モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第一章 ちかづく

25 はつもうで

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「政人さん。明けましておめでとうございます」
 ぴしりと伸びた背を静かに曲げて、香子ちゃんが微笑んだ。
 その姿を、隼人は甘い目で見ている。
 姿勢のいい二人が並ぶと、程よく静かな緊張感がある。
 それにしても、隼人のデレっぷり。見てるこっちが恥ずかしいっての。
「君が栄太郎くんだね。はじめまして。私は香子です」
 香子ちゃんは、微笑んみながら屈み込み、栄太郎と視線を合わせて名乗った。
「香子姉ちゃん!」
 目をキラキラさせながら呼ぶ栄太郎に、香子ちゃんは、可愛い!とほだされている。
 俺は苦笑した。
 俺たちの実家は神社の多い古都鎌倉。隼人と香子ちゃんは、午前中に初詣でをしてから我が家に来ることになっていた。
 隼人を送りだそうと玄関先まで行ってみると、栄太郎が一緒に行くと喚いていて、姉の説得にも耳を貸さない。
 あーだこーだ話した挙げ句、俺が栄太郎の保護者として付き添うことになったのだ。
 有名な神社は人が多いので、少し小路を入った我が家の近くの神社を選び、参拝することにした。
「ほんと、人が多いですね。予想はしてましたけど」
 人混みが苦手で神社や寺が好きという香子ちゃんは、目を丸くしていた。
「初詣で、あんまり行かないの?」
「行きますよ。鎌倉じゃないですけど」
 香子ちゃんは割と有名な神社の名前を挙げる。
「よく友達と行きました。隼人くんとはまだ行ったことないけど」
「そうだったね。今度一緒に行ってみようか」
 隼人は微笑んだ。他の女なら蕩ける笑顔だが、香子ちゃんは平常運転だ。さすが、隼人が手に入れるまで苦労しただけある。
「栄太郎。走るな。人にぶつかるぞ」
 香子ちゃんの冷静さに感心しながら、前を走り始めた栄太郎に声をかけた。
 駅前に比べて人が少ないとはいえ、全く人通りがないわけではない。
「大丈夫だよー」
 栄太郎が振り返りながら笑ったとき、手元を見ながら角を曲がってきた着物の女性にぶつかった。
「あっ」
「わっ」
 栄太郎はたたらを踏んだが、どうにか転ばずに済んだ。
「すみません」
 俺が走り寄る。
「ったく、だから言っただろ」
 栄太郎の頭に軽く拳を当てて、再度詫びようと女性を見たとき、
 頭が一瞬真っ白になった。
「……神崎?」
 クリーム色の訪問着に、臙脂のコートを羽織った女性は、
「ーーた、ちばな」
 まごうことなく、橘彩乃だった。
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