モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

文字の大きさ
49 / 126
第二章 はなれる

49 異動先

しおりを挟む
「本社から来たマーシーだ。仲良くやってね」
 上家さんはにこやかに俺の背中をたたいて言った。
 九州支部事業部はおよそ10人。こちらを見る目には、好奇心と、妬み。
「ピンチヒッターが、まさか同期のプリンスとは」
 立ち上がって俺の肩に手を回したのは、同期の阿久津。ここではそこそこやり手で通っているらしい。
「初めて聞いたな。そんな呼び名」
 肩の手をどけてもらおうと、軽くたたきながら苦笑する。
 しかし、阿久津はその意味に気づかず、相変わらずのノリで言った。
「今夜、中州に連れて行ってやるよ。いい店知ってんだ」
「屋台でラーメン……っていうんじゃなさそうだな」
 俺としてはそっちの方がありがたいんだが、というニュアンスを込めて言ってみたのだが、阿久津は鼻で笑った。
「屋台なんかいつでも行けるだろ。お前連れて行けば、お姉ちゃんたち喜ぶからな」
 ふと、隼人の言葉を思い出す。
 ーーどうでもいいと思ってる人でも、誘われると断らないじゃない。
 次いで、橘の顔が浮かんだ。

 九州転勤を告げた夜、橘と俺はぽつりぽつりと互いのことを話していたが、ふと思い出したように声を上げた橘は、眉を寄せて俺に言ったのだ。
「……九州って、阿久津がいるじゃない」
 そういえば、橘と二度目に飲んだのは、阿久津に誘われて帰るところを見つかったときだった。
 女の人がいる飲み屋さん、と橘は言った。
「やっぱり、連れていかれるだろうねぇ。阿久津がいるなら」
 そう言う目は、言葉と違う何かを俺に訴えている。
 つまり、断れ、ということを。
 俺は苦笑した。
「行きたくて行ってるわけじゃ。断る理由がなかっただけで」
「断る理由、ないの?」
 橘はじっと俺の目を見た。すっかり遠慮のなくなったまなざしが俺の目とーー心をとらえる。
「ないの?」
 何も言わない俺に、橘は念を押すように尋ねた。
 俺はつい目線を反らして、ごにょごにょと言う。
「……なくもない、かな」
「煮え切らないわねー!」
 橘は地団太を踏むようにいらだった。
「あんたがそういうお店に行くなら、私だって行ってやるんだから!」
「どこに?」
「そりゃ、イケメンたちがかしずいてくれるようなお店よ!」
 むきになって言う橘に、俺は思わず想像してみた。
 ホストたちに囲まれてちやほやされる橘。
「……やめとけ」
「なんでよ」
 唇を尖らせる橘に、俺は言った。
「間違いなく、お前、破産するぞ」
 怒った橘は俺の肩を叩いて言った。
「そんなの、分かってるわよ!」

 --そんなことを思い出して、俺は一息つくと、肩に置かれた阿久津の手をゆっくりとはがした。
「悪いけど、そういうところに出入りするのはやめておくよ」
「なんだ、付き合い悪いな。せっかく歓迎してやろうってのに」
 阿久津は驚いたような顔で俺を見た。今まで何か予定がある場合を除いて誘いを断ったことがない俺だ。誘えば当然来るものと思っていたのだろう。
「ーーもしかして、コレでもできたのか?」
 阿久津は茶化すように小指を立てた。うんざりしてきた俺は、その手をぐいと下げる。
「仕事中だぞ。俺は途中から入ることになるから、なかなかついて行けないだろうと覚悟して来たんだ。アフターファイブの話よりも、勉強する時間をくれよ」
 俺の言葉に、阿久津以外の社員がほっとしたのが伝わってきた。
 --やり手として見られていたとしても、人望はないらしいな。
 ふんと鼻を鳴らしてデスクに戻る阿久津を見ながら、俺は内心嘆息した。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

君に恋していいですか?

櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。 仕事の出来すぎる女。 大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。 女としての自信、全くなし。 過去の社内恋愛の苦い経験から、 もう二度と恋愛はしないと決めている。 そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。 志信に惹かれて行く気持ちを否定して 『同期以上の事は期待しないで』と 志信を突き放す薫の前に、 かつての恋人・浩樹が現れて……。 こんな社内恋愛は、アリですか?

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

処理中です...