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第二章
第五十八話 国王から息子へ
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「父上。ご壮健そうで何よりです。」
「うむ……。そなたはよりたくましく、立派になったようだな」
玉座の間にて、親子の久しぶりの再会が演じられている。
外は上を下への大騒ぎだが、この場所は穏やかな陽光が差し込んでおり、ゆっくりとした時間が流れている。
その時間に揺蕩うように、深々と玉座に腰かけるシーナリーム王国国王。
その肌は色白くも、荘厳さを欠いているわけではない。
対して、色濃く焼けた肌にギラギラとした雰囲気を纏い、片膝をついているのはシーナリーム・ギル王子だ。
「……して、此度の帰還は国難を救うため、と聞いているが」
「はい、父上。無礼にも今までの関係を断ち切り牙をむいてきた奴らに、我が国の精強さを思い知らせてやりましょう」
息子の言葉に、国王はわずかに首をかしげる。
「無論、そのつもりだ。……しかし、そういうそなたは、他国の軍勢を率いてきたそうではないか」
訝しむ気持ちを隠すことなく、態度と口調に表す。
ギル王子は、そんな国王を射通すようにまっすぐ捉える。
「彼らは、新しく我が国と友好を結びたいと願い出た、最大級の港を保有するアルトマール王国の兵士たちです。友好の証に、と、私に1軍を指揮する権限をくださいました」
片膝をついたままの姿勢を微塵も崩すことなく、やや語気を強めつつその軍の強さを語る。
「彼の国は、巨大生物の跋扈する砂漠や、瞬きをする間に表情を一変させる海に囲まれています。それらから自国を守り続けている彼らは、非常に屈強な者ばかりです」
ギル王子は今回の戦場となる平原がある方向を見やり、またすぐに、その精悍な顔を国王へと戻す。
「此度の戦は我が国の騎士団が圧勝することは疑いようもありません。そこに私がアルトマール王国の兵士たちを率いて援軍にかけつければ、グルーマス王国や周辺諸国に、我が国とアルトマール王国の親密な関係を示しながら、グルーマス王国を完膚なきまでに叩き潰すことができます」
「それがそなたの考えか。確かに、そうなるであろう」
納得したような言葉とは裏腹に、怪しんでいる素振りは変わらない。
「だが、こうも考えられよう。我が軍とグルーマスの両軍が消耗したところへそなたが現れ、両軍を蹂躙。双方の力を削いだうえで、アルトマール王国が両国とも滅ぼす、とな」
当代のシーナリーム王国国王、シーナリーム3世は、民を想う名君ではない。
しかしながら、シーナリーム3世の代にはいまだ1度も内乱が起こっていない。
なぜか。それは単純に、この王が我が身を守ることに関してずば抜けて優れているからであった。
そんな国王の保身に対する第六感のようなものが、今回の息子の帰還に警鐘を鳴らしていた。
「そなたは、傭兵と同じ場所で我が国を守れ。そなたの言う通り、此度の戦は我が騎士団の圧勝に終わるが故、活躍の場はないがな」
自分自身からは遠ざけつつも、監視ができる位置への配置。
保身の王はそのような判断を下した。
「……父上のご決定とあれば、喜んで我が国を守りましょう。それでは」
片膝をついたまま頭を下げると、立ち上がりながら国王へ背を向ける。
深紅のマントが翻った。
そうして玉座の間を退出したギル王子は、慌ただしく走り回る王城の者たちを割るように外へ向かう。
「――やや遠いが、問題あるまい」
ギル王子の独り言は、騒がしさの中に消えていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「こいつら何者なんだ。この国の王子とか大声で言っていたやつが引っ張ってきたみてえだが、敵じゃねえのか?」
「とりあえず、オルドウスさんがすげえ礼儀正しく話してたし、あの王子ってのがお偉いさんってのはちげえねえな」
柵の内側で整然と待機している異国の団体をしり目に、傭兵たちは手際よく作業を進めていく。
「あー、すまんお前ら。そこに今からヤグラを建てることになったからよ。ちょっと別の場所に移動してくれねえか?」
傭兵のひとりが、ぶっきらぼうな言い方で異国の団体に声をかけた。
「それは無理な相談だ。我々はここでの待機を命じられている。勝手に動くことはできない」
「ちょっとくらい移動してくれたっていいだろ? 少しも動けねえってのか?」
「ああ。そういう命令だ」
まったく動く気がない様子に、傭兵は焦りといら立ちを募らせていく。
「こちとらここが戦場になるかもしれねえってんで急いでんだよ。無理にでもどいてもらうぜ。おい! こいつらどかすの手伝ってくれ!」
傭兵が呼びかけると、周りにいた数人が集まってきた。
「何人か痛い目に合ってもらえば、命令なんかどうでもよくなるだろ」
「命令は絶対だ。それをないがしろにすることは決してない」
「はっ。どうだかなあ!」
傭兵が拳を振り上げる。
応対していた異国の兵士は、何も動かない。
「よおよお。なんかおもろっちなことになってんねえ」
放たれた拳の経路に、横から別の兵士が急に割り込んできた。
そしてそのまま顔面に一撃。固く握られた拳がめり込んだ。
「なんだこいつ。自分から殴られに来やがった」
拳を引き戻した傭兵が、気味悪がる。
「なあなあ、堅物よお。これって確実にこいつっちが襲ってきたよなあ」
「間違いない」
「待機命令を守るためには、こいつらを切ってもいいよなあ」
「命令遂行のために必要と考える」
「へッ! そうとくれば……!」
「……は?」
宙を舞っているのが自身の両腕だと傭兵が気づいたのは、想像を絶する痛みがやってきてからだった。
「う、うわああああああああああああ!!!!」
「てめえ!なにしやがる!」
他の傭兵たちがそれぞれの武器を抜く。
「よしよし、エボニー・ミリタント隊! ようやく戦えるっちって感じだぜえ!」
ぞろぞろと、剣を手にした兵士たちが並び立つ。
「殺しあおうぜえ!!!」
――命が散る音がした。
「うむ……。そなたはよりたくましく、立派になったようだな」
玉座の間にて、親子の久しぶりの再会が演じられている。
外は上を下への大騒ぎだが、この場所は穏やかな陽光が差し込んでおり、ゆっくりとした時間が流れている。
その時間に揺蕩うように、深々と玉座に腰かけるシーナリーム王国国王。
その肌は色白くも、荘厳さを欠いているわけではない。
対して、色濃く焼けた肌にギラギラとした雰囲気を纏い、片膝をついているのはシーナリーム・ギル王子だ。
「……して、此度の帰還は国難を救うため、と聞いているが」
「はい、父上。無礼にも今までの関係を断ち切り牙をむいてきた奴らに、我が国の精強さを思い知らせてやりましょう」
息子の言葉に、国王はわずかに首をかしげる。
「無論、そのつもりだ。……しかし、そういうそなたは、他国の軍勢を率いてきたそうではないか」
訝しむ気持ちを隠すことなく、態度と口調に表す。
ギル王子は、そんな国王を射通すようにまっすぐ捉える。
「彼らは、新しく我が国と友好を結びたいと願い出た、最大級の港を保有するアルトマール王国の兵士たちです。友好の証に、と、私に1軍を指揮する権限をくださいました」
片膝をついたままの姿勢を微塵も崩すことなく、やや語気を強めつつその軍の強さを語る。
「彼の国は、巨大生物の跋扈する砂漠や、瞬きをする間に表情を一変させる海に囲まれています。それらから自国を守り続けている彼らは、非常に屈強な者ばかりです」
ギル王子は今回の戦場となる平原がある方向を見やり、またすぐに、その精悍な顔を国王へと戻す。
「此度の戦は我が国の騎士団が圧勝することは疑いようもありません。そこに私がアルトマール王国の兵士たちを率いて援軍にかけつければ、グルーマス王国や周辺諸国に、我が国とアルトマール王国の親密な関係を示しながら、グルーマス王国を完膚なきまでに叩き潰すことができます」
「それがそなたの考えか。確かに、そうなるであろう」
納得したような言葉とは裏腹に、怪しんでいる素振りは変わらない。
「だが、こうも考えられよう。我が軍とグルーマスの両軍が消耗したところへそなたが現れ、両軍を蹂躙。双方の力を削いだうえで、アルトマール王国が両国とも滅ぼす、とな」
当代のシーナリーム王国国王、シーナリーム3世は、民を想う名君ではない。
しかしながら、シーナリーム3世の代にはいまだ1度も内乱が起こっていない。
なぜか。それは単純に、この王が我が身を守ることに関してずば抜けて優れているからであった。
そんな国王の保身に対する第六感のようなものが、今回の息子の帰還に警鐘を鳴らしていた。
「そなたは、傭兵と同じ場所で我が国を守れ。そなたの言う通り、此度の戦は我が騎士団の圧勝に終わるが故、活躍の場はないがな」
自分自身からは遠ざけつつも、監視ができる位置への配置。
保身の王はそのような判断を下した。
「……父上のご決定とあれば、喜んで我が国を守りましょう。それでは」
片膝をついたまま頭を下げると、立ち上がりながら国王へ背を向ける。
深紅のマントが翻った。
そうして玉座の間を退出したギル王子は、慌ただしく走り回る王城の者たちを割るように外へ向かう。
「――やや遠いが、問題あるまい」
ギル王子の独り言は、騒がしさの中に消えていった。
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「こいつら何者なんだ。この国の王子とか大声で言っていたやつが引っ張ってきたみてえだが、敵じゃねえのか?」
「とりあえず、オルドウスさんがすげえ礼儀正しく話してたし、あの王子ってのがお偉いさんってのはちげえねえな」
柵の内側で整然と待機している異国の団体をしり目に、傭兵たちは手際よく作業を進めていく。
「あー、すまんお前ら。そこに今からヤグラを建てることになったからよ。ちょっと別の場所に移動してくれねえか?」
傭兵のひとりが、ぶっきらぼうな言い方で異国の団体に声をかけた。
「それは無理な相談だ。我々はここでの待機を命じられている。勝手に動くことはできない」
「ちょっとくらい移動してくれたっていいだろ? 少しも動けねえってのか?」
「ああ。そういう命令だ」
まったく動く気がない様子に、傭兵は焦りといら立ちを募らせていく。
「こちとらここが戦場になるかもしれねえってんで急いでんだよ。無理にでもどいてもらうぜ。おい! こいつらどかすの手伝ってくれ!」
傭兵が呼びかけると、周りにいた数人が集まってきた。
「何人か痛い目に合ってもらえば、命令なんかどうでもよくなるだろ」
「命令は絶対だ。それをないがしろにすることは決してない」
「はっ。どうだかなあ!」
傭兵が拳を振り上げる。
応対していた異国の兵士は、何も動かない。
「よおよお。なんかおもろっちなことになってんねえ」
放たれた拳の経路に、横から別の兵士が急に割り込んできた。
そしてそのまま顔面に一撃。固く握られた拳がめり込んだ。
「なんだこいつ。自分から殴られに来やがった」
拳を引き戻した傭兵が、気味悪がる。
「なあなあ、堅物よお。これって確実にこいつっちが襲ってきたよなあ」
「間違いない」
「待機命令を守るためには、こいつらを切ってもいいよなあ」
「命令遂行のために必要と考える」
「へッ! そうとくれば……!」
「……は?」
宙を舞っているのが自身の両腕だと傭兵が気づいたのは、想像を絶する痛みがやってきてからだった。
「う、うわああああああああああああ!!!!」
「てめえ!なにしやがる!」
他の傭兵たちがそれぞれの武器を抜く。
「よしよし、エボニー・ミリタント隊! ようやく戦えるっちって感じだぜえ!」
ぞろぞろと、剣を手にした兵士たちが並び立つ。
「殺しあおうぜえ!!!」
――命が散る音がした。
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