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第二章

第四十六話 ”タイター”の口元へ

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 ――爆発が起きる少し前。
 ジョン、ドーム、デッパフの3人は苦戦を強いられていた。

 ”タイター”の動きを止めたまではよかったが、そこから先は"タイター"の圧倒的な力にただただ翻弄ほんろうされるばかりだった。
 
 そして今、ドームとデッパフは地面に倒れ伏し、ジョンも頭から流れている血が左目に入り、距離感がつかめないまま戦っていた。

「どうするべきか……なんて。冷静ぶったって仕方がないな」

 頭部に負ったケガのせいか、自分が何を言っているかも半分理解できていない状態で、ジョンは左側の口を歪める。

 ジョンが見上げる先には、ふたつの巨大なハサミと、その隙間から見える凶悪な口元があった。
 口の近くにもついで存在するハサミからは、時折、バキバキ、ギリギリと嚙合かみあわせるような音が聞こえてきていた。
 
 その耳障みみざわりな音を今回も鳴らすと、巨大なハサミをジョンめがけて振り下ろした。

 ジョンは回避のために跳躍ちょうやくしたが、力が入りきらず、満足には飛べなかった。
 直撃は免れたが、至近距離にハサミがたたきつけられた衝撃をもろに食らうことになった。
 しかし、そこは意地と盾で耐えきった。

「これでもくらえ……化け物め……!」

 目の前にあるハサミへ向けて、盾から黒い粉を振りまくと、残っていた力を振り絞って盾へ斧を打ち付けた。

 火花が散る。
 
 それは一瞬にして辺りを白く染めると、すさまじい衝撃と爆発音が発生した。
 
 ここまでで力を使い果たしたジョンは耐えられず、”タイター”から離れる方向へと吹き飛ばされた。
 地面を数回こすり、うつぶせになったところでようやく止まった。
 握力も底をつき、盾と手斧は途中で手放してしまった。

「う、おぇ……。ぐ……」

 強烈に感じた鉄の味に嗚咽おえつをもらしたが、そのおかげで気を失うことはなかった。

「少しくらい効いたか……」

 ゆっくりと顔を上げる。
 土埃が薄まってくると、振り下ろされたままのハサミが見えてきた。
 
 ――その表面には、うっすらと焦げた跡があるだけだった。

「……”堅固”なんて。大層な通り名があっても、この程度か……」

 起き上がることはできなかったが、かろうじて動かせた右手で無精ひげをなでた。

 完全に土埃が晴れると、”タイター”は距離を測るかのように、数歩だけ前進した。
 そして適当な位置で止まると、ゆっくりハサミを持ち上げた。

 ――バキバキ、ギリギリ。

 ”タイター”のが鳴り響いた。

 不快な音が鳴っているなか、ハサミが振り下ろされる。

 ジョンが起こした爆発以上の音が響き渡り、そのあとを追ってすさまじい衝撃波が走り去った。

 ――バキバキ、ギリギリ。

 何かが気に入ったのか、口元のハサミをせわしなく動かしていた。



「……今回も救われたな。ヒイラギ。俺は助けられてばかりだな……」
「…………」

 振り下ろされたハサミからかなり距離を取った場所に、ジョンを抱えるヒイラギが立っていた。
 弱りきったジョンを優しく地面へおろすと、白銀の刃を”タイター”に向けた。

 ヒイラギは一気に息を吸い込むと、目を見開き、薄く焦げているハサミへと猛接近した。
 勢いそのまま一太刀あびせたが、弾かれるばかりでやはり傷をつけることができない。

 ――バキバキ、ギリギリ。
 と、”タイター”があざ笑う。

 ヒイラギは目だけを動かしてその口を見る。
 
 何も言わずに白銀の剣をしまうと、軽快な動作でハサミの上へと登る。
 ハサミの上に立ち、もう一度せわしなくハサミが動いている口元をにらみつける。
 そして再び白銀の剣を手にすると、ハサミをつたって駆け上り始めた。

 自身の目元に近づいてきていることを感じ取った”タイター”は、すぐにハサミを振ってヒイラギを振り落とした。

 左腕から着地したヒイラギは、体をひねって体勢を整えると、”タイター”へと素早く走り出した。
 赤紫色に腫れて、力なくふらふらと揺れている左腕を一切気にすることなく、”タイター”と真正面から対峙した。
 怒りのこもった碧眼が見つめる先には、今もなおギリギリと音を鳴らしている口があった。

 ヒイラギの狙いを理解したのか、はたまたその気迫に圧倒されたのか、”タイター”はヒイラギから逃げるように後退し始めた。
 ヒイラギはそれを全速力で追うが、”タイター”との距離は離れていく一方だった。

 奥歯をギリリと食いしばったヒイラギの隣を、人影が一瞬で通り過ぎた。
 
「こいつ!!!」

 激しい怒号を発しながら突撃していくのは、戦いをずっと陰から見ていたスクイフだった。
 後退する”タイター”に追いつくと、見事な身体さばきで、あっという間に”タイター”の目元へたどり着いた。

「私だって!!」
 
 合図として使っていた破裂玉を、あるだけ全部”タイター”の目へ投げつけた。
 それらすべてが破裂し、目の覚めるような音が響いた。
 
 その衝撃に驚いたのか、”タイター”の移動が止まった。
 スクイフは続けざまに攻撃を仕掛けようとするが、死角から飛んできた尾に弾かれ、叩き落された。
 スクイフは地面にぶち当たり大きく跳ね上がったあと、横たわったまま動かなくなった。

 ”タイター”が後退を再開する。

「はは! 誰もが命をかけているなか、俺らだけ寝ているわけにはいかねえだろう! なあ!」
「このために俺らはいるんだからな!」

 血と土にまみれたドームとデッパフが、大剣を構えて”タイター”の足元にいた。
 そして、渾身の力で”タイター”の足を強打する。
 二人の大剣はその一撃でへし折れたが、再び”タイター”の動きが止まった。

「やってやれ! ヒイラギ!!」

 スクイフ、ドーム、デッパフの足止めによって、ヒイラギは”タイター”に追いつくことができた。
 巨大なふたつのハサミと口の間に入ったヒイラギは、その声に背を押されるようにもう一段階加速した。
 ハサミの内側を蹴り、”タイター”の口元へと一直線に飛び出す。
 ヒイラギの目には、”タイター”の口、そのハサミの向こう側にある柔らかそうな口内がうつっていた。
 
 そこならば、白銀の剣を突き刺せる。
 その確信の元、動いていた。

 その弱点を守るためか、スクイフを叩き落した時と同じように、空中にいるヒイラギの死角から尾が飛んでくる。
 しかし、空を切る音で位置を把握していたヒイラギは、受け止め方に角度をつけて、尾の勢いを無理やり自分の速度へと変えた。

 矢のように射出されたヒイラギは、”タイター”の口内に白銀の剣を深々と突き刺した。

 ――ギイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィ!!!!!

 ”タイター”はすさまじい悲鳴を放つと、その場で身をよじって大暴れをし始めた。
 足元にいたドームとデッパフは、暴れる”タイター”の足が直撃し、それぞれ地面を転がった。
 悲鳴を至近距離で受けたヒイラギは、耳から血を流しながら地面へと落ちた。

 
 
「……主らの尽力に、最大限の感謝を」

 ここまでの惨状を、一番後方で、大槌を構えたまま見ていたラージン。
 怒りのあまりに紅潮した体からは、かすかに蒸気がただよっていた。

「これで終わりにしよう……!」

 言い残すと、その場からラージンの姿は消えていた。
 
 地面を蹴る音は、後からやってきた。
 
 ”タイター”の口元へ――白銀の剣の元へと現れたラージンは、その大槌で深々と突き刺さっている剣の柄頭を打ち込んだ。

大雷槌おおいかづちッ!!!」

 天から雷が落ちたかのような衝撃音と共に、”タイター”の体にひとつの大穴があいた。
 白銀の軌跡を残して。
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