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第十一章 織姫は彦星にどうしても抱かれたい(ヒメ視点)
09 嘘も方便
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お客さんのほとんどいないレストランで、外がよく見える窓際席に腰掛けた私たちは、ユウキ君のご家族が来るのを待っていた。
卓上にあるソフトクリームのポップに、ユウキ君の目がちらちらと向いている。食べたいのだろうけど、さっきの会話があるから何も言えないのだろう。私は笑いをこらえていた。
お店はレストランというよりも食堂に近い。カウンターで食べ物を買って、席で食べるのだ。
「ユウキ、一仕事頼んでいいか」
光彦さんは不意にユウキ君に言った。
「このお姉さんがどうしても食べたいらしくてな。それ、買ってきてやってくれ」
私とポップを顎で示しつつ言って、千円札を手渡す。
「残りはお駄賃だ。欲しければ自分の分も買ってこい」
ユウキ君は目を輝かせて頷くと、立ち上がった。
その小さな背中を見守りながら、私はクスクス笑う。
「素直じゃないなぁ」
「ユウキが?」
「ううん」
私は笑った顔のまま、光彦さんに目を向ける。
「光彦さんが」
光彦さんは照れて目をそらし、うるせぇ、と小さく言った。
少しするとユウキ君が誇らしげな顔でソフトクリームを二つ持って帰ってきた。私は、大袈裟に喜んで見せる。
「うわぁ、ありがとう。おいしそう! 食べよう、ユウキ君」
「うん。お兄ちゃん、ありがとう」
ユウキ君は笑って、残りのお金を差し出した。光彦さんは軽く頷いて受けとる。
食べてみると、さすが牧場のアイスだった。濃厚な牛乳の味がして目を丸くする。
「ん、ほんと美味しい。光彦さんも一口」
「俺はいいよ」
「いいからほら!」
私がスプーンにすくって差し出すと、渋々口にくわえた。
そして目をまたたかせる。
「ほんとだ。美味い」
「でしょ~」
まるで自分が褒められたかのように誇らしげに言って、ユウキ君と目を見合わせて笑った。光彦さんは「だったらきっと牛乳も美味いな。買ってこよう」と腰を上げた。
光彦さんが牛乳を手に机に戻って来る頃、レストランのドアが開いてぱたぱたと家族連れが入ってきた。
「お母さん」
ユウキ君が嬉しそうに立ち上がり、手にしたアイスと家族を見比べる。
「ユウキ」
ほっとした顔で近づいてきた母親は、私より十くらい年上だろうか。
「もう、待ってなさいって言ったのに。いなくなってたからびっくりしたのよ」
後ろから入って来た父親らしい人は、両手によちよち歩きの女の子と三歳くらいの女の子の手を引いていた。
「お兄ちゃんアイス食べてるー!」
女の子が指差して目を輝かせ、父親を見上げた。
苦笑した父親と光彦さんの目が合う。
「すみません、ありがとうございました。あの、お代……」
「ああ、気にしないでください」
財布を出しかけた母親に、光彦さんが手を振る。
「俺は牛乳を頼んだつもりだったのに、連れがアイスを二つ買って来たんで、息子さんに食べてもらったんです。むしろ助かりました」
言って、今気づいたように付け足す。
「でも、教育上あんまりよくなかったですね、見ず知らずの人間が食べ物あげるなんて。押し付けてしまってすみません」
ユウキ君は何か言おうと顔を上げたが、光彦さんは微笑んで、その頭をぽんと叩いた。
「偉かったな。名前と歳、ちゃんと言えて」
ユウキ君は頬を赤らめ、照れ隠しのようにこくりと頷く。
「さて、俺たちも行くぞ」
言って、手にしていた牛乳の小ビンを一気に飲み干した。
「何だお前、まだ食べてんのか。先行くぞ」
「えええ、行くんですか。ちょ、待ってください」
「ったくトロイなぁ」
言いながら、光彦さんは外へ出ていく。私が慌てて席を経つと、後ろから小さな手がくいと引いた。
「お姉さん」
ユウキ君が、照れ臭そうに微笑む。
「ありがとう。ーーお兄ちゃんにも、お礼言っといて」
私は破顔して頷いた。
「お姉ちゃんの彼氏、カッコイイね。俺もああいう大人になる」
食べかけのソフトクリームを手にしたまま、真剣な顔で言うユウキ君に、温かい気持ちが胸に広がった。
「ありがとう。きっとなれるよ」
答えて、ユウキ君の家族に目を向ける。
「よかったです、すぐ来てもらえて。失礼します」
「ああ、はい……ありがとうございました」
頭を下げるご両親の手を引いて、三歳の女の子が「お兄ちゃんアイスずるいー! お父さん買ってー!」と騒いでいた。
私は笑って、光彦さんの背を追った。
光彦さんは店のドアを出てすぐのところに立っていた。
連れを置いていけるような人じゃないって、本当は知っている。
私が出てくると、ちらりと視線を投げてきて、また歩き出した。
「よかったですね」
歩きながら言うと、ああ、と気のない返事がある。
私はくすくすと笑った。
「アイス溶けてるぞ」
「えっ」
言われて見やると、コーンにアイスが滴り始めている。わたわたしながら舌先でなめとり、どうにか被害を食い止めた。
そんな様子を見て笑った後、光彦さんはふと遠い目をする。
「あんまりよくなかったかな」
「え?」
「いや……子どもの前で、嘘ついたの」
私はぽかんとした。光彦さんが結構本気で悩ましい顔をしているのを見て取り、笑いそうになる。
「嘘も方便、て言うじゃないですか」
私は言って、背中を叩いた。
「善意の嘘だって、ちゃんと分かってますよ、ユウキ君は」
光彦さんは気まずそうに私を見下ろしたかと思うと、ソフトクリームを持つ私の手を押さえ、コーンにかじりついた。
カリ、と音を立てて砕くと、溶けかけたソフトクリームが堤防を失ってまた流れ始めた。
「あっ、あっ」
私は慌てて舌先で舐めとる。
ソフトクリームと格闘する私の姿を、光彦さんはまた、いたずら小僧のように崩れた笑顔で見守った。
卓上にあるソフトクリームのポップに、ユウキ君の目がちらちらと向いている。食べたいのだろうけど、さっきの会話があるから何も言えないのだろう。私は笑いをこらえていた。
お店はレストランというよりも食堂に近い。カウンターで食べ物を買って、席で食べるのだ。
「ユウキ、一仕事頼んでいいか」
光彦さんは不意にユウキ君に言った。
「このお姉さんがどうしても食べたいらしくてな。それ、買ってきてやってくれ」
私とポップを顎で示しつつ言って、千円札を手渡す。
「残りはお駄賃だ。欲しければ自分の分も買ってこい」
ユウキ君は目を輝かせて頷くと、立ち上がった。
その小さな背中を見守りながら、私はクスクス笑う。
「素直じゃないなぁ」
「ユウキが?」
「ううん」
私は笑った顔のまま、光彦さんに目を向ける。
「光彦さんが」
光彦さんは照れて目をそらし、うるせぇ、と小さく言った。
少しするとユウキ君が誇らしげな顔でソフトクリームを二つ持って帰ってきた。私は、大袈裟に喜んで見せる。
「うわぁ、ありがとう。おいしそう! 食べよう、ユウキ君」
「うん。お兄ちゃん、ありがとう」
ユウキ君は笑って、残りのお金を差し出した。光彦さんは軽く頷いて受けとる。
食べてみると、さすが牧場のアイスだった。濃厚な牛乳の味がして目を丸くする。
「ん、ほんと美味しい。光彦さんも一口」
「俺はいいよ」
「いいからほら!」
私がスプーンにすくって差し出すと、渋々口にくわえた。
そして目をまたたかせる。
「ほんとだ。美味い」
「でしょ~」
まるで自分が褒められたかのように誇らしげに言って、ユウキ君と目を見合わせて笑った。光彦さんは「だったらきっと牛乳も美味いな。買ってこよう」と腰を上げた。
光彦さんが牛乳を手に机に戻って来る頃、レストランのドアが開いてぱたぱたと家族連れが入ってきた。
「お母さん」
ユウキ君が嬉しそうに立ち上がり、手にしたアイスと家族を見比べる。
「ユウキ」
ほっとした顔で近づいてきた母親は、私より十くらい年上だろうか。
「もう、待ってなさいって言ったのに。いなくなってたからびっくりしたのよ」
後ろから入って来た父親らしい人は、両手によちよち歩きの女の子と三歳くらいの女の子の手を引いていた。
「お兄ちゃんアイス食べてるー!」
女の子が指差して目を輝かせ、父親を見上げた。
苦笑した父親と光彦さんの目が合う。
「すみません、ありがとうございました。あの、お代……」
「ああ、気にしないでください」
財布を出しかけた母親に、光彦さんが手を振る。
「俺は牛乳を頼んだつもりだったのに、連れがアイスを二つ買って来たんで、息子さんに食べてもらったんです。むしろ助かりました」
言って、今気づいたように付け足す。
「でも、教育上あんまりよくなかったですね、見ず知らずの人間が食べ物あげるなんて。押し付けてしまってすみません」
ユウキ君は何か言おうと顔を上げたが、光彦さんは微笑んで、その頭をぽんと叩いた。
「偉かったな。名前と歳、ちゃんと言えて」
ユウキ君は頬を赤らめ、照れ隠しのようにこくりと頷く。
「さて、俺たちも行くぞ」
言って、手にしていた牛乳の小ビンを一気に飲み干した。
「何だお前、まだ食べてんのか。先行くぞ」
「えええ、行くんですか。ちょ、待ってください」
「ったくトロイなぁ」
言いながら、光彦さんは外へ出ていく。私が慌てて席を経つと、後ろから小さな手がくいと引いた。
「お姉さん」
ユウキ君が、照れ臭そうに微笑む。
「ありがとう。ーーお兄ちゃんにも、お礼言っといて」
私は破顔して頷いた。
「お姉ちゃんの彼氏、カッコイイね。俺もああいう大人になる」
食べかけのソフトクリームを手にしたまま、真剣な顔で言うユウキ君に、温かい気持ちが胸に広がった。
「ありがとう。きっとなれるよ」
答えて、ユウキ君の家族に目を向ける。
「よかったです、すぐ来てもらえて。失礼します」
「ああ、はい……ありがとうございました」
頭を下げるご両親の手を引いて、三歳の女の子が「お兄ちゃんアイスずるいー! お父さん買ってー!」と騒いでいた。
私は笑って、光彦さんの背を追った。
光彦さんは店のドアを出てすぐのところに立っていた。
連れを置いていけるような人じゃないって、本当は知っている。
私が出てくると、ちらりと視線を投げてきて、また歩き出した。
「よかったですね」
歩きながら言うと、ああ、と気のない返事がある。
私はくすくすと笑った。
「アイス溶けてるぞ」
「えっ」
言われて見やると、コーンにアイスが滴り始めている。わたわたしながら舌先でなめとり、どうにか被害を食い止めた。
そんな様子を見て笑った後、光彦さんはふと遠い目をする。
「あんまりよくなかったかな」
「え?」
「いや……子どもの前で、嘘ついたの」
私はぽかんとした。光彦さんが結構本気で悩ましい顔をしているのを見て取り、笑いそうになる。
「嘘も方便、て言うじゃないですか」
私は言って、背中を叩いた。
「善意の嘘だって、ちゃんと分かってますよ、ユウキ君は」
光彦さんは気まずそうに私を見下ろしたかと思うと、ソフトクリームを持つ私の手を押さえ、コーンにかじりついた。
カリ、と音を立てて砕くと、溶けかけたソフトクリームが堤防を失ってまた流れ始めた。
「あっ、あっ」
私は慌てて舌先で舐めとる。
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