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禁書と黒百合
多角塔
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まるで迷路のようだとリリスは思った。颯爽と歩くタイガの後ろを、送れないようについてゆく。傍から視れば、皇子がお付きの女官をともなって行動していると思うだろう。現に、城中ですれ違った者たちは、立ち止まると皇子に向かって一礼するのだった。
タイガの説明によると、断崖絶壁に聳え建つリオン城は、城主が変わるたびに増改築を繰り返していたのそうだ。結果的に塔は、円柱や角柱、多角などの年代によって様式や形が違うものがいくつも存在することとなった。それらはいたるところから伸びている回廊で繋がっていて、城に上がったばかりの新参者がそこかしこで迷っているのだという。
「ついてきておるか?」
皇子の問いにリリスは「はい」と、小さく返事をする。
「どこをどう来たか覚えておるか?」
「いいえ、自信がございません」
「だろうな、一度通ったくらいじゃ覚えられないが、暮らせばすぐにも覚えられる。目的地はこの先だ」
トンネルのような渡り廊下を抜けると、古びた巨大な壁がそそり立っていた。ところどころに、小窓がついた強固なつくりの四角柱の塔だった。だが、四方を他の塔の間に挟まれているため、無骨なまでのその建屋は城の外側からはその姿はほとんど視えなかった。
「この塔は、リオンでは最古の城壁の跡なのだ」
古びた塔をタイガはそう説明した。確かに他の場所と違い積んだ城壁の石が粗削りな部分が多かった。
「ーーしたがって要塞としての役割を終えた今は、書庫として使っている」
「まぁ、この大きな塔の中に書物が?」
本と訊いてリリスの胸が弾んだ。タイガは石段を登ると固く閉じられた大扉を開ける。後ろからついて入いったリリスは、その莫大な蔵書に目を見張った。
「ここは先祖代々が集めた世界中の書物が納められているのだ」
「まぁなんて幸せな‥‥‥」
自分だったら毎日ここへきて、存分に本の世界に漬かるだろう。リリスはここに暮らす王族が初めて羨ましいと思った。
「おや、どなた様がお越しですかな?」
壁一面の本棚の周りを巡るように螺旋状に階段がついていた。その階段下の隙間からランプを提げた老人が出てきた。
「トゥール久しぶりだな、元気にしておったか?」
「これは、これはタイガ様。ようこそお出ましくださいました」
背中が曲がり、びっこを引く老人はうつむくリリスを見上げると意味ありげに微笑んだ。
「これは珍しいこともあるものですなぁ……。ですが、いつの間にやら、あの坊ちゃまも立派な成人になられたのです。どうぞ、この年寄りめは外で昼寝でもしておりますゆえ、まぁ、いつも昼寝はしておりますがね、今日はお天気もよろしいから、外に出るということです。用事もありますしーー」
何でもお見通しとばかりにリリスに微笑む老人は、皇子と女官の逢引だと勘違いしているようだった。そのような目で見られるとはーー。もしや、書庫を逢引の場に使用する者も少なくないということなのだろうか?
タイガは当然否定するものとリリスは思っていた。だが、皇子の口から出た言葉は「それは、ありがたい」との一言だけ。
老人は鍵束を取り出すとタイガに鍵を手渡した。
「この年寄りめは、この場所がよいかと存じます。お帰りの際は、塔のドアは開けておいてくださいまし」
老人が出てゆくと、タイガはリリスの手を取り、螺旋階段をゆっくりした足取りで登った。
「気に入った本があったら部屋に持ち帰ってもよいぞ」
「どれも高価な本ばかりです。このような貴重な書物を自由に持ち出してもよいのでしょうか?」
「もちろんだとも。ただし、私はまだ試したことはないが、学友らから訊いた話によると、城の外に持ちだして悪戯できないように、呪文をかけてあるそうだ」
「まぁ、本に呪文が? ならば貴重な本が盗まれる心配はないのですね。それで、どのような呪文が施されているのでしょう?」
「呪文の種類を尋ねるとはリリスらしい。学友の話では、怒った本が、こうして尻を叩くそうだ」タイガは真面な顔をしてリリスの背中に腕を回すと、スカートのふくらみに掌を押し当てた。
「皇子様‥‥‥」
タイガの不意打ちにリリスは頬赤くする。
「それだけではないぞ。空を羽ばたいて、塔の天窓から元の棚に戻るのだとか」
「もしや、私をからかっておいでですか?」
「いや、何を言う。私は子供のころに訊いた話をそのままそっくり言ったまで」
タイガは笑い声をあげた。
吹き抜けの天井までくると、これより上階にいけないよう鉄の柵がついていた。
「この上は、限られた者しか入ることができない。禁書が置かれている」
「禁書とは?」
「この書庫は学生も利用する。危険な呪文、カナトス神以外の異国の神について書物、みだらな行いが書かれているものそれらは有害とみなされ禁書扱いとするのだ」
タイガはポケットからトゥールから預かった鍵を取り出す。鎖のついた錠前に差し込むとガシャリと開けた。天井の入口向い、細い階段を上がる。またもや壁一面に書物が並べられていた。
「ここは呪術師が使う本が納められている。私は探し出したい本がある。そう長くはかからないだろうから、その間、ここにある本を好きなだけ読んでいるがいい」
タイガは天井から下がる梯子から上階に行ってしまうと、リリスは呪術を扱う本棚に吸い寄せられた。もしかしたら、王様を目覚めさせる良い手があるかもしれない。手当たり次第に本を取り出し、夢中になって探すのだった。
タイガの説明によると、断崖絶壁に聳え建つリオン城は、城主が変わるたびに増改築を繰り返していたのそうだ。結果的に塔は、円柱や角柱、多角などの年代によって様式や形が違うものがいくつも存在することとなった。それらはいたるところから伸びている回廊で繋がっていて、城に上がったばかりの新参者がそこかしこで迷っているのだという。
「ついてきておるか?」
皇子の問いにリリスは「はい」と、小さく返事をする。
「どこをどう来たか覚えておるか?」
「いいえ、自信がございません」
「だろうな、一度通ったくらいじゃ覚えられないが、暮らせばすぐにも覚えられる。目的地はこの先だ」
トンネルのような渡り廊下を抜けると、古びた巨大な壁がそそり立っていた。ところどころに、小窓がついた強固なつくりの四角柱の塔だった。だが、四方を他の塔の間に挟まれているため、無骨なまでのその建屋は城の外側からはその姿はほとんど視えなかった。
「この塔は、リオンでは最古の城壁の跡なのだ」
古びた塔をタイガはそう説明した。確かに他の場所と違い積んだ城壁の石が粗削りな部分が多かった。
「ーーしたがって要塞としての役割を終えた今は、書庫として使っている」
「まぁ、この大きな塔の中に書物が?」
本と訊いてリリスの胸が弾んだ。タイガは石段を登ると固く閉じられた大扉を開ける。後ろからついて入いったリリスは、その莫大な蔵書に目を見張った。
「ここは先祖代々が集めた世界中の書物が納められているのだ」
「まぁなんて幸せな‥‥‥」
自分だったら毎日ここへきて、存分に本の世界に漬かるだろう。リリスはここに暮らす王族が初めて羨ましいと思った。
「おや、どなた様がお越しですかな?」
壁一面の本棚の周りを巡るように螺旋状に階段がついていた。その階段下の隙間からランプを提げた老人が出てきた。
「トゥール久しぶりだな、元気にしておったか?」
「これは、これはタイガ様。ようこそお出ましくださいました」
背中が曲がり、びっこを引く老人はうつむくリリスを見上げると意味ありげに微笑んだ。
「これは珍しいこともあるものですなぁ……。ですが、いつの間にやら、あの坊ちゃまも立派な成人になられたのです。どうぞ、この年寄りめは外で昼寝でもしておりますゆえ、まぁ、いつも昼寝はしておりますがね、今日はお天気もよろしいから、外に出るということです。用事もありますしーー」
何でもお見通しとばかりにリリスに微笑む老人は、皇子と女官の逢引だと勘違いしているようだった。そのような目で見られるとはーー。もしや、書庫を逢引の場に使用する者も少なくないということなのだろうか?
タイガは当然否定するものとリリスは思っていた。だが、皇子の口から出た言葉は「それは、ありがたい」との一言だけ。
老人は鍵束を取り出すとタイガに鍵を手渡した。
「この年寄りめは、この場所がよいかと存じます。お帰りの際は、塔のドアは開けておいてくださいまし」
老人が出てゆくと、タイガはリリスの手を取り、螺旋階段をゆっくりした足取りで登った。
「気に入った本があったら部屋に持ち帰ってもよいぞ」
「どれも高価な本ばかりです。このような貴重な書物を自由に持ち出してもよいのでしょうか?」
「もちろんだとも。ただし、私はまだ試したことはないが、学友らから訊いた話によると、城の外に持ちだして悪戯できないように、呪文をかけてあるそうだ」
「まぁ、本に呪文が? ならば貴重な本が盗まれる心配はないのですね。それで、どのような呪文が施されているのでしょう?」
「呪文の種類を尋ねるとはリリスらしい。学友の話では、怒った本が、こうして尻を叩くそうだ」タイガは真面な顔をしてリリスの背中に腕を回すと、スカートのふくらみに掌を押し当てた。
「皇子様‥‥‥」
タイガの不意打ちにリリスは頬赤くする。
「それだけではないぞ。空を羽ばたいて、塔の天窓から元の棚に戻るのだとか」
「もしや、私をからかっておいでですか?」
「いや、何を言う。私は子供のころに訊いた話をそのままそっくり言ったまで」
タイガは笑い声をあげた。
吹き抜けの天井までくると、これより上階にいけないよう鉄の柵がついていた。
「この上は、限られた者しか入ることができない。禁書が置かれている」
「禁書とは?」
「この書庫は学生も利用する。危険な呪文、カナトス神以外の異国の神について書物、みだらな行いが書かれているものそれらは有害とみなされ禁書扱いとするのだ」
タイガはポケットからトゥールから預かった鍵を取り出す。鎖のついた錠前に差し込むとガシャリと開けた。天井の入口向い、細い階段を上がる。またもや壁一面に書物が並べられていた。
「ここは呪術師が使う本が納められている。私は探し出したい本がある。そう長くはかからないだろうから、その間、ここにある本を好きなだけ読んでいるがいい」
タイガは天井から下がる梯子から上階に行ってしまうと、リリスは呪術を扱う本棚に吸い寄せられた。もしかしたら、王様を目覚めさせる良い手があるかもしれない。手当たり次第に本を取り出し、夢中になって探すのだった。
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