蒼氓の月・タイガとラストドラゴン/(絶滅の危機にあるドラゴンを救えるのか。王位をめぐる陰謀と後宮の思惑。タイガとリリスの恋の行方は)

むとう けい(武藤 径)

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禁書と黒百合

密会

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 リリスを呼びにやってから半時が過ぎた。いつまでたっても来ないリリスにタイガは痺れを切らした。
「アーロンはまだか?」
「タイガ様、女人というのは支度に時間がかかるものでございます。待つのも紳士の心得というもの」
 落ち着きなくタイガは立ったり座ったりを繰り返す。書物を手に取ってみるものの、読む気も失せて元に戻してしまう有様だ。することのないタイガは部屋を見渡した。あるのは剣や鎧があるだけで、好いた女を呼ぶ部屋にしては、あまりにも殺風景だということに今さらになって気がついた。
「花の一つでも飾ったほうがよいだろうか?」
 コンラッドは笑みを堪えている。
「タイガ様らしい、落ち着いた部屋でございますので、これでよろしいのではないでしょうか。皇子の私的な部屋は限られた女人しか立ち入れませんから、リリス様にとっては特別なことと存じます」
「そうか、それならよい」
 だが、タイガは何かを忘れている気がしてならなかった。
「お嬢様は本がお好きだと伺いましたが、食後に書庫などお見せになってはいかがでしょう? 」
「リリスの住まいに、高価な呪いの本がずらりと並んでいたから、それは喜ぶかもしれないな。では、そうしょう」
 タイガはふとこの世とあの世の境目のでの、別れ際のことを思い出した。
「傷の手当の礼に贈り物をすると約束したのだが、遠慮するばかりで欲しいものはないという。何か贈り物をしたいが、これまで父上は母上に何を贈ったのだろうか?」
「王様にお仕えしていたころは、装飾品や、ドレスなど贈られておいででした。口の堅い仕立屋をお呼びいたしましょうか?」
「頼む、それから彫金師もだ」
「かしこまりました。そういえば、このようなことがありました。レーテル様がオーブ城に移られてから、一度だけ絵師を所望したことがありました」
「絵師だと?」
「詳しくは存じませんが、絵を注文されたそうです」
 母が絵師を頼んでいた。ならば、あのメリサンドの都の絵ではなかろうか。理由なんだ? 母と滅んだ異国の都市になにか関係するのだろうか。やはり近々オーブ城に行く必要があるとタイガは考えた。

 乳母のミルドレッドが女官を連れて入ってきた。
「リリスはどうした?」と言いかけて、黒髪を結い上げ、見慣れた水色のドレスを身に着けた女がリリスだと気づいた。
「皇子様 おはようございます。朝方にお戻りになったばかりと伺いました」
 ややはにかんだ表情でタイガに微笑みかけた。
「それより、その恰好はどうしたのだ?」
「タイガ様、明るい時間帯ではあのような喪服は目立ちますので、女官になっていただきました」
 リオン城では男の王族に仕えるのは官職を持った女官が務める。反対に侍女は王妃が実家から連れてきた私的な使用人や身内が多かった
「魔法陣で直接部屋に来たらよいものを、アーロンはいかがした?」
「それが、あの子供ドラゴンが生まれ柄初めて脱皮を始めるとかで手が離せないのだそうです」
 ドラゴンは長い一生のうちに何度も脱皮を繰り返しながら成長してゆくと、書物で読んだことがあった。
「そうか。そういったことなら仕方がない、何か必要なものがあれば揃えてやってほしい」
 食卓に朝食が運ばれてきた。麦をする潰したオートミールにヤギのチーズ。果物といった健康的な食事だった。

「寒くはないか?」
「はい、大丈夫でございます」
「そうか、ここは城の北側にあるから夏でも暖炉に火を入れることもある。寒いようなら火を入れさせる。それで、食事は口に合うか?」
「はい、とてもおいしゅうございます」
 リリスはオートミールに口をつけた。
「そうか」
 微笑むがそれ以上の会話が続かなかった。
「もしや、深夜の務めで、疲れておるのか?」
「いえ、大丈夫でございます。ですが、殿方のお部屋で少し緊張しているのだと思います」
 確かに使用に囲まれ、名がテーブルの端と端ではつまらないではないか。東屋で過ごした二人だけの夜は、並んで食事を楽しんだのだ。タイガはおもむろに席を立つと、椅子を自ら運びリリスの横へと座った。
「これでどうだ?」
 あまりの近さにリリスが小さく吹き出した。
「私もこの方がよい。次にリリスと食事をするときはもっとこじんまりしたテーブルにするように」
 コンラッドが給仕係に食事を並べ直すよう指示を出した。それからタイガの視線を察知して、全員を部屋から下がらせるのだった。


 

 

 





 
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