永久不変の剣を手に、人々の命の守護者となる

なで鯨

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第二章

第五十五話 相互依頼へ

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 襲撃者を撃退してから数十分後、最低限の荷物をまとめたレンティス父子とヒイラギは、細心の注意を払いながら家を出た。
 
 月明りと家々の明かり、街灯などの光を頼りに、国外への門を目指す。
 時間帯が時間帯なだけに、家々の明かりは頼りなく、外を歩く人の姿もなかった。
 そうした状況と各々の緊張が混ぜ合わさり、恐ろしいほど静かな夜になっていた。

「……なるべく大通りを行きます。裏通りや細い道を行くよりも、私やフォグが戦いやすいですから」

 フォグの足が止まった。
 つられてレンティスとヒイラギも止まる。
 
 ヒイラギは、フォグに目線を合わせるが、兜を被っているため表情は見えない。
 見えないが、まっすぐにヒイラギを見つめていることは確かに伝わってきた。

「それって、ぼくも戦力に数えてくれているってことですか?」
「……そうだよ、フォグ。君自身やレンティスさんの命を守るために、力を貸してくれる?」
「!!」

 遠くから少しだけ喧噪が聞こえてくる。
 その小さな騒音に押し込められてか、フォグのいつもの元気がしまわれた。

「ぼく。いつかはヒイラギさんのようになりたいと思っていたんです。大勢の命を救って、どんな相手からも人々を守れる、そんな存在に」

 ずれてきた兜と荷物をゆっくりと直す。

「それで、そんな立派な存在になって、そして、ヒイラギさんの隣で一緒に戦う……。それが夢でした」

 胸を抱えるように少し丸くなる。

「こんなに早く叶うなんて……!」

 そこでハッと我に返ると、頭を大きく横に振った。
 兜がまたずれて前が見にくかったが、フォグはそれにすら気付くことができなかった。

「すみません! こんなところで立ち止まってしまって! そんなことしている場合ではないですよね」

 行きましょう! と小走りし始めたフォグ。
 
 その小さな騎士の上から、黒い物体が降ってきた。
 
「フォグ!」
「はい!」

 振り返ったフォグのすぐ近く。
 その何かは落下した。

「え、何の音?」

 フォグがそれを確かめる。
 認識するよりも早く、ギラリと光るものがフォグへと迫る。
 月明りを反射する鋭い刃は、空を切る音すら鳴らない。
 先ほどまで聞こえてきた喧噪も再び消え去った。

 一瞬訪れた静寂。
 地面に倒れていくフォグ。
 
 ――そして、フォグが立っていた位置にはヒイラギの姿があった。

 その腹部には、短剣が根元まで突き刺さっていた。
 
 その傷が赤く染まる前に、既に鞘から抜いていた白銀の剣を下方向へと振りぬく。

 上半身だけを起き上がらせて短剣を刺していた人影は、肩口を切られ、その短剣を離して倒れる。
 ヒイラギは返し刀の要領で、白銀の剣の柄頭をひるんだ人影の顎へと叩き込む。

 人影がぐったりとすると、ヒイラギは片膝をついた。
 刺さった短剣の周りがじんわりと赤くなり、少しではあるが、短剣の持ち手の部分からぽたぽたと血が滴っていた。

「ヒ、ヒイラギさん……」
「フォグ……。絶対にレンティスさんと僕のそばを離れないように……。すぐに進み始めるよ……」

 だんだんと荒れてきた息を一瞬止めると、歯を食いしばって立ち上がる。
 その口元からツーっと赤い液体が垂れる。

「では、行きましょう。思っている以上にまずい状況かもしれません……」
「ああそうだ。必ずこの国を出て、報告しなければならない」

 ふらついたヒイラギを、横から出てきた男が支えた。

「すまなかった。意識を残したままの敵をそちらに飛ばしてしまった」

 ヒイラギを支えたまま謝罪し、装飾の少ないこん棒を巧みに操って、近くに倒れているフォグを起き上がらせる。
 
「スリークさん……」
「何も話すな。今は身体を動かさないことに集中しろ」

 起き上がってもまだ呆然としているフォグに、スリークはヒイラギを預ける。

「君もすまなかった。あとで二人からどのような罰も受けよう。そのためにもここを出る。協力してほしい」
「あ、え、は、はい」

 何も飲み込めていないフォグだったが、スリークの指示にうなずく。
 
「まずはこの包囲を突破する。わたしは守る戦いはあまり得意ではない。二人を任せた」
「包囲……?」

 ヒイラギに肩を貸した状態で、どうにか周りを見回す。
 見える範囲だけで五人。レンティス父子の家に侵入してきた者たちと似たような格好の者たちがいた。

「突破方向は目の前。門まで最短経路で進む」

 言い残すと、こん棒の持ち方を棒術のものに変え、敵に向かい進んでいった。
 色々と取り残されているフォグに、ヒイラギが優しく声をかける。

「フォグ……。進もう……。スリークさんなら、必ず道を開いてくれる……」

 フォグの顔の近くで、絶えず浅い呼吸をしながらヒイラギは促す。
 月明りに照らされたヒイラギの顔色は、いつもより青白く見えた。

「ヒイラギさん。ぼく、あの、どうしたら……」
「す、進むしかない。フォグ。ヒイラギさんがそうおっしゃっているんだ」

 フォグが支えているところとは反対側のヒイラギの肩を、レンティスが支えに入った。

「父さんは、こういう状況についてはフォグよりも苦手だと思う。ヒイラギさんが負傷されて、自分の血の気が引いているくらいだよ」

 力なく、それでいて引きつった表情のレンティスは、「だからこそ」と少し力を込めていった。

「だからこそ、ヒイラギさんがおっしゃったことを成し遂げるんだ。色々と思うこと、悔いること、たくさんあるだろう。け、けれども、今は進むんだ……!」

 息子を励ますための言葉か、自身を奮い立たせる言葉か。あるいはその両方か。
 震え声の父の言葉は、フォグの背中を確かに押した。

「全部、全部あとで……! あとで必ず全てすっきりさせるよ!」

 ふらふらと前に進み始めた。
 目的地はもう敵を地に伏せているスリークのところだ。
 そのスリークを止めようと、左右から新手が次々と襲い掛かっている。
 
 足がすくみそうになるが、もう止まらない。
 何があろうとも進み続ける。
 例え、包囲を狭めてきた敵が、背後から襲い掛かってきたとしても――

「大丈夫……。そのまま、進んで」
「うおおおおおお! ナーラン・フライ・キーック!!」

 ドドドドドドドドドッ、ドン!
 けたたましい音と共に、敵が吹っ飛んでいく様がフォグの視界の端に映った。
 
「アクロ君! と、アクロ君を支えている方々! 無事……じゃなさそうだけど、生きていてよかった……ぜ!」

 そう言っている間に、二人からヒイラギを受け取り、刺さっている短剣が当たらないようにしながら、肩に担いだ。

「ははは……。なんだか、いつかの森林鬼ごっこを思い出しますね」
「あの時は本当にごめんねえ! 今回もちゃんと治療できるところまで運ぶから、それで許して!」

 あまりにも短時間に展開が起こりすぎて、フォグがぐるぐると目を回し始めた。
 それと同時に、謎の安心感がフォグの心に湧き出てきた。
 ヒイラギが護衛をしてくれているときの芯の通った希望がある安心感とは違う、何とかなるんじゃないかという謎の自信が出てくるタイプの安心感だった。

「”健脚”。君に運搬依頼だ。今君が担いでいる人間と、事態に振り回されているそこの二名を、シーナリーム王国まで運んでほしい」
「その依頼、確かに受けたぜ! ”参近操術”スリーク・ドライ。逆に俺からも依頼だぜ。……ここの全員、ぶっ倒せ!」
「承知した。必ず達成しよう」

 門までの道――その道は既に整備済みだ――に背を向けて、ナーランたちとすれ違う。
 そして、狭めた包囲を再び広げた敵と相対した。
 
 ナーランは左肩にヒイラギ、右肩にフォグ、背中にレンティスを乗せ、スタディングスタートの構えを取ると、一気に加速した。

「行くぜ! シーナリーム王国まで運搬だぜー!」
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