爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!

松田丹子(まつだにこ)

文字の大きさ
90 / 114
第十一章 織姫は彦星にどうしても抱かれたい(ヒメ視点)

09 嘘も方便

しおりを挟む
 お客さんのほとんどいないレストランで、外がよく見える窓際席に腰掛けた私たちは、ユウキ君のご家族が来るのを待っていた。
 卓上にあるソフトクリームのポップに、ユウキ君の目がちらちらと向いている。食べたいのだろうけど、さっきの会話があるから何も言えないのだろう。私は笑いをこらえていた。
 お店はレストランというよりも食堂に近い。カウンターで食べ物を買って、席で食べるのだ。
「ユウキ、一仕事頼んでいいか」
 光彦さんは不意にユウキ君に言った。
「このお姉さんがどうしても食べたいらしくてな。それ、買ってきてやってくれ」
 私とポップを顎で示しつつ言って、千円札を手渡す。
「残りはお駄賃だ。欲しければ自分の分も買ってこい」
 ユウキ君は目を輝かせて頷くと、立ち上がった。
 その小さな背中を見守りながら、私はクスクス笑う。
「素直じゃないなぁ」
「ユウキが?」
「ううん」
 私は笑った顔のまま、光彦さんに目を向ける。
「光彦さんが」
 光彦さんは照れて目をそらし、うるせぇ、と小さく言った。
 少しするとユウキ君が誇らしげな顔でソフトクリームを二つ持って帰ってきた。私は、大袈裟に喜んで見せる。
「うわぁ、ありがとう。おいしそう! 食べよう、ユウキ君」
「うん。お兄ちゃん、ありがとう」
 ユウキ君は笑って、残りのお金を差し出した。光彦さんは軽く頷いて受けとる。
 食べてみると、さすが牧場のアイスだった。濃厚な牛乳の味がして目を丸くする。
「ん、ほんと美味しい。光彦さんも一口」
「俺はいいよ」
「いいからほら!」
 私がスプーンにすくって差し出すと、渋々口にくわえた。
 そして目をまたたかせる。
「ほんとだ。美味い」
「でしょ~」
 まるで自分が褒められたかのように誇らしげに言って、ユウキ君と目を見合わせて笑った。光彦さんは「だったらきっと牛乳も美味いな。買ってこよう」と腰を上げた。

 光彦さんが牛乳を手に机に戻って来る頃、レストランのドアが開いてぱたぱたと家族連れが入ってきた。
「お母さん」
 ユウキ君が嬉しそうに立ち上がり、手にしたアイスと家族を見比べる。
「ユウキ」
 ほっとした顔で近づいてきた母親は、私より十くらい年上だろうか。
「もう、待ってなさいって言ったのに。いなくなってたからびっくりしたのよ」
 後ろから入って来た父親らしい人は、両手によちよち歩きの女の子と三歳くらいの女の子の手を引いていた。
「お兄ちゃんアイス食べてるー!」
 女の子が指差して目を輝かせ、父親を見上げた。
 苦笑した父親と光彦さんの目が合う。
「すみません、ありがとうございました。あの、お代……」
「ああ、気にしないでください」
 財布を出しかけた母親に、光彦さんが手を振る。
「俺は牛乳を頼んだつもりだったのに、連れがアイスを二つ買って来たんで、息子さんに食べてもらったんです。むしろ助かりました」
 言って、今気づいたように付け足す。
「でも、教育上あんまりよくなかったですね、見ず知らずの人間が食べ物あげるなんて。押し付けてしまってすみません」
 ユウキ君は何か言おうと顔を上げたが、光彦さんは微笑んで、その頭をぽんと叩いた。
「偉かったな。名前と歳、ちゃんと言えて」
 ユウキ君は頬を赤らめ、照れ隠しのようにこくりと頷く。
「さて、俺たちも行くぞ」
 言って、手にしていた牛乳の小ビンを一気に飲み干した。
「何だお前、まだ食べてんのか。先行くぞ」
「えええ、行くんですか。ちょ、待ってください」
「ったくトロイなぁ」
 言いながら、光彦さんは外へ出ていく。私が慌てて席を経つと、後ろから小さな手がくいと引いた。
「お姉さん」
 ユウキ君が、照れ臭そうに微笑む。
「ありがとう。ーーお兄ちゃんにも、お礼言っといて」
 私は破顔して頷いた。
「お姉ちゃんの彼氏、カッコイイね。俺もああいう大人になる」
 食べかけのソフトクリームを手にしたまま、真剣な顔で言うユウキ君に、温かい気持ちが胸に広がった。
「ありがとう。きっとなれるよ」
 答えて、ユウキ君の家族に目を向ける。
「よかったです、すぐ来てもらえて。失礼します」
「ああ、はい……ありがとうございました」
 頭を下げるご両親の手を引いて、三歳の女の子が「お兄ちゃんアイスずるいー! お父さん買ってー!」と騒いでいた。
 私は笑って、光彦さんの背を追った。

 光彦さんは店のドアを出てすぐのところに立っていた。
 連れを置いていけるような人じゃないって、本当は知っている。
 私が出てくると、ちらりと視線を投げてきて、また歩き出した。
「よかったですね」
 歩きながら言うと、ああ、と気のない返事がある。
 私はくすくすと笑った。
「アイス溶けてるぞ」
「えっ」
 言われて見やると、コーンにアイスが滴り始めている。わたわたしながら舌先でなめとり、どうにか被害を食い止めた。
 そんな様子を見て笑った後、光彦さんはふと遠い目をする。
「あんまりよくなかったかな」
「え?」
「いや……子どもの前で、嘘ついたの」
 私はぽかんとした。光彦さんが結構本気で悩ましい顔をしているのを見て取り、笑いそうになる。
「嘘も方便、て言うじゃないですか」
 私は言って、背中を叩いた。
「善意の嘘だって、ちゃんと分かってますよ、ユウキ君は」
 光彦さんは気まずそうに私を見下ろしたかと思うと、ソフトクリームを持つ私の手を押さえ、コーンにかじりついた。
 カリ、と音を立てて砕くと、溶けかけたソフトクリームが堤防を失ってまた流れ始めた。
「あっ、あっ」
 私は慌てて舌先で舐めとる。
 ソフトクリームと格闘する私の姿を、光彦さんはまた、いたずら小僧のように崩れた笑顔で見守った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

ズボラ上司の甘い罠

松田丹子(まつだにこ)
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松田丹子(まつだにこ)
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。 平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり…… 恋愛、家族愛、友情、部活に進路…… 緩やかでほんのり甘い青春模様。 *関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…) ★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。 *関連作品 『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)  上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。 (以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

貴方の子を産み育ててますが、ホッといて下さい

鳴宮鶉子
恋愛
貴方の子を産み育ててますが、ホッといて下さい

処理中です...