永久不変の剣を手に、人々の命の守護者となる

なで鯨

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第二章

第六十三話 無勢の撤退戦へ

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「ロジー副騎士団長……! やはり、もう無理です!」
「せめて副騎士団長だけでも城の中へ!!」

 アルトマール王国の兵士の猛攻によって、少しずつ数を減らしながら撤退しているシーナリーム王国騎士団。
 その殿しんがりを務めている数少ない兵士の中で、副騎士団長と呼ばれる者がいた。

「だめだ! 騎士はこの国の剣であり盾! それは上に立つオレだって何も変わらない!」

 腹に響く声で叫びながら、凶刃が迫る仲間を庇って入れ替わり、その刃を受け止める。

「今はひとりでも多く逃がし、ひとりでも多く敵を倒す! それが騎士団長よりこの城を任された、オレたちの責務だ!!」

 受け止めた刃を押し返し、勢いそのまま切り伏せる。
 その言葉と姿に背を押された騎士団は、なんとか気持ちを盛り返す。

 これをもう何度も何度も繰り返していた。

 ジリ貧であることは副騎士団長のロジーも十分わかっていた。

 しかし、自分がいなくなれば一気に崩れ、ここにいる騎士全員が死んでしまうこともわかっていたロジーは、決してここから離れようとしなかった。

「必ずこの状況を打開する機会が訪れる! そのための時間を稼ぐのだ!!」

 そうして鼓舞するロジーも、呼応して声を張り上げる騎士たちも、本当にそんな機会が巡ってくるとは思っていなかった。
 しかしそれでも、副騎士団長に続けと傷だらけの体で敵に向かっていた。

「はぁ……。はぁ……」

 仲間を庇い、仲間を精神的に支えているロジーは、他の騎士よりも消耗が激しかった。
 
 ここまではその並外れた体力で立ち回っていたが、さすがに体力の底が見え始めていた。
 
「ロジー副騎士団長!! 危ない!!」

 そうして見せてしまったわずかな隙を、見逃してくれる敵ではなかった。

「これでこの鬱陶しい騎士たちも終わりだあああ!」

 アルトマール王国兵士の残忍な叫びとともに、刃がロジーの首元へと振られた。
 
 (これは、さすがにどうしようもないか)

 ロジーは目をつぶった。

(走馬灯なんてものは、実際には見ないんだな)

「やらせない!」

 ロジーは自分の体が押し動かされてよろけたあと、激しく金属同士がぶつかり合う音を聞いた。

 何が起きたかわからずに目を開いた先で、鈍い白銀色の髪の少年が敵の刃を受け止めていた。

「今からひとつも命を失わせはしない!」
「アナタは……?」
「なんだこのガキは……!」
 
 ヒイラギは驚いているアルトマール王国兵士の手から剣を弾き飛ばすと、流れるようにその手のひらを切り裂いた。

 痛みで後ずさった兵士に見向きもせず、左手を後ろ下げるいつもの構えを取る。
 そしてちらりと後ろにいるロジーを確認すると、白銀色の剣に付いた赤い液体を振り払い、その剣に清白さを取り戻す。

 ロジーにはその白銀色の輝きが、この場に差し込んだ希望の光に見えた。

「私たちは傭兵です。皆さんを助けに来ました」

 そう宣言したヒイラギに続いて、フェンディーやリビを始めとした数名の傭兵が敵に向かって飛び出していった。

 突然現れたヒイラギたちに少しロジーは思考が止まったが、すぐに援軍であることを認識すると、力に満ちた笑顔をヒイラギに向けた。

「すまない! 恩に着る! 私は副騎士団長のロジーだ! オレたちの撤退が完了するまで手を貸してもらえるか……?」
「もちろんです。すべての命を守るために来ましたから。敵も味方もすべての命を守りましょう」

 大きくうなずいてから、ロジーはヒイラギの言葉の意味を探る。
 
「敵の命も守る……?」
「はい。無力化にとどめて命は取らない。撤退するだけならば、それで十分ではないですか」
「……わかった。無意味にとどめを刺す意味はないな。他の騎士にもそれを遵守させよう」

 ロジーの素早い判断にヒイラギは微笑みを返すと、改めて敵に向き直した。

 そのときにはすでに、ヒイラギに向けて複数方向から刃が狂い迫っていた。

 ロジーは血相を変えて今度は自分が庇おうと動き出したが、それを察知したヒイラギが左手の動作でそれを制した。
 そして、冷静に攻撃の力の強さと方向を分析すると、そのうちのひとつの刃を絶妙な角度で弾き飛ばし、別の敵の刃に当てた。
 連鎖が起きてそれぞれの攻撃が崩れたのを見て、ヒイラギはすかさず全員の手から武器を叩き落した。

「すごい……!」

 自分よりも十歳は年下かと思われるヒイラギを、ロジーは素直に尊敬した。

 その間にもまた数人の兵士を無力化していると、他の兵士より体が大きい兵士が他を押しのけてヒイラギの前に出てきた。

「何だてめえは! こんな状況でこいつらを助けられると思ってんのか!」

 大男の嘲るような言葉と共に振り下ろされた剣を、正面から受けて立つ。
 しなるように白銀色の剣を振り抜くと、敵兵士の振り下ろされていた剣が大きく弾かれた。
 両腕が上がったことでできた大男の鎧と鎧の隙間を、ヒイラギは正確に切り裂いた。
 
 痛みにうめいた大男はそのまま倒れる。

「そうして倒れていれば命は失いません。じっとしていてください」

 倒れた敵に声掛けすると、間髪入れずに襲い掛かってきた他の兵士も次々に無力化していく。

 時々思い出したようにふらつくことはあったが、それすらも利用して敵を倒していく。

 その様子につい目を奪われていたロジーは、信じられないといった表情でぽつりとつぶやいた。
 
「ワールト騎士団長……?」

 戦いの騒音の中つぶやかれた言葉だったが、ヒイラギの耳はその名前を正確に聞き取った。
 そして異常なほど素早く反応し、顔を向けた。

 目を見開いてロジーを見つめたヒイラギだったが、すぐに次の敵が襲い掛かってきた。

 珍しく煩わしそうな表情をすると、攻撃を受け流して致命傷にならないように反撃する。
 
 反撃後も隙がないように体勢を整えて、長く息を吐いて邪念を振り払った。

 その様子を見たロジーも頭を押さえて激しく首を振ると、副騎士団長としての風格を取り戻す。

「さあ! 今こそ打開する機会だ! 全力で殿しんがりを務め上げるぞ!」

 バラけていた騎士を一声でまとめ上げると、手短に連携を確認して敵に突撃した。

「ただし深追いはするな! 無力化だけにとどめて消耗を抑えろ!」

 先ほど受けたヒイラギからの提案を、命令として騎士たちに伝える。
 そうしてからロジーは姿勢をやや低くすると、肩から突撃して敵を押し飛ばし、剣で周囲を薙ぎ払った。

 ヒイラギたちの奇襲により始まった奮戦で、ほんの少しだけ勢いを盛り返しつつあった。

 しかし結局は多勢に無勢。
 倒しても倒しても続々と襲い掛かってくる敵に、あっという間に形勢が戻り始めた。

「なあヒイラギ! これはどこかで踏ん切りをつけないとまずいぞ!」

 盾でどうにか攻撃を受け止めているフェンディーが汗を流して叫ぶ。

「まだ騎士の皆さんが撤退しきっていません! 完了するまではここで守り続けます!」
「そうかい! じゃあどうにかやってみる……ぜ!」

 雄たけびを上げて無理やり盾で攻撃を押しのけると、深傷ふかでにならないように加減して切り倒す。

 同じようにリビや他の傭兵も善戦はしているが、息が上がっていたり大量に汗をかいていたりと消耗が激しかった。

 少しでも何かが変わってしまえば、一気に均衡が崩れるといった場面で、強烈な変化が相手から訪れた。

「なんだぁ? ちょっと進行が遅くなっちって感じたから最前まで来てみりゃあ、こりゃ面白そうじゃねえかよ!」
「うわああああ!!」

 傭兵のひとりが吹き飛ばされてヒイラギの近くに落ちた。

 嫌な静寂が一瞬にして訪れた。

「騎士じゃなくて、傭兵がいたっちのか! おいおいおい! 暴れたい放題やり放題できるぜ!」

 またひとり、傭兵が鎖による殴打をくらい、今度はその場でうずくまる。
 鎖がきしむ音と男の声が、ただただ広がっていく。
 
「エボニー隊! てめえらは十分に暴れたよなぁ! ここからは俺にやらせろ。まだクソ王子のせいでイライラしてんだ。発散させてくれよ! なぁ!」

 再び、傭兵に武器をふるう。

「させない!」

 直撃する間際に滑り込んだヒイラギが、傭兵の肩口から深々と切り裂こうとしていた鎌を受け止める。

 そうして力が拮抗した一瞬のうちに、ヒイラギは対峙した相手の武器を観察する。
 右手にある鎌自体は黒塗りされているだけの普通の鎌だった。
 しかしの持ち手の先からは鎖が伸びており、鎖の終端にはとげが付いた握りこぶしほどの大きさの鉄球が鈍く光っていた。

「お前はあのときチャコールの野郎が嬲っちしてたガキか」

 鎌に込める力を強めながら、値踏みをするようにヒイラギの全身を観察する。

「おいおい! こりゃあストレス発散になるっちだなあ! いよっしゃああ!!!」
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