ズボラ上司の甘い罠

48

　花梨の妹オススメの映画は、半年前に話題になったラブストーリーだった。四組のカップルが織り成す恋愛模様で、切ない話かと思っていたがコミカルな部分もあり、花梨と二人、あの彼氏はどうだの、こういう会話憧れるだの、きゃっきゃと盛り上がった。
「はー、楽しかった。やっぱりいいよねぇ、女子同士だと共感し合えて」
「そうだね」
　いくら仲がいいとはいえ、夏樹とそういう映画を見る気にはならない。そもそも見てくれるかという問題もあるが、見たら見たで「ありえない」「これイケメンだから許されるよな」「こんな恥ずかしい台詞、演技とはいえ言える役者さんってすごい」などなど、批判なのか何なのかわからない、興ざめする突っ込みの嵐になることがたやすく想像できる。
「花梨ちゃんのタイプって、どんな人なの？」
　五歳以上年上、という宣言以外、そういえば聞いたことがないと思い当たり、春菜は聞いた。花梨はうーんと首を傾げる。
「甘やかしてくれる人かなぁ。包容力のある人。失敗したりしても、仕方ないなーってぽんぽん、みたいな？」
　花梨は言いながら春菜の頭をぽんぽんと叩く。春菜は笑った。
「きゃー、いい、それ」
「でしょー」
　二人で笑い合ってから、ふと気づく。包容力のある人。仕方ないなと頭を撫でてくれる人。思い当たる姿に思わず赤面する。
「あ、今思い出したんでしょ」
「……話したくなければ話さなくていいんでしょ」
「うん、いいよ」
　花梨はくすくすと笑った。
「今日は私の話しよっかなー」
「わー、いいねいいね。聞かせて」
「重いよ？覚悟はある？」
　花梨が春菜の顔を覗き込む。一瞬怯んだ春菜だったが、決意を以てこくりと頷いた。
　その顔を見て花梨が破顔する。
「その顔。かわいいなぁ、春ちゃんは」
　花梨は嬉しそうに春菜の頭を撫でた。春菜は形だけ唇を尖らせた。
「どうせ小動物だもん。いつでも花梨ちゃんちのペットになるよ」
「えー、それ小野田さんから恨まれちゃうからやめとくー」
　花梨は笑って立ち上がった。
「お茶入れ直そう、あったかいの飲みながら話したい。でももう夕方だね。夕飯どうしよっか？何か買ってくる？親子丼とかならすぐできるよ」
「花梨ちゃんの女子力ー！やっぱり今日からペットになるー！」
「はいはい」
　花梨はお湯を沸かしながら笑った。
「私の話、あんまり楽しくないよ。イガちゃんのトラウマになってるみたいだし」
「そういえばそんな感じのこと言ってたね。何で？」
「不倫なの。だった、って言うべきかな。……しかも、高校のときの先生」
　予期せぬ言葉に、春菜は動きを止めた。花梨はお茶を入れる準備をしながら、春菜を見て笑う。
「ね、聞くだに楽しくなさそうでしょ。やめとく？」
　花梨の表情はあくまでいつもと変わらない。が、あえて話し始めたということは、何か話したいことがあるんじゃないかという気がして、春菜は首を横に振った。
「やめない。聞く」
　花梨はふわりと笑った。その表情に、いつもと違う気弱な少女の面影を見て、春菜は気づく。
（もしかしたら、花梨ちゃんはいつも強いふりをしてるだけなのかもしれない）
　これだけ一緒にいて、今までそれに気付かなかった自分に呆れる。
（課長だけじゃない。私は甘えすぎだったのかもしれない。夏樹にも、花梨ちゃんにも……）
　いつも自分の側にいて、変わらない笑顔をくれる人たち。色んな感情や表情があって当然なのに、それでもいつも笑っていることがどれだけ難しいことなのか、春菜にも分かっているつもりだが、当たり前になりすぎて、気づけなくなっていた。
「花梨ちゃん」
　呼ばれて、先を促すように目を向けた花梨に、大好きだよ、と言いかけて、春菜は黙った。それではきっといつものノリと変わらない。
「いつも、話聞いてくれてありがとう。私も、花梨ちゃんの話、聞きたい」
　選んだ言葉はシンプルだったが、一番自分の気持ちが伝わるように思えた。
　花梨は笑った。
「ありがとう。じゃ、洗いざらい話しちゃおうかなぁ～」
　花梨はおどけて見せながら、煎れた紅茶を春菜に渡した。
「うん。何聞いても驚かない」
　頷いた春菜に、花梨は苦笑を返した。
「驚いてもいいけど、ーー引かないで」
　表情に寂しげな影を見て取って、春菜は焦る。
「引かないよ。花梨ちゃんは花梨ちゃんだもん」
　花梨はありがとうと微笑んだ。