艶色談話

松田丹子(まつだにこ)

文字の大きさ
13 / 24
第三夜 帰宅途中ひったくりに襲われた結果。

01

 もうあと数日で、二十代最後の誕生日。
 産休に入ってしまった後輩の代わりに休日出勤した私は、肩凝りを感じつつ家で一人缶ビールを開けた。

「はー。27で出産かー」

 羨ましいなぁと口にしかけた言葉は、自分のために飲み込んだ。
 口にしてしまえばさらに虚しくなるだけだ。
 ビールをすすっていると、ぴんぽーん、と人の来訪を知らせる音がした。玄関口に行くと、宅配業者だ。

「おつかれさまでーす」

 胸に抱えられる程度の大きさの荷物を受け取り、首を傾げる。
 発送者はネット業者のようだった。
 何も頼んだ記憶はないのだが、一体何だろう。
 でも、伝票はしっかり私の名前になっているので、間違いではなさそうだ。
 とりあえず箱を開けて中身を確認しーー

「……なにこれ」

 思わずひとり、赤面しつつ箱を閉じる。
 こんなものを送ってくるなんて、あいつしかいない。
 スマホを取り出し電話を鳴らすと、数コール後にはぁいと楽しげな声が出た。

「ちょっと! 何なのよあれ!」
『あ、届いたァ? 誕生日プレゼント。だぁって、どうせネットで頼むんだから、私が受け取ったら一手間でしょ。直接送った方がいいと思って』

 あっけらかんと言う女友達は河野多恵。その背後からざわめきを聞き取り、一瞬たじろぐ。

「……ごめん、外だった?」
『うん、オトコノコと食事中』

 ぐっ、と私は喉奥で呻く。
 その気配を聞き取って多恵は笑った。

『その反応じゃ、まだ干物女継続中ね。あれ、正解だったでしょ?』
「正解じゃない。要らない。返す」
『なーに言ってるの。アソコだって使わないと衰えて来ちゃうのよ』
「う、うるさいっ。そんなの男の前で話しててもいいの!?」
『別に悪いこと言ってないし。彼もこういう私を分かって誘ってくれてるんだし』

 二十代も後半に差し掛かった、その年齢は一緒のはずなのに、多恵と私の異性交遊はだいぶ違う。
 多恵はそんなに美人というほどでもない。誰にでもついていくわけでもない。のだが、どこか男をひきつける部分があるらしい。本人もそれを分かっていて、セルフメンテナンスには丁寧だから、まあ頷けるといえばそうなのだけど。

『あ、でもまだ使わないでね。大事なモノ送り忘れてたから』
「だからいいよ、あんた彼と使いなよ」
『私は代用品なくてもいいもん』

 またしても私は喉奥でぐっと唸る。

『ふふ。送り忘れたものは、来週飲むときに持っていくから。それまで使ったら駄目よ。衛生的に』
「衛生的……?」
『そ。じゃあね』

 一方的に切られて、私は深々と息を吐き出した。

(あんなの……どうしろってのよ……)

 家にあんなものが置いてあることも恥ずかしい。かといって彼女と飲むときに持っていく勇気はない。
 ぐぬぬ……そこまで計算のうちか。

(いずれ受け取りに来させよう……)

 私は箱をクローゼット奥深くにしまいこんだ。


 * * *


 多恵との約束はその週末だった。
 飲み屋の薄暗いダウンライトの明かりの下で多恵のグロスがつやりと光っている。
 多恵はその厚めの唇を引き上げて笑った。

「いやぁ、おめでとう29歳」
「……どうも」

 多恵は味気ない紙包みを私に差し出す。
 そこに薬局のシールを見て取って、私は眉を寄せた。

「……何よ、それ」
「だから、あれ使うのに必要なもの。開けてみて」
「開けない。返す。あれも今度受け取りに来てよ」
「あら、失礼な。人の好意は素直に受け取りなさい」

 私は無理矢理手元にそれを押し付けられ、多恵と紙袋入りの小さな箱を見比べた。

「ほぉらね。気になってるんでしょ。開けてご覧なさいよ」

 送られてきたものがそもそもアレなのだ。一緒に使えと言うからには、たかが知れているーー
 と思いながらも気になる私は、開けてみてすぐにしまい込んだ。

「オシャレ目な箱のやつ選んでみた」
「その前にプレゼントの内容を考え直すとか」
「そうかしら」

 多恵の目が弓なりに細められ、私の目を覗き込んでくる。

「小絵チャンのことをよーーーく分かったチョイスだと思うんだけどなぁ」
「う、うるさい……」
「もう29だけど、まだ29よ。楽しむなら今だと思わない?」

 私は黙ってビールを口に運ぼうとし、

「で、例の美声の整体師はどうなの」

 言われて、むせそうになった。
 げふげふと咳込む私を、多恵が楽しげに見ている。

「な、何にもないよっ、何にもーー」
「えー、そうなのぉ? 彼女いるか聞いた?」
「き、聞くわけないでしょぉ! ただのお客さんなんだから!」

 顔が真っ赤なのは自覚しつつ、多恵に噛み付くように言う。
 私は目の前の焼鳥に手を伸ばし、かじりついた。
 タレの甘辛い味が口に広がる。
 手がべたつくけど気にしない。

「声がいいとさぁ」

 私の言葉を聞きもせず、多恵がうっとりと呟く。

「最中もいいよねぇ。五感で浸れるっていうか」

 私は思わず耳をふさごうとして、手に焼鳥があることに気づき舌打ちする。
 多恵は軽やかな声をあげて笑った。

 * * *

「じゃあねぇ」
「え、そっち駅じゃないけど」
「うん。これからデート」
「はぁ!?」

 別れ際、多恵の言葉に私は思わず時計を見た。
 終電にはまだ多少間があるとはいえ、もう十一時近い。

「やーだぁ、終電とか考えてる? だって彼の家に泊まるもん、関係ないよぉ」

 私は思わず表情を歪めた。多恵がまたくつくつ笑う。

「そういううぶなとこ、かわいいけどね。そういう小絵を好きになってくれる人だといいなぁ、そのイケボ整体師さん」
「だからぁ! それは! もういいから!」

 泣きそうになりながら私は悲鳴のような声をあげると、多恵はまたくつくつと笑った。

 * * *

 整体に通い始めたのは、かれこれ三年ほど前だ。
 ちょうど仕事が忙しくなって、でも楽しくなって、つきあっていた彼氏ともフェードアウトするように別れて……そんなある日、私は首を寝違えた。
 泣く泣く仕事に行ったけど、比喩じゃなく首が回らないのを見た上司が苦笑して、専門家に見てもらうように言われた。
 通うなら自宅近くがいいと、家の最寄り駅で捜し当てた整体院にいたのが、高身長と美声の持ち主、安斎さんだった。
 それだけじゃない、彼は立ち居振る舞いもスマートで、爽やかな笑顔も持ち合わせている。
 ……まあ、客商売だから当然だけれど。

(つってもさぁあ)

 多恵との会話を思い出しながら、電車に揺られる。
 椅子は空いていたけど、乗っている時間は二十分に満たないので、ドア横に立っていた。

(絶対いるでしょ、彼女)

 安斎さんの左手に、指輪はない。
 ついでに、話している感じから、結婚はしてないと思う。
 でも、私に確認できるのはそこまでだ。
 私は「街コン行ってみようかなー」とか「親から婚活しろって言われて」とか、馬鹿なぼやきをしているけど、安斎さんはそれを苦笑しながら聞いているだけ。
 彼に彼女や想い人がいるのかは、私には分からない。
 いくら私に微笑んでくれても、それは私が顧客だからで。
 恋なんて、しちゃいけない。
 そう、自分に言い聞かせて。

 かれこれ三年、最低一ヶ月に一回、多くて毎週……通いつづけている。
感想 1

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった

くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。 血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。 夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。 「……涼介くん」 薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。 逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。 夜、来て。 その一言が——涼介の、全部を壊した。 甘くて、苦しくて、止まれない。 これは、ある夏の、秘密の話。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

お兄様「ねえ、イケナイ事をしよっか♡」

小野
恋愛
父が再婚して新しく出来たお兄様と『イケナイ事』をする義妹の話。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】