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第二章 はなれる
50 ミーティング
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「まずは事情を簡単に説明しよう。こっちへ」
俺は上家さんに手招きされて、別室へ向かった。
一緒に入ってきたのは、先ほど事業部にいた一人の女子社員。
事業部にいた女性は2人だったが、1人はパートのようで、雑用を担っている様子が見て取れた。今入ってきた彼女は一見して20代のようだ。
「初めまして。江原あきらです。社内ではアキと呼ばれています」
硬めの髪を後ろで一つに結わえて銀縁眼鏡をかけ、化粧もほとんどしていない。言ってしまえば地味なその子は、きちっとお辞儀をした。
「アキは、ここが初めての配属先なんだ。出身も福岡でね。例の話に最初から携わっている」
上家さんはそう紹介して、俺の前に彼女を座らせた。
「初めての……ってことは、2、3年目くらい?」
「はい。この4月で3年目になります」
俺は感心して腕を組んだ。
「ほー。ずいぶんと落ち着いた子がいたもんだ」
江原さんは俺の言葉を違う意味でとらえたらしい。気まずそうにうつむくと、小さく言った。
「……若いのに、地味ですみません」
「いや、そういう意味じゃないよ」
俺は苦笑して手を振った。ダークスーツを無難に着込んだ姿は、新人としては悪くない。
「江原さんは」
呼びかけると、江原さんは驚いたように目を丸くした。俺が首を傾げると、すみません、と謝る。
「うちの会社、みんな呼びやすいように呼ぶので……ちょっと驚いただけです」
ああ、と俺は気まずく思った。日本人、特に女性については、苗字呼びするのが俺の習慣だ。相手との距離を明確にする意味もあるが、もうほとんど無意識である。
「アキと呼んだ方がいい?」
「いえ。どうとでも構いません。……私も、神崎さん、とお呼びしても?」
「As you like」
答えると、江原さんは微笑んだ。笑うとなかなか年相応でかわいらしい。
「じゃあ、仕事の話を聞かせてもらってもいいですか」
俺は椅子に座りなおして、江原さんと上家さんの話を聞く姿勢をとった。
我が社では、毎年支部と本社が持ち回りでテーマを設定し、その年のプロモーションにおける方向性を決めることになっている。
持ち回りとはいえ、約50%を占める関東のシェアを考慮したローテーションなので、支部が指揮をとれるのはだいたい5、6年に一度。自然、各支部に順番が回って来ると、その意気込みは強くなる。
また、それとは話を別にして、2、3年に一度、国内の伝統工芸品などとコラボレーションした日本限定品が作られる。これは財務部や上層部の判断によるもので、景気動向などを鑑みて決定される。
各支部がプロモーションの方向性を提案する際、この機会が重なると、地域特性を活かそうとする。結果、地元の工芸品組合などの協力を取り付け、その土地ならではの製品として提案することが多かった。
来年はまさにその年で、担当するのは九州支部なのだが、年が明けた今でも、まだその根回しができていないという。
製品作りを考えると、もうプロジェクトは動き出していなければ追いつかない。
「今年は織物関係をあたってるんですけど、不信感が強いんですよね。うちの会社に」
江原さんは嘆息しながら言った。俺は机に広げられた資料を見ながら相槌を打つ。
我が社ではミーティングは英語が慣例のはずだが、支部の場合国外出身の社員が少ないからか、その規則が緩いようだ。江原さんの一所懸命な説明の使用言語は日本語だった。
「その不信感がどこから来るのか、結局まだ分からないんです。前回ーー5年前は、焼き物の組合と組んで、空間作りを提案したみたいですけど、そのときの資料を見る限り、問題になりそうなことはなかったようで」
「そのもう一つ前は?」
俺が資料をめくりながら問うと、江原さんは首を振った。
「11年も前で、簡単な報告書が残ってるきりなんです。分かるのは、そのときも今年と同じく日本限定品を作る年だったけど、製品作りの方の企画は本社が請け負ったらしいことでーーやっぱりそのときに何かあったんでしょうか」
「それは何とも言えないな。俺もまだ入社前だし。ーー上家さんは?」
「ちょうど他の国にいた頃だ。分からないな」
江原さんの隣で上家さんが苦笑した。
「とりあえず、今まで誰が誰に、どうアプローチしてたのか教えてもらえるかな」
江原さんと上家さんは目を合わせた。どうも言いづらそうだ。
「……言いにくいなら、誰が、は省略してもらっても」
俺が言うと、頷く上家さんを見た江原さんは、肩をすくめて答えた。
「私は、ほとんど資料作りに回されていて……交渉は阿久津さんと、他の二人を中心にしているんです」
俺は頬が引きつるのを感じた。あいつのアプローチなど、考えるまでもなく分かりきっている。
「……なるほど」
俺はやれやれと後ろ頭をかいた。
「上家さん」
呼びかけると、上家さんは気まずそうな目を俺に向けた。俺は言語を英語に切り替えた。はっきり物を言うときは英語の方が言いやすい。
「阿久津と俺、それぞれにどういう権限を与えるのか、判断はボスである貴方に任せます」
上家さんが頷くのを確認して、続けた。
「俺が役に立てるとしたら、阿久津のやり方とは違う形になることは、分かっていてください」
そこまで英語で言い切ると、また日本語に戻した。
「でも、まず足を運んでみないと何とも言えませんね。行ってみてもいいですか。ーー江原さんも一緒に」
江原さんが驚いたように目を見開いた。上家さんは穏やかに頷いた。
俺は上家さんに手招きされて、別室へ向かった。
一緒に入ってきたのは、先ほど事業部にいた一人の女子社員。
事業部にいた女性は2人だったが、1人はパートのようで、雑用を担っている様子が見て取れた。今入ってきた彼女は一見して20代のようだ。
「初めまして。江原あきらです。社内ではアキと呼ばれています」
硬めの髪を後ろで一つに結わえて銀縁眼鏡をかけ、化粧もほとんどしていない。言ってしまえば地味なその子は、きちっとお辞儀をした。
「アキは、ここが初めての配属先なんだ。出身も福岡でね。例の話に最初から携わっている」
上家さんはそう紹介して、俺の前に彼女を座らせた。
「初めての……ってことは、2、3年目くらい?」
「はい。この4月で3年目になります」
俺は感心して腕を組んだ。
「ほー。ずいぶんと落ち着いた子がいたもんだ」
江原さんは俺の言葉を違う意味でとらえたらしい。気まずそうにうつむくと、小さく言った。
「……若いのに、地味ですみません」
「いや、そういう意味じゃないよ」
俺は苦笑して手を振った。ダークスーツを無難に着込んだ姿は、新人としては悪くない。
「江原さんは」
呼びかけると、江原さんは驚いたように目を丸くした。俺が首を傾げると、すみません、と謝る。
「うちの会社、みんな呼びやすいように呼ぶので……ちょっと驚いただけです」
ああ、と俺は気まずく思った。日本人、特に女性については、苗字呼びするのが俺の習慣だ。相手との距離を明確にする意味もあるが、もうほとんど無意識である。
「アキと呼んだ方がいい?」
「いえ。どうとでも構いません。……私も、神崎さん、とお呼びしても?」
「As you like」
答えると、江原さんは微笑んだ。笑うとなかなか年相応でかわいらしい。
「じゃあ、仕事の話を聞かせてもらってもいいですか」
俺は椅子に座りなおして、江原さんと上家さんの話を聞く姿勢をとった。
我が社では、毎年支部と本社が持ち回りでテーマを設定し、その年のプロモーションにおける方向性を決めることになっている。
持ち回りとはいえ、約50%を占める関東のシェアを考慮したローテーションなので、支部が指揮をとれるのはだいたい5、6年に一度。自然、各支部に順番が回って来ると、その意気込みは強くなる。
また、それとは話を別にして、2、3年に一度、国内の伝統工芸品などとコラボレーションした日本限定品が作られる。これは財務部や上層部の判断によるもので、景気動向などを鑑みて決定される。
各支部がプロモーションの方向性を提案する際、この機会が重なると、地域特性を活かそうとする。結果、地元の工芸品組合などの協力を取り付け、その土地ならではの製品として提案することが多かった。
来年はまさにその年で、担当するのは九州支部なのだが、年が明けた今でも、まだその根回しができていないという。
製品作りを考えると、もうプロジェクトは動き出していなければ追いつかない。
「今年は織物関係をあたってるんですけど、不信感が強いんですよね。うちの会社に」
江原さんは嘆息しながら言った。俺は机に広げられた資料を見ながら相槌を打つ。
我が社ではミーティングは英語が慣例のはずだが、支部の場合国外出身の社員が少ないからか、その規則が緩いようだ。江原さんの一所懸命な説明の使用言語は日本語だった。
「その不信感がどこから来るのか、結局まだ分からないんです。前回ーー5年前は、焼き物の組合と組んで、空間作りを提案したみたいですけど、そのときの資料を見る限り、問題になりそうなことはなかったようで」
「そのもう一つ前は?」
俺が資料をめくりながら問うと、江原さんは首を振った。
「11年も前で、簡単な報告書が残ってるきりなんです。分かるのは、そのときも今年と同じく日本限定品を作る年だったけど、製品作りの方の企画は本社が請け負ったらしいことでーーやっぱりそのときに何かあったんでしょうか」
「それは何とも言えないな。俺もまだ入社前だし。ーー上家さんは?」
「ちょうど他の国にいた頃だ。分からないな」
江原さんの隣で上家さんが苦笑した。
「とりあえず、今まで誰が誰に、どうアプローチしてたのか教えてもらえるかな」
江原さんと上家さんは目を合わせた。どうも言いづらそうだ。
「……言いにくいなら、誰が、は省略してもらっても」
俺が言うと、頷く上家さんを見た江原さんは、肩をすくめて答えた。
「私は、ほとんど資料作りに回されていて……交渉は阿久津さんと、他の二人を中心にしているんです」
俺は頬が引きつるのを感じた。あいつのアプローチなど、考えるまでもなく分かりきっている。
「……なるほど」
俺はやれやれと後ろ頭をかいた。
「上家さん」
呼びかけると、上家さんは気まずそうな目を俺に向けた。俺は言語を英語に切り替えた。はっきり物を言うときは英語の方が言いやすい。
「阿久津と俺、それぞれにどういう権限を与えるのか、判断はボスである貴方に任せます」
上家さんが頷くのを確認して、続けた。
「俺が役に立てるとしたら、阿久津のやり方とは違う形になることは、分かっていてください」
そこまで英語で言い切ると、また日本語に戻した。
「でも、まず足を運んでみないと何とも言えませんね。行ってみてもいいですか。ーー江原さんも一緒に」
江原さんが驚いたように目を見開いた。上家さんは穏やかに頷いた。
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