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第五十四話 帰国

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 黒の君を無事魅了から解呪した後は、なんともせわしない時間が過ぎていきました。

 まずはニカ様も私も、極秘にサヌザンドへ帰る事になりそうです。極秘という辺りが気になりますけど、ニカ様はまだしも私は国外追放を受けた身ですからね。周囲に帰国した事が知られると大変です。

 それからこの国を後にするのですから、カルさんと話し合う必要がありました。三人だけの団ですからね。

 対鳥でカルさんを呼び出し、三人で道具街にある店で落ち合いました。

「急な話で申し訳ないんだけれど、私とベーサは故国へ帰る事になりました」
「え」
「だから、これ以上あなたと迷宮に入る訳にはいかないの。ベーサ」
「これ、今までの報酬でカルさんの取り分と、迷宮内で出た品です」

 テーブルの上に置いた、金貨と品の山。カルさんがそれと私達を交互に見ています。

 本当に、急な話で申し訳ないです。

「それと、この地図なんですが」
「ああ、三十一階から上の分か……」
「ええ。これをお渡しします」
「……売った金は、俺が独り占めしていいと?」

 迷惑をかける分の、せめてものお詫びの気持ちです。カルさんはいい気持ちはしないでしょうけれど、どうか受け取ってほしい。

 案の定、最初は受け取りを拒否したカルさんですが、ニカ様に説得されて渋々受け取りました。

「これはお金になるというだけでなく、今後あの階層に向かう人達の為でもあるのよ。お願いだから受け取って」

 こう言われては、さすがのカルさんも受け取らない訳にはいかなかったようです。

「それと、申し訳ないけれど、この子も返すわ」

 ニカ様の手には、対鳥の鳥かごがあります。持ったままサヌザンドに帰る訳にもいきません。生き物ですからね。

「……それ、出来れば持っていてくれないか?」
「でも――」
「頼むから」

 カルさんのどこか必死な様子に、ニカ様も私も言い返せません。

「ニカ様、荷物は全て収納に入れておりますし、鳥かごは私が持ちますから」
「わかったわ。でも、この子は私が運びます。カル、今まで本当にありがとう」
「お世話になりました」
「よせよ、湿っぽいのは苦手なんだ。それに、こっちの方が世話になったぜ。ありがとさん」

 カルさんはいつものように軽く言い、手を挙げてその場を離れました。もう、会えないんですね。ちょっと寂しいです。

 カルさんと別れ、黒の君達との合流場所に向かいました。

「別れは済んだか?」
「……ええ」

 ニカ様も、カルさんとの別れは寂しかったようです。何と言いますか、あの人の明るさに救われた部分とか、多いんですよね。

 きっと、ニカ様と私だけだったら、国や家族の心配で早々に潰れていたかもしれません。

 無事に解呪の水を手に入れられたのも、カルさんがいたからではないでしょうか。

「では、行こうか」

 とうとう、故国に帰るのですね。何だか、今から不安がいっぱいです。国は、王宮はどうなっているのでしょう。



 長くいたように感じた迷宮区ですが、その実大した日数を過ごした訳ではありません。

 それでも、こんなに離れがたく感じるなんて。

 迷宮区の壁の外には、平原が広がっています。そこから先に森が、さらに先に街があるんです。

 私達は、その平原から森に入り、即座に黒の君が発動させた術式に包まれました。

「これ、移動の術式ですか?」
「ああ。独自に改良して、長距離や標高の高い場所も移動出来るようにした」
「まあ」

 移動の術式を開発するのにも、黒の会の皆様と一緒に数年を掛けたというのに。

 黒の君はたったお一人で、しかも短時間のうちに改良なさったなんて。本当に、この方の才能には驚かされます。

「では、行くぞ」

 黒の君の言葉の通り、私達の周囲を結界が覆ってそのまま浮かび上がりました。

 いやいやいや、これ、高くないですか!?

「く、黒の君!」
「ああ、外側から結界の中は見えないようにしてある。問題ない」
「まあ、ありがとうございます……ではなくてですね!」

 こんな高さまで浮かぶのなら、先に言っておいてほしかったのですが。そう続けようとした途端、もの凄い速さで移動を開始しました。

 比喩ではなく、本当に景色があっという間に後方へ飛んで行きます。

「兄上、もしや、この術式を使ってサヌザンドからオーギアンの迷宮区へ通われていたのですか?」
「ああ、そうだ」

 何と言う力業。軽々とサヌザンドとオーギアンを行き来出来た理由がわかりました。

 オーギアンとサヌザンドの間には、高く長大なテンウダーロ山脈が横たわっています。普通、これを飛んで越えようなどと思いつきませんよ。

 ですが、現在私達はそのテンウダーロ山脈の上を飛んでいます。しかも、もの凄い速度で。

「黒の君、山脈の上には大型の魔物がいたはずですが……」
「いたところで、こちらには近づかんよ。下手に触れれば魔物が弾き飛ばされると学んだからな」

 学んだ? それはもしや、魔物の方が学んだという事でしょうか。

「兄上……まさか、実際弾き飛ばしたんですか?」
「ああ、最初の頃、何羽かな。片手で数える程度の鳥を落としたら、近寄らなくなったぞ。姿は見えなくとも、魔力でこちらの位置を把握出来るらしい」

 魔物の中には、目で見るより魔力で敵や捕食すべき相手の動きを見るものは、少なくありません。

 この山脈の上を飛ぶ魔物も、その類いなのでしょう。



 さすがの移動魔法でも、テンウダーロ山脈を越えるには時間がかかるようです。

 先程通り過ぎたのは、おそらくテンウダーロでも最高峰と言われるマイロス山でしょう。もの凄く高くて、誰も頂上に登った事はないと言われている山です。

「兄上、このまま王宮へ向かうのですか?」
「いや、まずは国の端に降りる」

 黒の君の返答に、ニカ様と顔を見合わせました。何故、王宮へ向かわないのでしょう?

「オリサシアンの使う魅了は、人から人へ伝染すると言っていただろう? ならば、国内でどこまで広がっているか見当も付かん。だからこそ、端から解呪していこうと思うのだ」

 それはいいかもしれませんが、端から解呪している間に、王宮から魅了が広がっては、ただの追いかけっこになるのではありませんか?

「ベーサ、解呪の水はたっぷり汲んで来たか?」
「はい。樽に四つ程」

 以前、魔法でお酒を造れないか、という話題になり、樽から作ろうと試した時のものが魔法収納に残っていたんです。で、それに汲んでおきました。

 王宮のみに使うと思っていたので、それで十分と思ったのですが……国中に使うのであれば、足りないかもしれません。

「……一樽のみ、半分を残して他は全部使い切る」

 確かに、あの人形があれば樽半分の水でも、問題なく王宮全体を解呪出来るとは思いますが……

 あ、国中の解呪にも、あの人形を使えばいいんですね。

「黒の君、実は……」

 もうじきテンウダーロ山脈を越えます。人には越えるのは無理だと言われていた山脈なんですけどね……

 私の説明を聞いた黒の君は驚いていましたが、ご自身であの人形の「実力」を実感されているので、反対はされませんでした。

「では、やるとするか」
「はい!」

 やっと、この国を元に戻す時が来たのです。
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