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第五十五話 王都へ

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 国全体の解呪が必要な以上、箱の中から見つかった人形を使うのが一番効果的です。

 ですが、人形は一体しかありません。では、どうするか。

「これ、本当に行き届いているのでしょうか?」
「問題ない。薄くだが、何かの力が街を覆っていくのが見える」

 テンウダーロ山脈の麓にある村から初めて、国を外側から回るように各村や街を回っています。

 この人形、こうして使ってみると凄いですね。本当にお皿に入れた解呪の水を増幅しているようで、水が殆ど減りません。

 ただ、さすがにこれだけ王都から離れた場所には、魅了の影響がほとんどないようで、効果の程がわからないのが辛いですね。

 こうして魔法で移動しつつ解呪の水を使っていけば、王都に到着する頃には国中の解呪が終わっているでしょう。

 黒の君の移動魔法以上に、早く移動出来る手段などこの国にはありません。それに、オリサシアン様は乗馬が苦手なのです。

 もちろん、魅了の影響を受けた人が各地に向かって、また魅了を広げる事もあるかもしれませんが、直接魅了された人よりは影響が薄いようです。

 ですので、この方法でもいけると思うのですよ。実際、なんだかんだ言って国の三分の一は解呪し終わりました。

「黒の君、本当に速いですね、これ」
「ああ、速度をどこまで上げられるか、限界に挑戦した術式だからな」

 いつの間に、そんな研究をしてらしたのでしょう。おかげで、今安全かつ素早く解呪が出来ているのですけれど。



 テンウダーロ山脈の麓にある村から始まった解呪は、日が落ちる頃になってようやく王都まで辿り着きました。いえ、十分速いのですけど。

 気のせいでしょうか、遠目で見る王都には、何やら青い靄のようなものがかかっているようです。

「黒の君……」
「あれが、見えるか?」
「では、やはり」

 あの靄が、魅了の力なんですね。

「少し前までは、あそこまでではなかったんだ。もっと薄く、あるかないかわからない程だったんだが……」
「オリサシアンが、道具の力を強めているのかもしれません」

 ニカ様が、憂鬱そうに呟きました。オリサシアン様……そこまでして、あなたは何を求めているんですか?



 これまでの街同様、外側から人形を使って解呪の水を王都に送ります。青い靄は、霧状になった水に触れると消えるのですが、またすぐに復活してしまうのです。これではいつまで経っても綺麗にはなりません。

「どうしましょう?」
「やはり、王宮に行くしかないか」
「元から絶たないと、意味がないようね」

 オリサシアン様は、王宮にいらっしゃるのでしょう。そして、おそらく魅了の道具も手元にあるはずです。

 人を信じない方ですから、切り札は肌身離さず持っている事でしょう。あの方らしいです。

 黒の君の移動魔法のまま、王宮の中庭に降り立ちました。何だか、青い靄がまとわりついて息苦しく感じます。

 これが、魅了の魔道具の力?

「ベーサ、人形を使え」
「はい!」

 すぐに解呪の水を、と思ったのですが、いつの間にかお皿が空です。魔法収納から水を小分けにした瓶を出そうとしたら、脇から声がかかりました。

「何者だ!? ここをサヌザンド王宮と知っての侵入か!?」

 思わず手が止まりました。警備の兵士のようです。短めの槍を持ち、武装しています。

 それにしても、私やレセドはまだしも、こちらには黒の君とニカ様がいらっしゃるのに。

 当然、黒の君が前に出ました。

「お前達こそ、誰に対して言っている?」
「え?」
「あ」

 やっとこちらにいるのが誰なのか、理解したようです。ですが、槍の穂先をまだこちらに向けています。

「王族、しかも王太子に向けて槍を向けるとは何事か!」

 叫んだのはニカ様です。そして私の手から瓶を取ると、そのまま中身を兵士達にかけました。

「うわ!」
「な、何を……あれ?」

 解呪の水をかけられた兵士達は、周囲をキョロキョロ見回しています。自分達が穂先を向けている相手が誰であるのか確認すると、慌ててその場に膝を突きました。

「一の君!?」
「も、申し訳ございません!!」

 王族……しかも王太子殿下である黒の君に槍を向けたりしたら、反逆罪か不敬罪で極刑ですものね。そりゃ慌てもするでしょう。

「よい。オリサシアンはどこにいる?」
「三の君でしたら、奥宮の陛下の寝所かと」
「何? 父上の?」

 何故、オリサシアン様が陛下の寝室に?

「今朝方、陛下がお倒れになりまして、そのお見舞いかと」

 国王陛下がお倒れに!? 黒の君とニカ様は、弾かれたようにその場を走り出しました。

 置いて行かれてはこまります。私も、人形と新しい小分けの瓶を取り出し、こぼれないようお皿に入れながら移動します。

 こういう時、魔法での移動は楽でいいですね。



 王宮に来るのは久しぶりです。最後の記憶が酷いものでしたから、ちょっと胃の辺りが痛みますけど。

 それでも、伯爵家の娘程度では普段奥宮には入れません。

 奥宮の入り口には、大きくて頑丈な扉があります。その前には、常時武装した警備兵がいるのです。

「これは、一の君」

 いきなり現れた黒の君を見て、兵士達が扉の前に立ち塞がりました。彼等の目は淀んでいて、とても正気とは思えません。

「どけ」
「いけません。三の君から誰も通すなと申しつけられております」

 まるで人形のような受け答えです。生きて血が通った人間ではないような、不快さを感じます。

「ベーサ!」
「はい」

 人形を前にかざすと、そこから霧状の解呪の水が広がっていきました。やはり、王宮の中も靄で一杯で、目の前の彼等も魅了されていたのでしょう。

 中庭の兵士達よりも魅了の影響が深かったのか、奥宮を警備する兵士達は全員、その場で昏倒してしまいました。

 ついでに、その場の靄が綺麗に晴れています。あの息苦しさが消えました。

「父上……」

 倒れた兵士達を見下ろし、黒の君が呟きます。この扉は頑丈で、また奥宮全体には魔法を弾く結界が常時張られていると聞いた事があります。

 魔法が通用しないと、私は途端に役立たずになるのですが。

「扉を開けるぞ」
「兄上、鍵は?」
「いらん」

 黒の君は、扉に両手を当てて、向こう側へと押しました。

「え!? この扉、手前に引くのでは!?」
「鍵を使う時はな。だが、王と王太子のみ、己の肉体を鍵に押して開ける事が出来る」

 なんと! そんな仕掛けがあったんですね。黒の君に押された扉は、重い音を立てて開いていきます。

「さすがに、ここをいじる事は出来なかったようだな」

 誰が、とは言いませんでしたが、おそらくはオリサシアン様の事ですよね。

 門の向こうには、初めて見る奥宮の姿があります。門から続く石敷の小道、その両脇には綺麗に整えられた小さな庭園が。

 小道と庭園を囲むように設えられた壁には、屋根と通路。雨が降ったらこちらを通るのですね。

 そして、小道の先にあるのが王と王太子のみが住まう奥宮です。
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