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禁書と黒百合
禁書棚
しおりを挟むドラゴンについて手がかりを探すため、梯子を登り上階の棚に向かった。
「確か、この辺りにあったはず……」
記憶を頼りにドラゴンの本を探す。十代のころはよく禁書棚を訪れたものだ。当時、まだ見習い剣士だったサー・ブルーと学友らを引き連れ、トゥールに持ってきた酒を与えて買収すると、禁書棚にある本を読み漁ったものだった。好奇心旺盛な若者にとって、禁じられた本ほど魅力的に映るものはない。振り返っても、ここでの発見は有意義な学びが多かったように思える。タイガに限らず、十一、二歳の少年の興味といえば、霊的現象や精霊の伝説、未知なる生物といった類だ。それが十五、六歳ともなれば、興味の対象は女性。それも男女の営みに決まっていた。生まれてくる赤子はドラゴンが運ぶなどといった子供だましの教えではなく、実際に女人と何をどうしたらよいのか、詳しい図解などを皆で顔を寄せあって視ていた。タイガはあの日のことを、まるで昨日のことのように思い出した。まだあの本は、同じ場所にあるのだろうか――。
「いや、脱線してはいけない。リリスと過ごす時間が削られるではないか」
タイガは思い直すとドラゴンの本を手に取った。数冊手にしたところで、ざわざわと、左の人差し指にあるドラゴンの指輪から違和感を覚えた。視線の先に指輪と同じドラゴンの刻印が施された背表紙を見つけた。
「これか?」
数ページをめくると、漆黒のドラゴンのヒストリーが書かれている。タイガは目的の本を見つけるとローブに仕舞い込んだ。
梯子から一つ下の階にさがる。リリスはタイガが降りてきたことも気づかず、難しい顔をしながら本を読んでいた。着飾り、噂話に花を咲かせる貴族の令嬢たちとは違い、本を手にする彼女は美しき才女だとタイガは思った。それに、髪を結い上げた姿も悪くない。細い肩と乳白色のうなじに思わず後ろから抱きしめた。
驚いたリリスが本を落としてしまった。
「タイガ様‥‥‥」
「こうしてみたくなった」
うなじに口づけをする。
「いけませんわ、このような場所で……」
「このような場所だからよいのだ。私が降りてきたことも気づかず、リリスはいったい何を夢中で読んでいたのだ?」
タイガはリリスが拾う前に、先に落とした本を拾い上げてしまった。開いていたページに目を通すも、そこには異国の文字が羅列されていて、さっぱり理解できなかった。
「私には、まるでちんぷんかんぷんだ」
「これはルーンという呪いに使う文字ですので、皇子様はお判りになれないかと存じます」
タイガは急速に興味を失うと本を近くの棚に置いた。
「タイガ様は上の階でお目当ての本が見つかりましたか?」
「ああ、見つけたとも、私の本のことはまた後で話そう。今はそなたとこうしていたい――」
タイガは結い上げたリリスの髪に触れた。指先に触れた簪を抜いた。するりと紐が解けるがごとく黒髪が流れ落ちた。リリスはあっと小さな声を発した。
「あげた髪型もよいが、やはりリリスはおろした方がいい」
「でも、女官は髪をおろしてはいけないのが……」規則だと言いかけた言葉を、タイガは唇を重ねて塞いでしまった。リリスの長いまつげから朝露のような涙が頬を伝いこぼれ落ちた。
「何ゆえ泣いている。もしや私のしたことが嫌だったのか?」
「いいえ、めっそうもございません。皇子様とこうしていられる私はとても幸せで、それが果かなくも、壊れてしまうかもしれないと恐れたのでございます」
「恐れることはない。私の気持ちがそなたから離れることはないのだから安心するのだ」
「はい。ですが、やはりお城に上がってからというもの目の当たりにしたことは、皇子様と私とではあまりにも、身分が違い過ぎるという事実でございます。先ほど、乳母様からご縁談の話があったと伺いました」
「縁談どころか、昨夜はとある貴族の令嬢と危うく床を共にする寸前で回避してきたのだ」
「まぁ、なんと性急な」
「どのような令嬢であっても、リリスに敵うはずがない。このような事態にならないためにも、本来なら一日でも早く公の場でそなたの存在を明かし、婚約するのがよい」
「ですが、妻が私では王家の方々の理解を得るのは難しいと考えます。今なら、まだ何もなかったことにできます。私から身を引くのが望ましいと、思いを強めましてございます」
「そうだ。リリスの言った通り、我々はまだ何も始めていないではないか。二人で築き上げてゆくのは、これからなのだ。将来について、不安になるのは当然であろう。だが、私は思う。愛のない結婚をした父上のようになりたくはないと。私の母がそうであるように、側女となって、一人で離宮に住まうなど、そんな寂しい思いは、リリスにはさせたくない」
タイガは白くきゃしゃな手を取り、跪いた。
「私がそなたを護る。だから、私の妻の座を辞退するなどと考えないでほしい」
「皇子様がそのように膝まずいてはなりませぬ」
リリスはタイガの前にひれ伏した。それをタイガは引き寄せる。強い思いのそのまま、リリスを抱きしめるのだった。
「そなたの心をこじ開けたことは、自分でも身勝手だと思う。だが、あの世とこの世の狭間でそなたに会ってからというもの、芽生えたこの気持ちはどうしようもない。昨夜のこともあり、ますますリリスへの気持ちを強めるに至った」
そう言うと、タイガはリリスに顔を上げさせた。
「私にはもったいないお言葉‥‥‥でも、嬉しゅうございます……」
とうとうリリスはタイガの胸の中に飛び込むように身をまかせた。どちらともなく互いの顔が近づき、口づけを交わすのだった。タイガの唇は細い首筋から肩へと這う。そのままリリスを床へと押し倒した。豊かな黒髪が母なる海のごとく四方に広がった。胸のふくらみに顔をうずめると、ドレスの結び目に手をかけた。
「あ……、これより先はいけませんわ」リリスは吐息の間からようやく言葉を絞り出した。「それに、タイガ様‥‥‥たった今、王様を目覚めさせる良い手を思いつきました」
タイガは口づけをやめた。
「よもや、私を救ったように、そなたの命を削るような危険な呪文を?」
「いいえ。あれはタイガ様のお命を救いたい一心でしたので……。この度は違います」
「それならよいが、今後、私に何があっても命だけは削ってはならぬ」
リリスは返事をする代わりに微笑むに留めた。
「今宵、王様の寝所にお忍びでお越しいただけませんでしょうか? 王様のお子であるタイガ様に、手伝っていただきことがあります」
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『カナトス渓谷』の描写、物語のなかの渓谷、そして、橋のような印象を受けました。丁寧な筆致、先走らない展開に、楽しみも倍増。タイガとリリス……の心の機微が、読み手にこの世界観の奥深さを与えてくれているような気がしました。
うわぁ、素敵なご感想をありがとうございます😭😭
タイガの勇ましさ、リリスの愛らしさ、個性ある脇役を描けたらと考えています。コンテスト中に完結までいたらないと思いますが、最後までこつこつ書いてゆきます!
見つけました!
とりあえず、栞を挟み、じっくり拝読します。投票完了!
福子さん、見つけていただきありがとうございます(◍•ᴗ•◍)✧*。めちゃめちゃ感謝申し上げます!!
お邪魔します。登録して、応援しますね。
田丸さん、ありがとうございます!
めちゃめちゃ感謝申し上げます🙏🙏😭😭