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2.5人暮らし
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十二月の年の瀬も押し迫ったころのある日の日曜日。この日、何かを察知したのか、幽霊女は朝から家をあけて不在にしていた。午後になって思わぬことが起きた。おばあちゃんが初めて私たちの住む文化住宅を訪れたのだ。八月のお葬式以来、久し振り会ったおばあちゃんは、一回り小さくなったように思えた。
「ごめんなさいね、突然来てしまって。でもね、待っていても、美奈ちゃんがなかなか会いに来てくれないものだから、思い切っておばあちゃんが来ちゃったのよ」
オレンジ色のビニールクロスの上にホットカーペットを敷いていた。おばあちゃんはこの文化住宅の狭さに少々面食らっていた。
「お義母さん、すみません」と、パパは平謝りだった。「こんなむさ苦しいところにお越しいただかなくても、ご連絡いただきましたら美奈を連れていきました」
「いいのよ工藤さん。一度くらいあなた方がどんな生活をしているのか見ておきたかったの。──思っていたよりちゃんとしているのね」
おばあちゃんは私の手を撫でながら言った。
「それと、二人とも。ここへ来たことはママには内緒にしていてほしいの。これから話すこともね」
おばあちゃんの言葉にパパと私は何事かと顔を見合わせた。パパが出したお茶を一口飲んだおばあちゃんは、改まった面持ちでこう切り出した。
「工藤さん。おじいさんが亡くなる前に、これを渡すよう頼まれました」おばあちゃんはハンドバッグから取り出した小冊子を机の上に置いた。「これは、おじいさんから美奈ちゃんへの気持ちよ」
「お義母さん、これは?」
冊子は工藤美奈名義の預金通帳だった。
「この中に一千五百万円入っていますーー」
私たちは息を飲んだ。
「これはね、おじいさんが美奈ちゃんのために残しておいたお金なの。申し訳ないけど下の孫たちにはないわ。美奈ちゃんだけ。おじいさんは、亡くなる直前だったかしらね、あなたに悪いことしたって涙していてね……。初孫のあなたを最後の最後まで心配していてねーー」
おばあちゃんはパパに向き直った。
「工藤さん」
「はい」
「このお金で孫娘を大学までやってちょうだい。足りない分は、ちゃんとあなたが働いて補ってくださいね」
「何と言っていいのか──」
パパはそれっきり言葉を詰まらせた。おばあちゃんの手を取り、顔をしわくちゃにしながら何度も頭をさげるのだった。
パパと私、そして幽霊女の2.5人暮らし。
奇妙な同居生活は今も続いている。
私はこの家が嫌いだ。
けれど、家族は大好き。
(了)
「ごめんなさいね、突然来てしまって。でもね、待っていても、美奈ちゃんがなかなか会いに来てくれないものだから、思い切っておばあちゃんが来ちゃったのよ」
オレンジ色のビニールクロスの上にホットカーペットを敷いていた。おばあちゃんはこの文化住宅の狭さに少々面食らっていた。
「お義母さん、すみません」と、パパは平謝りだった。「こんなむさ苦しいところにお越しいただかなくても、ご連絡いただきましたら美奈を連れていきました」
「いいのよ工藤さん。一度くらいあなた方がどんな生活をしているのか見ておきたかったの。──思っていたよりちゃんとしているのね」
おばあちゃんは私の手を撫でながら言った。
「それと、二人とも。ここへ来たことはママには内緒にしていてほしいの。これから話すこともね」
おばあちゃんの言葉にパパと私は何事かと顔を見合わせた。パパが出したお茶を一口飲んだおばあちゃんは、改まった面持ちでこう切り出した。
「工藤さん。おじいさんが亡くなる前に、これを渡すよう頼まれました」おばあちゃんはハンドバッグから取り出した小冊子を机の上に置いた。「これは、おじいさんから美奈ちゃんへの気持ちよ」
「お義母さん、これは?」
冊子は工藤美奈名義の預金通帳だった。
「この中に一千五百万円入っていますーー」
私たちは息を飲んだ。
「これはね、おじいさんが美奈ちゃんのために残しておいたお金なの。申し訳ないけど下の孫たちにはないわ。美奈ちゃんだけ。おじいさんは、亡くなる直前だったかしらね、あなたに悪いことしたって涙していてね……。初孫のあなたを最後の最後まで心配していてねーー」
おばあちゃんはパパに向き直った。
「工藤さん」
「はい」
「このお金で孫娘を大学までやってちょうだい。足りない分は、ちゃんとあなたが働いて補ってくださいね」
「何と言っていいのか──」
パパはそれっきり言葉を詰まらせた。おばあちゃんの手を取り、顔をしわくちゃにしながら何度も頭をさげるのだった。
パパと私、そして幽霊女の2.5人暮らし。
奇妙な同居生活は今も続いている。
私はこの家が嫌いだ。
けれど、家族は大好き。
(了)
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