モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第一章 ちかづく

48 橘彩乃の呟き(ヒロイン視点)

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 同期の神崎政人には、内定後の飲み会で初めて会った。
 華やかな容姿と雰囲気。誰にでも当たり障りのない笑顔と対応。早々に幹事役の子と仲良くなったらしい神崎は、何やら幹事の手伝いをしてから席についた。
「ここ、空いてる?」
 他の女の子と話していたとき、隣の空席を示されて驚いた。
 うわぁ。こんな人隣にいたら緊張する。やだなぁ。
 咄嗟に思ったくらいに、神崎は人目を引くタイプの男だった。
「どーぞどーぞ。神崎くんだよね~、幹事ありがとぉー」
「いや、俺はちょっと手伝っただけだから。阿久津くんに言ってやって」
 そう言って気負わないところもまた人を引き付けると分かっているのかどうか。
 神崎は、男女分け隔てなく接する代わりに、特定の人と仲良くなることもないようだった。来るもの拒まず去るもの追わず。まさにそういうタイプと見えて、私は早々に適当な距離を置こうと心に決めたのだった。
 神崎の容姿や振る舞いは、はっきり言ってストライクど真ん中。タイプというより理想に近かった。恋愛経験の乏しい私が一度でも近づいてしまったら、きっともう底なし沼のように抜け出せなくなるだろうと思ったのだ。さすがに私でもそれくらいの防衛本能はある。
 そんなわけで、同期同士で飲みに行くときも、まあほどほどに、当たり障りなく、距離を保っていたのだったが。

 就職して10年。同じゼミだった彼とはつき合って別れてを繰り返して、結局腐れ縁じみたズルズルの関係になっていた。珍しく1年弱連絡がなくて、私もようやく前に進もうと思った12月、また彼から連絡があった。
 いつも一方的に私に甘え、また去っていく彼。仕事上がりに会えないかと言われて、用事があるからと断ったものの、なんだか落ち着かない。そんなときに廊下で帰宅前の神崎を見つけて、思わず声をかけた。
 就職して10年。サシで飲んだことはなくても、複数の同期では毎年飲みに行っていた。
 互いに当たり障りなくつき合っての10年だ。さすがにもう、どうこうなることはないだろう。そう思ったのにーー
 一度、彼に抱かれた私は予想通りの私になった。都合のいい女でも何でもいい。彼に触れてほしい。少しでも彼の側にいたい。そう思うようになった。
 開き直って、大人の女の振りをした。経験が少ないことは気づかれていると分かってたけど、そうして強がらないと自分が保っていられない気がして。
 だって、想像したことがなかった。
 ーー神崎が私を好きになってくれるなんて。

「アーヤ。今日、ランチいかへん」
 声をかけてきたのは、財務部の先輩、名取葉子さん。ヨーコさん、とかヨーコちゃん、とか呼んでいる。
「喜んで」
 笑うと、ヨーコちゃんは意味深な笑いを返した。
 不思議に思っていたけど、ランチに行ったらその意味が分かった。ヨーコちゃんはランチセットのスープにぷっくりした唇ーー私は唇が薄いからうらやましいーーをつけながら言った。
「マーシー、九州に転勤なんやてねぇ」
「えーと、そうみたいですね」
 とりあえず、当たり障りない返事をして、スープカップを口につける。ヨーコちゃんは続けた。
「言われてもうたわ。橘を頼みます、て。いややわぁ、あの顔で微笑まれちゃ、お姉さん断れへん」
 私はスープを飲み込み損ねてむせる。
 ヨーコちゃんは咳込む私の背中を撫でながら微笑んだ。
「よかったなぁ。互いに想い合えて。羨ましいわ」
 ぼん、と私の頭をたたき、ヨーコちゃんはにやりと笑った。
「もう要らんようになったらいつでもうちが貰うさかい、言うてや。いくらでも可愛がるで」
 私は慌てて首を振った。
「あげません、絶対。ーー少なくとも、私からは」
 段々言い方に自信がなくなってくると、ヨーコちゃんは笑った。
「アーヤももう少し自信持ちぃ。見たところベタ惚れやで、マーシー。案外誠実かもしれへんなぁ」
 私は言われて赤面しながら、スープにまた口をつけた。
 自信って言ったって。ベタ惚れって言ったって。
 神崎が私のことを好きな気持ちより、私が神崎のことを好きな気持ちの方が強い自信がある。
 気づかずに人を引き付ける彼のことを思って、私は静かに嘆息した。
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