ズボラ上司の甘い罠

松丹子

文字の大きさ
33 / 77

32

しおりを挟む
 朝。春菜はスマホの着信音で目を覚ました。
 ぼんやりと寝ぼけたまま、スマホを耳に当てる。ふぁい、と曖昧な挨拶をすると、
『おはよう』
 ひどくクリアに耳に届いた声に、一瞬で顔が湯立った。
「おおおおおはようございます!!」
 叫びながらがばりと起き上がる。
(忘れてたー!!)
 昨日の朝、毎日早起きしようと決意したばかりだというのに。昨夜の寝坊してもいいというメッセージはそういう意味だったかと気づくとともに、自分の情けなさに泣きそうになる。
 電話の向こうで、小野田の柔らかい笑い声がした。その耳障りの良さについつい、流されてもいいんじゃないか、という気になる。が、それではいけないと、迷いを振り払うように首を振った。
「あのっ、課長」
『うん、なぁに?』
 決意した呼びかけに答えた小野田の声はひどく嬉しげで、いつも以上に優しさがこもっていた。その声音に、春菜は次の言葉を飲み込む。
「……ありがとうございました起きられたので失礼しますまた職場で」
 ぷつっ。
 一気に言って電話を切り、がっくりとうなだれた。
(駄目だ……やっぱり起きぬけにあの声を聞くのは駄目だ)
 耳元で聞こえたおはようの一言がーーその一言を聞いたときに感じた温もりが、じわりと耳に残っている。
「だあぁああ」
 ばふん、と春菜はベッドにダイブし、枕に顔を埋めた。
(やめよう。もうやめよう。やめてくださいって言おう。ちゃんと言わなきゃ駄目だ)
 枕に顔を埋めたまま、自分に言い聞かせるように思う。
(元々私が考えなしだったのがいけないんだ。残業が終わった直後で変にハイテンションだったからって、ちゃんと考えないといけなかった。上司のモーニングコールなんて変ですよ、って笑ったらそれで終わりだったのに)
 ーーおはよう。
 ーーうん、なぁに?
 たったそれだけの言葉が、声が、何度も春菜の耳元に響く。何度も。何度も。
 それを振り払うように、春菜はイメージした。出勤後、小野田と対峙する自分を。そして、モーニングコールは要らないと告げる自分を。
(そうだ、昨日の飲み会で、同期の女の子がしてくれることになりました、って言うのはどうだろう。誰って聞かれたら花梨ちゃんだって答えよう。きっと花梨ちゃんなら笑って許してくれる。ううん、むしろ本当にしてくれるかもしれない。仕方ないなぁ、春ちゃん、って笑ってくれるだろう。そうだそうしよう。それなら課長だってそれ以上は何も言わないだろう……)
 その意識がブラックアウトしたことに気づいたのは、始業時間を過ぎて一時間後、三原からの電話を受けたときだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】ガラスの靴は幸せを運ぶ〜探しにきた王子様はオジ様公爵〜

くまい
恋愛
義母と義妹に虐げられる日々を送るシーラには好きな絵本があった。 それは亡くなった母が毎夜読み聞かせてくれたガラスの靴と魔法のドレスを身につけた少女が王子様と出会うお話。 だけどシーラにはガラスの靴も魔法のドレスもないから王子様に出会うことはなかった。 そんなある日、義妹の代わりに参加したパーティで出会った男性に突然プロポーズされることに。 これは少女が自分を見つけてくれた王子様と幸せな未来を歩んでいくお話。

期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

松丹子
恋愛
女子らしい容姿とざっくばらんな性格。そのギャップのおかげで、異性から毎回期待外れと言われる吉田さんと、何を考えているのか分からない同期の前田くんのお話。 *** 「吉田さん、独り言うるさい」 「ああ!?なんだって、前田の癖に!前田の癖に!!」 「いや、前田の癖にとか訳わかんないから。俺は俺だし」 「知っとるわそんなん!異議とか生意気!前田の癖にっ!!」 「……」 「うあ!ため息つくとか!何なの!何なの前田!何様俺様前田様かよ!!」 *** ヒロインの独白がうるさめです。比較的コミカル&ライトなノリです。 関連作品(主役) 『神崎くんは残念なイケメン』(香子) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(マサト) *前著を読んでいなくても問題ありませんが、こちらの方が後日談になるため、前著のネタバレを含みます。また、関連作品をご覧になっていない場合、ややキャラクターが多く感じられるかもしれませんがご了承ください。

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

それぞれの愛のカタチ

ひとみん
恋愛
妹はいつも人のものを欲しがった。 姉が持つものは、何が何でも欲しかった。 姉からまんまと奪ったと思っていた、その人は・・・ 大切なものを守るために策を巡らせる姉と、簡単な罠に自ら嵌っていくバカな妹のお話。

ソツのない彼氏とスキのない彼女

吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。 どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。 だけど…何故か気になってしまう。 気がつくと、彼女の姿を目で追っている。 *** 社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。 爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。 そして、華やかな噂。 あまり得意なタイプではない。 どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。

解けない魔法を このキスで

葉月 まい
恋愛
『さめない夢が叶う場所』 そこで出逢った二人は、 お互いを認識しないまま 同じ場所で再会する。 『自分の作ったドレスで女の子達をプリンセスに』 その想いでドレスを作る『ソルシエール』(魔法使い) そんな彼女に、彼がかける魔法とは? ═•-⊰❉⊱•登場人物 •⊰❉⊱•-═ 白石 美蘭 Miran Shiraishi(27歳)…ドレスブランド『ソルシエール』代表 新海 高良 Takara Shinkai(32歳)…リゾートホテル運営会社『新海ホテル&リゾート』 副社長

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

【完結】恋人代行サービス

山田森湖
恋愛
就職に失敗した彼女が選んだのは、“恋人を演じる”仕事。 元恋人への当てつけで雇われた彼との二ヶ月の契約が、やがて本物の恋に変わっていく――。

処理中です...