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第二章 はなれる
49 異動先
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「本社から来たマーシーだ。仲良くやってね」
上家さんはにこやかに俺の背中をたたいて言った。
九州支部事業部はおよそ10人。こちらを見る目には、好奇心と、妬み。
「ピンチヒッターが、まさか同期のプリンスとは」
立ち上がって俺の肩に手を回したのは、同期の阿久津。ここではそこそこやり手で通っているらしい。
「初めて聞いたな。そんな呼び名」
肩の手をどけてもらおうと、軽くたたきながら苦笑する。
しかし、阿久津はその意味に気づかず、相変わらずのノリで言った。
「今夜、中州に連れて行ってやるよ。いい店知ってんだ」
「屋台でラーメン……っていうんじゃなさそうだな」
俺としてはそっちの方がありがたいんだが、というニュアンスを込めて言ってみたのだが、阿久津は鼻で笑った。
「屋台なんかいつでも行けるだろ。お前連れて行けば、お姉ちゃんたち喜ぶからな」
ふと、隼人の言葉を思い出す。
ーーどうでもいいと思ってる人でも、誘われると断らないじゃない。
次いで、橘の顔が浮かんだ。
九州転勤を告げた夜、橘と俺はぽつりぽつりと互いのことを話していたが、ふと思い出したように声を上げた橘は、眉を寄せて俺に言ったのだ。
「……九州って、阿久津がいるじゃない」
そういえば、橘と二度目に飲んだのは、阿久津に誘われて帰るところを見つかったときだった。
女の人がいる飲み屋さん、と橘は言った。
「やっぱり、連れていかれるだろうねぇ。阿久津がいるなら」
そう言う目は、言葉と違う何かを俺に訴えている。
つまり、断れ、ということを。
俺は苦笑した。
「行きたくて行ってるわけじゃ。断る理由がなかっただけで」
「断る理由、ないの?」
橘はじっと俺の目を見た。すっかり遠慮のなくなったまなざしが俺の目とーー心をとらえる。
「ないの?」
何も言わない俺に、橘は念を押すように尋ねた。
俺はつい目線を反らして、ごにょごにょと言う。
「……なくもない、かな」
「煮え切らないわねー!」
橘は地団太を踏むようにいらだった。
「あんたがそういうお店に行くなら、私だって行ってやるんだから!」
「どこに?」
「そりゃ、イケメンたちがかしずいてくれるようなお店よ!」
むきになって言う橘に、俺は思わず想像してみた。
ホストたちに囲まれてちやほやされる橘。
「……やめとけ」
「なんでよ」
唇を尖らせる橘に、俺は言った。
「間違いなく、お前、破産するぞ」
怒った橘は俺の肩を叩いて言った。
「そんなの、分かってるわよ!」
--そんなことを思い出して、俺は一息つくと、肩に置かれた阿久津の手をゆっくりとはがした。
「悪いけど、そういうところに出入りするのはやめておくよ」
「なんだ、付き合い悪いな。せっかく歓迎してやろうってのに」
阿久津は驚いたような顔で俺を見た。今まで何か予定がある場合を除いて誘いを断ったことがない俺だ。誘えば当然来るものと思っていたのだろう。
「ーーもしかして、コレでもできたのか?」
阿久津は茶化すように小指を立てた。うんざりしてきた俺は、その手をぐいと下げる。
「仕事中だぞ。俺は途中から入ることになるから、なかなかついて行けないだろうと覚悟して来たんだ。アフターファイブの話よりも、勉強する時間をくれよ」
俺の言葉に、阿久津以外の社員がほっとしたのが伝わってきた。
--やり手として見られていたとしても、人望はないらしいな。
ふんと鼻を鳴らしてデスクに戻る阿久津を見ながら、俺は内心嘆息した。
上家さんはにこやかに俺の背中をたたいて言った。
九州支部事業部はおよそ10人。こちらを見る目には、好奇心と、妬み。
「ピンチヒッターが、まさか同期のプリンスとは」
立ち上がって俺の肩に手を回したのは、同期の阿久津。ここではそこそこやり手で通っているらしい。
「初めて聞いたな。そんな呼び名」
肩の手をどけてもらおうと、軽くたたきながら苦笑する。
しかし、阿久津はその意味に気づかず、相変わらずのノリで言った。
「今夜、中州に連れて行ってやるよ。いい店知ってんだ」
「屋台でラーメン……っていうんじゃなさそうだな」
俺としてはそっちの方がありがたいんだが、というニュアンスを込めて言ってみたのだが、阿久津は鼻で笑った。
「屋台なんかいつでも行けるだろ。お前連れて行けば、お姉ちゃんたち喜ぶからな」
ふと、隼人の言葉を思い出す。
ーーどうでもいいと思ってる人でも、誘われると断らないじゃない。
次いで、橘の顔が浮かんだ。
九州転勤を告げた夜、橘と俺はぽつりぽつりと互いのことを話していたが、ふと思い出したように声を上げた橘は、眉を寄せて俺に言ったのだ。
「……九州って、阿久津がいるじゃない」
そういえば、橘と二度目に飲んだのは、阿久津に誘われて帰るところを見つかったときだった。
女の人がいる飲み屋さん、と橘は言った。
「やっぱり、連れていかれるだろうねぇ。阿久津がいるなら」
そう言う目は、言葉と違う何かを俺に訴えている。
つまり、断れ、ということを。
俺は苦笑した。
「行きたくて行ってるわけじゃ。断る理由がなかっただけで」
「断る理由、ないの?」
橘はじっと俺の目を見た。すっかり遠慮のなくなったまなざしが俺の目とーー心をとらえる。
「ないの?」
何も言わない俺に、橘は念を押すように尋ねた。
俺はつい目線を反らして、ごにょごにょと言う。
「……なくもない、かな」
「煮え切らないわねー!」
橘は地団太を踏むようにいらだった。
「あんたがそういうお店に行くなら、私だって行ってやるんだから!」
「どこに?」
「そりゃ、イケメンたちがかしずいてくれるようなお店よ!」
むきになって言う橘に、俺は思わず想像してみた。
ホストたちに囲まれてちやほやされる橘。
「……やめとけ」
「なんでよ」
唇を尖らせる橘に、俺は言った。
「間違いなく、お前、破産するぞ」
怒った橘は俺の肩を叩いて言った。
「そんなの、分かってるわよ!」
--そんなことを思い出して、俺は一息つくと、肩に置かれた阿久津の手をゆっくりとはがした。
「悪いけど、そういうところに出入りするのはやめておくよ」
「なんだ、付き合い悪いな。せっかく歓迎してやろうってのに」
阿久津は驚いたような顔で俺を見た。今まで何か予定がある場合を除いて誘いを断ったことがない俺だ。誘えば当然来るものと思っていたのだろう。
「ーーもしかして、コレでもできたのか?」
阿久津は茶化すように小指を立てた。うんざりしてきた俺は、その手をぐいと下げる。
「仕事中だぞ。俺は途中から入ることになるから、なかなかついて行けないだろうと覚悟して来たんだ。アフターファイブの話よりも、勉強する時間をくれよ」
俺の言葉に、阿久津以外の社員がほっとしたのが伝わってきた。
--やり手として見られていたとしても、人望はないらしいな。
ふんと鼻を鳴らしてデスクに戻る阿久津を見ながら、俺は内心嘆息した。
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