蒼氓の月・タイガとラストドラゴン/(絶滅の危機にあるドラゴンを救えるのか。王位をめぐる陰謀と後宮の思惑。タイガとリリスの恋の行方は)

むとう けい(武藤 径)

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赤硝子の城

クローディア(1)

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 陽だまりが好きだった。暖かで、母親の匂いのようで、そんなお母様が良かったのにー。
 産みの母は幼いころに亡くなった。着飾った継母ままははからはきつい香水の匂いしかしなかった。その継母も父が亡くなると、クローディアを残して異国の金持ちに嫁いだ。
 叔母との二人暮らし。叔母は屋敷を相続するため、クローディアを修道院へと追いやった。

『本日よりお嬢様は修道院の一員として生活されます』
わたくしどもと共同生活をしながら、日々カナトス神に祈りをささげ、また、生活にお困りの方々をお助けするのが私たち聖女の務めです』
『いつ何時も感謝の気持ちを忘れず、心おだやかに過ごされますように』
 洗礼を受けたクローディアは修道女たちから厳かに迎えられた。

 カナトスでは貴族の娘が修道院に入ることは悪い話ではなかった。むしろ教養を身につけられるだけではなく、カナトスの泉信仰の聖女として、奉仕活動通じて人々の尊敬を得られた。 
 数年を務めて、その後正式に修道女になるのはごく希で、ほとんどの娘は結婚する。修道院は花嫁修業的な意味合いが強かったからだ。聖女を妻に迎える家は繁栄する。そんな言い伝えもあることから、修道院を出た娘は花嫁として珍重されるのだった。したがって、没落した貴族の娘にとってある意味よい嫁ぎ先が見つかるチャンスでもあった。
 修道女たちと共同生活をするようになったある日のこと。クローディアは産後の日達が悪い女性のところへ着替えや食べ物を持っていくことになった。女の家は森をぬけた村にあった。その途中の道のりに、水源の警護を任された一族が住んでいる屋敷があった。男ばかりの五人兄弟は仲が良く、いつも賑やかな笑いに溢れていた。柵の向こう見える庭では、兄弟たちがよく剣術の稽古をしていた。一人っ子のクローディアは、そんな彼らを羨ましく思うのだった。もしも自分に相談できる兄や姉がいたらーー。状況は違っていたかもしれない。兄弟が協力しあえば、家から追い出されることもなかったと思うのだった。
 スープを届けた帰り道。道端に美しい夫人が描かれたペンダントが落ちているのを見つけた。肖像画は落とし主の恋人、あるいは妻の肖像画だと思われた。クローディアは髪に結んでいた青い絹のリボンを外し、落とし主が見つけやすいよう、木の枝にペンダントを結びつけるのだった。
 翌日通りかかると青いリボンごとなくなっていた。代わりに真新しい赤い絹のリボンが結びつけてあるではないか。直感的に落とし主からのお礼だと感じ取ると、ありがたく頂戴することにした。
 そのまた翌日になって、クローディアは髪に赤いリボンをつけて、年上の修道女と祈りを捧げに泉まで向かっていると、いつものように五人の兄弟たちが剣術の稽古をしているのが見えた。驚いたことに、その兄弟の一人がクローディアのものと思われる青いリボンを腕に巻いていたのだ。年のころは二十歳そこそこ。兄弟の中で一番年下の若者だった。プラチナブロンドをなびかせながら、稽古するさまは勇ましく、クローディアはその若者に心ときめかせるのであった。しかし、没落したとはいえ貴族生まれの娘に自由恋愛は許されない。誰にも悟られることのないよう胸に仕舞い込んだ。せめて、声だけでも聴いてみたい。修道院の規則正しい生活の中で、ペンダントとの落とし主と話す機会など永久に訪れることはないと思われた。

 その頃、修道院の周辺に野犬が棲みつき、人を襲うという事件が発生した。
『怪我人が出ました。水を汲みにきた御婦人が野犬に襲われたそうよ』
 修道女たちは恐怖におののいた。
 駆除をするに当たり、五人の兄弟たちが当たることになった。偶然にもクローディアの奉仕活動に、密かに思いを寄せるあの若者が付き添うことになった。
『先日は、母の形見を拾っていただきありがとうございます』
 隣を歩く若者は、背が高く、凛々しい顔立ちをしていた。
「まぁお母様の‥‥‥。そうでしたの。こちらこそ、美しいリボンをありがとうございます」
「実は、この青いリボンを見て、すぐに修道女様だと気が付きました」
「まぁ、なぜ私だと?」
「稽古場の近くをよくお通りになるでしょう?」
 若者が微笑んだ。
「私も存じておりました。ご兄弟、みなさん仲が良くいらして、一人っ子の私は、羨ましいと思っておりました」

 何度も往復するうちに、二人は互いの身の上を語り合うようになった。クローディアは貴族としての立場を明かした。
「それでは、まだ正式な修道女様ではないのですね」
「はい。まだ来たばかりで、見習いにございます」
 一方、若者は五人兄弟の末っ子で、剣術が優れているのだという。
「実は先日お城で開かれた大会で優勝しまして、騎士団の入団が決まったのです」
「まぁ、それは、おめでとうございます」
 そうは言うものの、若者は寄宿生活にはいるため、心の内では落胆するのであった。
「ごめんなさい。おめでたいことですのに、お目にかかれないと思うと、身勝手にもしんみりしてしまいました。」
「いいえ、私も同じ気持ちでいましたから。休暇のたびにクローディア様のもとへ参ります」
 ほどなくして野犬は兄弟たちによって、始末された。 

 約束通り若者は休暇のたびに修道院を訪れた。そして、クローディアはその彼から金の髪飾りを受け取るのであった。
「これは僕の気持ちです。結婚の許しを得たら必ず迎えにきます。ですから僕のことを待っていてもらえますか?」
「はい」
 若者の言葉にクローディアは涙で応えた。だが、この二人だけの約束事は果たされることはなかった。その後まもなく、クローディアはオルレアン太公の養女として赤硝子の城に住まいを移すことになったからだ。











 
 




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