モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第二章 はなれる

65 報告要請

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 始業後、ジョーから電話があった。
『なんか、少し進展があったらしいですね。おめでとうございます。で、マイクから伝言なんですけど、週末、様子報告しに戻って来いって。週末って言ったって今日木曜なんですけどね』
「……明日戻って来いってこと?」
『ようするに、そういうことです』
 俺は人使いの荒さにやれやれと肩を落とした。
「それ、経費ちゃんと出んの」
『え、もちろん九州支部持ちです』
「……えーと。俺が交渉しろってこと?」
『マーシーにかかればお茶の子さいさい、でしょ?』
 でしょ、じゃねぇよ。ふざけんな。
 俺は嘆息しながら電話を切ると、課長の上家さんに事情を話した。
「まあ、そうだよね。どれくらい時間かかるか分からないって言ってたところが、一週間足らずで前進しちゃったし」
 上家さんは苦笑する。
「えーと。そうなると、俺って本社に戻った方がいいんですかね」
「そりゃ、山口会長次第だろ」
 横から口を出したのは阿久津だ。
「今日の午後だって、俺とお前は必ず来るよう言われてんだろ。お前がいなくなってご機嫌損ねられても困る」
 確かにそれもそうだ。
「今のところ、君の立場はまだ本社付きだからね。事業部の方の気持ちも分かる。今日の午後の話も含めて、明日報告しておいで。昼頃の便を庶務課に手配してもらおう」
「すみません。ありがとうございます」
 俺が礼を言うと、阿久津がにやりとした。
「事業部にはお前が言って。財務部には俺が言っとくから」
「財務部は関係ねぇだろ」
 阿久津が要らん気を回す気配を感じて牽制するが、当人は全く聞く耳持たず、鼻歌すら歌いながらパソコンのキーボードを叩き始めた。

 福岡織物組合へは、阿久津の運転で俺と上家さん、そして江原さんが足を運んだ。
「どうもこの度は」
 上家さんが挨拶しようとするのを手で遮って、山口会長は座るよう勧めた。
 俺たちが腰掛けるのを見ながら、山口会長も座る。
「話はだいたい分かっとう。一度通った道やけん」
 山口夫人、花子さんが、何も言わずにいつも通りお茶を出してくれた。
「……で、あんたたちは信じられるっちゅう証拠はどこにあるんかね」
「今回の話は本社からの希望が強いんです」
 言ったのは阿久津だった。
「だから、前回のように、決定事項をひっくり返されることはありません」
 力強く断言する。山口会長はふんと鼻息を立てて腕を組み、椅子の背にもたれ掛かった。
「じゃあ、もしひっくり返ったときには、どう責任を取る。ーー経営が危なくなる会社が出たら、あんたが立て直してくれるんか」
「……それは」
 阿久津はたじろいだ。
 山口会長はふんと鼻で笑う。
「あんたたちがどれだけの覚悟があるのか分からんが、あんたがたがやったことを、今回うちらがやったとて、文句は言えんわな」
「……確かに」
 思わず小さく頷く江原さん。
「そういうことをしたんよ、あんたがたの会社は。ーーもう、忘れちゃいかんぞ」
 俺たちが小さくなったとき、応接室のドアが急に開いた。
「こんにちは!お兄さん来てるの?」
 ぎょっとして見やると、ヒカルが肩で息をしながら立っている。
「車あったからもしかしてと思って。また外で待ってるね!」
 言うだけ言って、答えも待たずにドアを締めた。
 唖然としている俺たちを余所に、遠ざかる足音。
「……今のがお孫さん?」
「ええ……」
 上家さんに頷く俺の前で、山口会長は肩を竦めた。
「やれやれ」
 嘆息混じりに呟いて、昨日渡した俺の名刺を取り出す。それをひらひらと振りながら、
「神崎さんとやらは、他のメンバーと肩書が違うな」
「はい。一応、本社からの応援社員なんで」
「ちゅうことは、また東京に戻るんか。いつ?」
「……今回の話が、落ち着き次第です」
 嫌な予感がしながら答えると、山口会長は満足げに微笑した。
「落ち着き次第、なぁ」
 ひらひらと俺の名刺を振り、机に置く。
「なら、ギリギリまで振り回そうかのぅーーあの子が落ち着くまで」
 俺と同じフレーズをあえて使った山口会長は、挑発的な目で俺たちを見据えた。
「そうなると、神崎を帰すわけにはいきませんな」
 形だけ、やれやれというポーズをとりながら、阿久津がなぜかにやりとして応じる。
 山口会長は満足げに言った。
「本社にもそう言うとけ。しばらくはこっちでご機嫌伺いをするとな」
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