モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

文字の大きさ
66 / 126
第二章 はなれる

66 周知の事実

しおりを挟む
「何すか、それ」
 金曜の午後。羽田空港から本社に着く頃には、ちょうどお茶の時間になってしまった。クリスはそれならばと、俺の手土産を味わいながら報告を聞く形を整えた。
 上司のマイクとチーフのクリス、そして俺の仕事を継いだジョーに、ミーティング用テーブルを囲んで事情を告げると、俺の話をあらかた聞き終わるなり、真っ先に口を開いたのはジョーだった。短い髪を掻きながら、あけすけに言う。
「もしかして、女の子だったりします?その中学生」
「男だよ。お前と一緒にすんな」
「やめてくださいよ。俺は未成年は射程距離範囲外です」
 そんなこと聞いてねぇし聞きたくもねぇ。
 思いながらボスであるマイクを見ると、彼も苦笑していた。
「そういうことなら、とりあえず数ヶ月は戻って来れなそうだね。ーーまさか、そんな理由で君が戻ってこられなくなるとは思わなかったけど」
「俺もです」
 取引先の孫が、新しい環境に慣れるまで。
 ーーそんな訳の分からない理由で滞在が伸びるとは、誰も想像しないだろう。
「今、ウィークリーマンションなんすよね。どーすんすか」
「マンスリーマンション借りっかなぁ。一年はいないだろうし」
 ジョーに答えながら、都内の家をどうするか考えていた。解約するにも急過ぎるが、頻繁に帰れるとも思えない。とりあえず必ずしも必要ないものは実家に置いておくか。
 ああ、そうだ。隼人にも言っておこう。結婚式は春先の週末だが、仕事の状況次第では日帰りになるかもしれない。
 とりあえずそれぞれの机へと戻ると、隣のジョーがしみじみ言った。
「でも、大変ですね。せっかくいい時期なのに」
「いい時期?」
 1月中旬の何がいい時期だというのか。いぶかしむと、ジョーはへらりと笑った。
「だってそうでしょ。今、一番楽しいときじゃないですか。一週間とか、それくらい?」
「一体何の話をーー」
 ーーちょっと待て。
「ジョー。ちょっとこっち来い」
「痛て、痛いっすよ!何すか、ちょ、マーシーってば!」
 文句を言うジョーの首根っこを問答無用で掴み、引きずりながら廊下へ出た。
「で、お前今何の話をしてたんだ?」
「え?もうほとんど周知の事実ですよ。財務部のエースとうちのホープがいい仲だって。少なくとも、このフロアでは」
 俺は膝から力が抜けそうになるのをかろうじて留めた。
 思わず額を押さえる。落ち着け。落ち着くんだ俺。
「それは……一体、誰から」
「山崎部長です」
 ーーあの狸親父……。
 カタカナ英語の愛想のいい上司の顔を思い浮かべ、半ば殺意に似た感情が沸き上がる。
「山崎部長は誰から」
「えーと、多分」
 ジョーは首を小さく傾げて、頬を赤らめた。
 ーー正直、キモい。
「ヨーコさんだと思います」
 俺はその顔から、先日ジョーの電話での話を思い出した。もしかして、名取さんとのアレコレを思い出しての赤面か?
 たった一週間でこの状態とは。外堀を埋められたも同じだ。
 ーー仕事、しにくくなってねぇかな。
 橘のことを思う。今晩は、宣言通り夕飯を作ってやると約束していた。
 俺は嘆息してジョーを解放すると、首を振りながら自席に戻った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」 そう言ってグッと肩を抱いてくる 「人肌が心地良くてよく眠れた」 いやいや、私は抱き枕ですか!? 近い、とにかく近いんですって! グイグイ迫ってくる副社長と 仕事一筋の秘書の 恋の攻防戦、スタート! ✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼ 里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書 神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長 社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい ドレスにワインをかけられる。 それに気づいた副社長の翔は 芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。 海外から帰国したばかりの翔は 何をするにもとにかく近い! 仕事一筋の芹奈は そんな翔に戸惑うばかりで……

幸せのありか

神室さち
恋愛
 兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。  決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。  哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。  担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。  とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。 視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。 キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。 ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。 本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。 別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。 直接的な表現はないので全年齢で公開します。

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

ヒロインになれませんが。

橘しづき
恋愛
 安西朱里、二十七歳。    顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。  そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。    イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。    全然上手くいかなくて、何かがおかしい??

ことりの上手ななかせかた

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
恋愛
堀井小鳥は、気弱で男の人が苦手なちびっ子OL。 しかし、ひょんなことから社内の「女神」と名高い沙羅慧人(しかし男)と顔見知りになってしまう。 それだけでも恐れ多いのに、あろうことか沙羅は小鳥を気に入ってしまったみたいで――!? 「女神様といち庶民の私に、一体何が起こるっていうんですか……!」 「ずっと聴いていたいんです。小鳥さんの歌声を」 小動物系OL×爽やか美青年のじれじれ甘いオフィスラブ。 ※小説家になろうに同作掲載しております

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...