高い笑い声が響いた。品が良いといえない笑いに貴族たちが顔を顰める。タイガはテーブルを見渡した。入口に近づくほど身分も低くなる。末席に座る男に目を留めた。衣服は貴族のなりであったが服以外は全身が銀色の毛むくじゃらであった。あれは、もののけにちがいないとタイガは思う。その視線に気が付いたテレサが言った。
「あれは、もののけを束ねる者です。あれがきてから採掘の量が増えましてね。今夜は功労ねぎらうため、私が招きました」
「ご領地の若者らは?」
「はい、最近の若い者は続かないのです。ですから、仕方がなく卑しいあの者らを雇い入れています」
伯爵の母はガラスの原料である石英の鉱山のことを言っていた。このところ砂金を目当てに異国からの流れ者が多くなっていた。それに加えて下級のもののけが人間界に身を落として鉱山で働ようになったのだと言った。
再びファンファーレが鳴った。すると、来賓たちからざわめきが起こった。開かれた扉の向こうに美しい娘が佇んでいた。
『なんと、噂通りの娘ではないか』来賓たちが口々に言った。
娘はしずしずと広間に入ってゆく。大公が傍までいくと娘の手を取った。
「タイガ様、そして皆様、この場をお借りしてご紹介いたします。これなるは聖なる泉の修道院から戻って参りました、我が娘のクローディアでございます」
タイガは礼を受けるため立ち上がった。タイガが立つと一斉に皆が席を立つ。クローディアはドレスを持ち、おごそかに跪礼をした。
これで今夜の宴の目的が明らかになったとタイガは納得するのだった。公爵の母の長寿の祝いの場を借りて、深層の令嬢の初お披露目も兼ねていたのである。
『これは、これは、なんと似合いの二人でござるか』
貴族の一人が口を滑らせた。婦人方からもため息と、称賛の声が聞こえる。流れる金髪に青い瞳の娘は確かに美しい。伯爵の思惑も理解できる。だが、すでに心に決めたリリスがいる。そう思ったタイガは表情を硬くした。コンラッドはタイガに向けて小さく咳払いをする。皇子が座らないと、皆が座れないからだった。
赤いグラスに葡萄酒が注がれ、乾杯のための三度目のファンファーレが鳴らされる。だがこっけいだったのが自分に酔いしれる吟遊詩人はファンファーレが鳴っても、浪々に謡い続けていたことだ。いつまでもやめないため顔を顰めた大公が大きく咳払いをする。慌てた使用人たちが吟遊詩人を担ぎ上げて退出させるのだった。
タイガは祝杯の為に席を立った。全員がそれに合わせてグラスを手に持ちながら席を立つ。
「先の伯爵、テレサ未亡人の更なる健康とご長寿を願います」
タイガはテレサに向かって祝福の杯を重ねた。グラスがそこかしこで鳴る。四度目のファンファーレの後は和やかに食事と歓談が進むのだった。タイガはリクエスト通りテレサに外遊話をする。ドラゴンや死魔、刺客の話を避けながら、観たもの味わったものなどを面白おかしく聞かせるのだった。
「半年もの長い外遊。遠方のバルトニア王国で、皇子はよき見聞を広げられました。それに、お話がとてもお上手でいらっしゃる。ねぇクローディアそう思いませぬか?」
テレサはタイガの横にいて、終始微笑を絶やすことのないクローディアに問いかけた。
「はい、ごもっともでございます。--訪れたこともないような異国の情景が目に浮かぶようで、皇子様のお話に聞き入ってしまいました」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる