艶色談話

松田丹子(まつだにこ)

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第一夜 課長とAV談義で盛り上がった結果。

03

「くっ、そーー」

 課長がすっっごく悔しげに毒づく。
 放心状態で息を整えていた私は、その艶のある目に睨まれてまたきゅんと疼いた。

「……反則です」
「は……な、何がでしょう」
「あのタイミングで呼び方を変えるのは、反則だと思います」

 きまじめな語調で言うのは、気恥ずかしさを紛らわすためだろう。作ったような渋面にそう見て取って、笑いそうになる。

「それ、よかったってことですよね?」

 自然と上目遣いで言うと、ぺちん、と額をたたかれた。

「君、まだイッてないでしょう」

 課長は言って、据わった目で私を見た。
 何となく嫌な予感がして、引け腰になる。

「い、いや、あの、イキマシタ」
「嘘つく子にはお仕置きかなぁ」
「あ、えと、イッてません……」
「じゃあ、気持ち良くしてあげなきゃね」

 にこり、と課長は笑った。柔らかい髪がひと房、額にかかる。
 それを片手でかき上げると、私のことを見つめた。

「美奈子」

 また優しく名前を呼んで、私の頬に口づける。

「口でされるのは?」
「え?」
「好き? 嫌い?」

 何だかひどく紳士的な口調で卑猥なことを聞かれて、とてつもなく混乱する。

「ええと……その」
「ま、反応見れば分かるか」

 一人合点した課長は、言うや私の内股に顔を埋めた。私は慌てる。

「いや、ちょ! 待って! 待ってくだーーぁああん!」

 不意打ち的に蕾を吸われて、ひときわ大きな声があがった。
 私は慌てて口を手で押さえる。課長がにっこりと笑った。

「好きみたいだね」

 いや! 違! 今のはとっさに反応しただけで!
 反論しようとして開いた口から漏れたのは、また始まった課長の愛撫に感じる嬌声だけだった。


 * * *


 カーテン越しにさし込む強い日差し。
 夏の日差しは、朝とはいえ強烈だ。ーーと、カーテンの隙間から細く見えるそれに目を細める。
 隣にはすやすやと眠るいい男。
 身動き一つ取れない身体は昨夜の疲れのせいだけじゃない。

「……かちょぉ……起きてください……」

 しばらくじっとしていたけれど、そろそろトイレにでも行きたくなってきた私は、つんつんとその頬を突いてみた。
 ぅーん、と眉を寄せた課長が、ますます私を強く抱きしめる。
 足を絡められ腕で包まれて、まあ朝チュンのシーンとしては理想的ではあるけれどもね、でもほら、私たちは別に、お互いに気持ちを確認し合った仲ではないわけで。
 昨夜限りのお付き合い、と割り切りたかった私には、朝まで甘さが持続していると、切替時を逃したような感覚に陥る。

 課長は三十そこそこなのに、綺麗な肌をしている。あんまり日に焼けないたちなのかもしれない。男性にしては色白と言えた。
 閉じた目に黒いまつげがつやつやしている。
 綺麗な顔。
 思わずその鼻筋に唇を寄せたとき、課長が動いて私の唇に吸い付いた。

「んー」

 満ち足りた声音で私にキスをし、離れるや微笑む。

「おはよ」

 起きぬけの少しかすれた声。
 ずぶずぶになった名残の下腹部が甘く痺れる。

「おはよう、ございます」

 答える声はやたらと小さく、少女じみて聞こえた。
 こら、照れるな。大人の女らしくするんだ、美奈子。やればできる。
 思うのに、ふふ、と嬉しげに笑う課長を前にすると、つい頬を染めて目をそらしてしまう。
 どこのウブな女子じゃい! さんざん昨夜、AVについて語ってたくせに!
 ああ、そういえばりのちゃんのDVD、途中までしか見てない。惜しいことをした。まだ展開の予測できない第一回目にいかに楽しむかが大事なのに。
 そんなことを考えて口惜しい思いを噛み締めていたら、課長がくすくす笑いながら私の頬を撫でた。

「何考えてるの?」

 囁くような声音に腰が抜けそうだ。
 その声やめてください、と言いそうになって、それじゃ課長にしゃべるなって言ってるのと同じだと気づいて飲み込んだ。

「りのちゃんのこと考えてました」
「はぁ?」

 課長は間の抜けた声を出したかと思うと、笑いはじめた。
 笑いに笑って、少し目尻に涙すらにじんでいる。
 こんなに笑う課長、始めて見た。

「ほんとに好きなの、AV」
「まあ……だって、課長も言ってたじゃないですか」
「なんて?」
「AVの方が勝算が高いって」

 課長は昨夜の自分の言葉を思い出したらしい。そんなことも言ったな、と笑った。

「昨夜はどうだった?」

 笑った目のまま、課長は私の顔を覗き込む。

「どう……とは?」
「勝敗は」

 言いながら私の頬を撫で、指先に私の髪をすくって、口づける。
 タオルケットから覗く裸の上腕からのラインに、思わず見惚れた。

「……ノーコメント」
「あははは」

 課長は笑って、私の頭を撫でる。
 あ、甘い。甘すぎる。
 勘違いどころじゃない、どっぷりはまって抜け出せなくなりそうだ。

「なら、提案」

 課長はいたずらっぽい目をして私を見た。私は目をそらしたい衝動に駆られながら、どうにかその目を見返す。

「AV見たくなったら、俺を使うっていうの、どう?」

 そ……それは……
 私は思わずおそれおののいた。
 せ、セフレ、ってやつですか……!!
 さすが! さすがです今井課長!
 そんな大人な関係をさらりと提案できちゃう余裕に、会社では硬派な彼の色男っぷりを感じて心中拍手喝采する。
 ーーが、相手がこのチンチクリンな私というのはいかがなものか。

「使うなんてそんな滅相もない」

 言いながら、じわじわと身体を引きはがそうとする。密着した身体から、私の動悸が伝わりそうで怖かった。

「だ、大丈夫です。間に合ってます」
「AVで?」

 にやにやしながら課長は言った。AVAV言うな! 恥ずかしいだろ!
 私が恨みがましい視線を送ると、今井課長はまた笑った。
 こっそり離れようとしていたことに気づいていたのだろう、私をあっさりと引き寄せて腕に抱きしめる。

「気持ち良かったでしょ?」

 そ、そりゃあ、もう……。
 思い出して私の中がじわりと潤う。

「……俺も気持ち良かった」

 言う彼の爽やかな微笑みとは裏腹に、私の腰には硬い何かが当たっている。

「……かちょ」
「ぶぶー」

 長い指先が、彼を呼ぼうとした私の唇を塞いだ。

「なんて呼ぶんだったっけ?」
「……よ、義之さん……」
「正解」

 言うと、課長は私の唇に軽くキスをした。
 甘い目で私を見て、嬉しそうに言う。

「ご褒美をあげようね」
「へ……」

 ぐり、と私の股にそれが押し付けられる。
 ひぇ、と思わず声がもれた。

「ちょ、ま、待って。私トイレに」
「まあまあ」
「こ、ここで出ちゃったらどうすんですか、トイレ行かせてくださいよ!」
「じゃあ、トイレ行ったら、してくれる?」

 こてん、と首を傾げたイケメンは、切なげな目で私を見る。
 これに否と言える女性がいるならぜひ師匠と仰ぎたい。


 そんなわけで、朝っぱらからまたいただかれてしまった私であった。
感想 1

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