53 / 126
第二章 はなれる
53 HI,HONEY
しおりを挟む
帰社すると、阿久津を加えた3人が不在になっていた。俺が上家さんに帰った旨を告げると、上家さんからは、もう一つの組合ーー北九州織物組合のアポは明日の午後一で取れたと聞く。
「ありがとうございます」
「結局、会長には会えた?」
「いいえ。秘書の方が対応してくれました」
俺の答えに苦笑する上家さんを見て微笑んだ。
「でも、いろいろ織物の話聞けましたよ。見学もさせてもらったし」
「次は大丈夫です!」
拳を握って鼻息荒く力説するのは江原さん。
「次はきっと、会長にも会えます!神崎さんなら」
まるで馬にするように、俺がどうどうとなだめると、上家さんは面白そうに笑った。
「すっかりマーシーに心酔したようだね。仲がよくなるのはいいが……」
言いかけてやめる。が、言わんとしたことを察した江原さんが唇を尖らせた。
「そういうんじゃありません。ビジネスマンとして学ぶところのある方だと思うだけです」
「だそうですのでご心配なく。江原さんの安全運転は安全過ぎてドキドキしましたが助かりました」
追い越し車や曲がって来る車のおかげで何度かひやっとしたのだ。
「安全運転が一番です。免許はゴールドでいたいので」
胸を張った江原さんに相槌を打って、デスクに座った。
受話器を取り、電話をかける。
阿久津がいない今のうちに済ませてしまおう。
『Hello?』
「Hello,Jyo」
受話器越しの聞き慣れた声に、俺は微笑むと肩と耳で受話器を挟んだ。
パソコンのIDを入力しながら話す。
「How are you?」
『I'm glad you asked!』
よっくぞ聞いてくれました!と飛び跳ねる姿が容易に想像できた俺は、ジョーが話し始める前に言った。
「待てよ。お前のプライベートについて聞きたいわけじゃないぞ」
『えー、なんでですかー、話させてくださいよー』
不服げだが無視する。
「後で携帯にでもかけろ。そしたら聞くから」
『そんでかけたら取らないつもりでしょ。分かってるんだから!マーシーひどい!私をもてあそんで』
「気持ち悪いからやめろ。で、ジョー。仕事の話だけどな」
俺は聞く耳持たずに話を変えた。
今日の訪問でも、過去の連携については話に出なかった。
とはいえこちらから聞くのもためらわれるので、11年前の資料が残っているか、ジョーに調べるよう依頼する。
「そんな古いのあるかなー。お金関係だったら、財務とか会計とかが持ってるかも知れませんけどね」
聞いて、確かにと思った。橘の顔が脳裏に浮かぶ。
「そうだな、聞いてみる。ありがとう」
公私混同かと思いつつも、ジョーの電話を切ると財務部にかけ直した。
『Hello?』
仕事用の固い声に、思わず悪戯心がわく。
「Hi,Honey」
あくまで明るい声、ジョークに聞こえるレベルで言ったが、相手が言葉に詰まるのが分かった。
あ、これきっと真っ赤になってるな。見られなくて残念。
『……How can I help you?』
感情を押し殺し、できる限り冷たく言っているのが分かる。俺は噴き出すのを堪えながら、ジョーにしたのと同じ話を繰り返した。
『11年前ねぇ。全くないわけじゃないと思うけど。いつまでに必要?』
「なるべく早く。遅くても今週中」
そうでなければ、対応が進められない。
『分かった。調べてみるね』
橘の答えを聞いて、お礼と共に電話を切った。
パソコンに社内メッセージの新着を知らせる通知が表示される。クリックすると、ジョーから。
【電話、ちゃんと出てくださいね!】
よほど話したいことがあるらしいと苦笑して、OKと返事を打つ。送信したとき、もう一件新着メッセージが表示された。送信者は名取さん。
【うちの妹、ゆでだこになって目元口元ゆるゆるなんやけど。どないしてくれます?】
俺はうっかり噴き出した。
【写メ撮って送ってください】
返事はすぐ来た。
【カップルの仲良しこよしにつき合わせんといて】
それもそうだ。
俺は微笑むと、明日行く北九州織物組合について勉強することにした。
「ありがとうございます」
「結局、会長には会えた?」
「いいえ。秘書の方が対応してくれました」
俺の答えに苦笑する上家さんを見て微笑んだ。
「でも、いろいろ織物の話聞けましたよ。見学もさせてもらったし」
「次は大丈夫です!」
拳を握って鼻息荒く力説するのは江原さん。
「次はきっと、会長にも会えます!神崎さんなら」
まるで馬にするように、俺がどうどうとなだめると、上家さんは面白そうに笑った。
「すっかりマーシーに心酔したようだね。仲がよくなるのはいいが……」
言いかけてやめる。が、言わんとしたことを察した江原さんが唇を尖らせた。
「そういうんじゃありません。ビジネスマンとして学ぶところのある方だと思うだけです」
「だそうですのでご心配なく。江原さんの安全運転は安全過ぎてドキドキしましたが助かりました」
追い越し車や曲がって来る車のおかげで何度かひやっとしたのだ。
「安全運転が一番です。免許はゴールドでいたいので」
胸を張った江原さんに相槌を打って、デスクに座った。
受話器を取り、電話をかける。
阿久津がいない今のうちに済ませてしまおう。
『Hello?』
「Hello,Jyo」
受話器越しの聞き慣れた声に、俺は微笑むと肩と耳で受話器を挟んだ。
パソコンのIDを入力しながら話す。
「How are you?」
『I'm glad you asked!』
よっくぞ聞いてくれました!と飛び跳ねる姿が容易に想像できた俺は、ジョーが話し始める前に言った。
「待てよ。お前のプライベートについて聞きたいわけじゃないぞ」
『えー、なんでですかー、話させてくださいよー』
不服げだが無視する。
「後で携帯にでもかけろ。そしたら聞くから」
『そんでかけたら取らないつもりでしょ。分かってるんだから!マーシーひどい!私をもてあそんで』
「気持ち悪いからやめろ。で、ジョー。仕事の話だけどな」
俺は聞く耳持たずに話を変えた。
今日の訪問でも、過去の連携については話に出なかった。
とはいえこちらから聞くのもためらわれるので、11年前の資料が残っているか、ジョーに調べるよう依頼する。
「そんな古いのあるかなー。お金関係だったら、財務とか会計とかが持ってるかも知れませんけどね」
聞いて、確かにと思った。橘の顔が脳裏に浮かぶ。
「そうだな、聞いてみる。ありがとう」
公私混同かと思いつつも、ジョーの電話を切ると財務部にかけ直した。
『Hello?』
仕事用の固い声に、思わず悪戯心がわく。
「Hi,Honey」
あくまで明るい声、ジョークに聞こえるレベルで言ったが、相手が言葉に詰まるのが分かった。
あ、これきっと真っ赤になってるな。見られなくて残念。
『……How can I help you?』
感情を押し殺し、できる限り冷たく言っているのが分かる。俺は噴き出すのを堪えながら、ジョーにしたのと同じ話を繰り返した。
『11年前ねぇ。全くないわけじゃないと思うけど。いつまでに必要?』
「なるべく早く。遅くても今週中」
そうでなければ、対応が進められない。
『分かった。調べてみるね』
橘の答えを聞いて、お礼と共に電話を切った。
パソコンに社内メッセージの新着を知らせる通知が表示される。クリックすると、ジョーから。
【電話、ちゃんと出てくださいね!】
よほど話したいことがあるらしいと苦笑して、OKと返事を打つ。送信したとき、もう一件新着メッセージが表示された。送信者は名取さん。
【うちの妹、ゆでだこになって目元口元ゆるゆるなんやけど。どないしてくれます?】
俺はうっかり噴き出した。
【写メ撮って送ってください】
返事はすぐ来た。
【カップルの仲良しこよしにつき合わせんといて】
それもそうだ。
俺は微笑むと、明日行く北九州織物組合について勉強することにした。
2
あなたにおすすめの小説
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
君に恋していいですか?
櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。
仕事の出来すぎる女。
大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。
女としての自信、全くなし。
過去の社内恋愛の苦い経験から、
もう二度と恋愛はしないと決めている。
そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。
志信に惹かれて行く気持ちを否定して
『同期以上の事は期待しないで』と
志信を突き放す薫の前に、
かつての恋人・浩樹が現れて……。
こんな社内恋愛は、アリですか?
シンデレラは王子様と離婚することになりました。
及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・
なりませんでした!!
【現代版 シンデレラストーリー】
貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。
はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。
しかしながら、その実態は?
離婚前提の結婚生活。
果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
友達の肩書き
菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。
私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。
どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。
「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」
近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる