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第三章 きみのとなり
116 適任者
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隼人の結婚式では、余興として二人のサークル仲間との合唱があった。橘の心配はほとんど杞憂で、俺に話しかけて来たのは隼人の男友達ばかりーーそれも「お噂はかねがね!」と喜々としてビール瓶を片手に回って来るものだから、食事もそこそこにビールで腹が膨れるくらいに飲まされるはめになった。隼人が「兄さんのおかげでお酌が分散されてよかった。ありがとう」と訳の分からないお礼をされたくらいだ。彼らの言う噂がどんなものなのかは怖くて聞けないが、聞かない方が自分の為だろうという気もする。
新郎新婦の和装とお色直し後の洋装を写真に撮り、橘に送ってやった。橘からは
【素敵ね。二人とも幸せそう。おめでとうって伝えて】
と返ってきた。
式が終わると、金屏風の前で参列者を見送った隼人が俺に声をかけた。立ち止まると白いタキシードの胸元に飾られた小さな花束を外し、俺に差し出す。
「女の人はブーケトスだけど、男もあっていいんじゃないかなって」
白いタキシード姿で花を手にした隼人は、我が弟ながら絵になる立ち姿だ。
ーー俺の後ろを、一所懸命ついて来ていた小さい弟が。
立派になって、と思わず涙ぐむ両親や姉の気持ちも分かる。七歳も離れていれば、おむつ替えやミルクの授乳、よちよち歩きはじめれば手を引いてやったりと、俺なりにかいがいしく世話したもんだ。ーー手を引いている途中で手を離して転ばせ、姉にボコボコにされたことも何度もあったが。
「ありがとう。おめでとう、隼人」
差し出された花を受け取りながら、温かい気持ちとともに感じる不安を禁じ得ない。
もし、橘の両親が俺を認めてくれなかったとしたら。
俺は一体どうなるんだろう?
いくら橘の気持ちを信じて余裕ぶっていても、思い出したように時々自分を揺さぶる感情は、誰にも話せるものではなかった。
「やっほー、マーシー」
翌朝、出社した俺に、相変わらずの緩いノリで声を掛けてきたのは山崎財務部長だった。
「おはようございます」
返した途端、隅の方にぐいぐいと引っ張られる。いぶかしみながらついていくと、山崎部長は声を潜め、
「で、どうなの。アーヤとはその後」
ひそひそと話す語調は茶化すようなものではない。俺は不思議に思いながらも、どう答えたものかと曖昧に応じた。
山崎部長はもーさぁ、と嘆息混じりに話し始めた。
「前飲み会で言われたんだよねぇ。『部長っ!私、結婚希望してますから!独身主義じゃないですから!で、結婚したらできれば三人子供産んで、ワーキングマザーになるんで、結婚したら財務部出してくれるよう人事に掛け合って下さい。お願いしますねっ!!』って」
ーーうわ、言ってそう。
俺は噴き出すのを堪え切れず、左手で口を押さえた。右手にバッグを持っていたからだが、
「あっ」
「え?……あ」
薬指には橘からのご要望の"虫よけ"。
「ちょっとぉ、ずいぶんしっかり進んじゃってるじゃない。報告ないけどぉ」
唇を尖らせて拗ねる山崎部長に苦笑する。
「いや、本当にまだ何も。親に会わせてもらえるか分からないくらいなんで」
山崎部長は俺の顔をじっと見ていたが、ふと笑った。
「腹くくったんだな」
「え?」
「二人が腹をくくったんなら、怖いもんはない。親御さんだって願うのは子の幸せだ。時間はかかってもいずれは分かってくれるよ」
急に包容力のあるところを見せたと思えば、またやれやれと肩を竦める。
「せっかく僕の片腕になってもらおうと思ってたのに。あれ、本気だったら、マーシーがちゃんと責任持って紹介してよ。後任」
残念ながら本気だろうなと思いつつ、ふと懐かしい顔が思い浮かんだ。
「後任に求める要素は?」
問うと、
「熱意と根気、体力気力、いざという時に武器になる愛嬌ある笑顔」
山崎部長が生真面目に答えた。俺は笑って、ああ、それならと頷く。
「いますよ、一人心当たりが」
山崎部長は興味を持ったようにちらりと目を上げた。
新郎新婦の和装とお色直し後の洋装を写真に撮り、橘に送ってやった。橘からは
【素敵ね。二人とも幸せそう。おめでとうって伝えて】
と返ってきた。
式が終わると、金屏風の前で参列者を見送った隼人が俺に声をかけた。立ち止まると白いタキシードの胸元に飾られた小さな花束を外し、俺に差し出す。
「女の人はブーケトスだけど、男もあっていいんじゃないかなって」
白いタキシード姿で花を手にした隼人は、我が弟ながら絵になる立ち姿だ。
ーー俺の後ろを、一所懸命ついて来ていた小さい弟が。
立派になって、と思わず涙ぐむ両親や姉の気持ちも分かる。七歳も離れていれば、おむつ替えやミルクの授乳、よちよち歩きはじめれば手を引いてやったりと、俺なりにかいがいしく世話したもんだ。ーー手を引いている途中で手を離して転ばせ、姉にボコボコにされたことも何度もあったが。
「ありがとう。おめでとう、隼人」
差し出された花を受け取りながら、温かい気持ちとともに感じる不安を禁じ得ない。
もし、橘の両親が俺を認めてくれなかったとしたら。
俺は一体どうなるんだろう?
いくら橘の気持ちを信じて余裕ぶっていても、思い出したように時々自分を揺さぶる感情は、誰にも話せるものではなかった。
「やっほー、マーシー」
翌朝、出社した俺に、相変わらずの緩いノリで声を掛けてきたのは山崎財務部長だった。
「おはようございます」
返した途端、隅の方にぐいぐいと引っ張られる。いぶかしみながらついていくと、山崎部長は声を潜め、
「で、どうなの。アーヤとはその後」
ひそひそと話す語調は茶化すようなものではない。俺は不思議に思いながらも、どう答えたものかと曖昧に応じた。
山崎部長はもーさぁ、と嘆息混じりに話し始めた。
「前飲み会で言われたんだよねぇ。『部長っ!私、結婚希望してますから!独身主義じゃないですから!で、結婚したらできれば三人子供産んで、ワーキングマザーになるんで、結婚したら財務部出してくれるよう人事に掛け合って下さい。お願いしますねっ!!』って」
ーーうわ、言ってそう。
俺は噴き出すのを堪え切れず、左手で口を押さえた。右手にバッグを持っていたからだが、
「あっ」
「え?……あ」
薬指には橘からのご要望の"虫よけ"。
「ちょっとぉ、ずいぶんしっかり進んじゃってるじゃない。報告ないけどぉ」
唇を尖らせて拗ねる山崎部長に苦笑する。
「いや、本当にまだ何も。親に会わせてもらえるか分からないくらいなんで」
山崎部長は俺の顔をじっと見ていたが、ふと笑った。
「腹くくったんだな」
「え?」
「二人が腹をくくったんなら、怖いもんはない。親御さんだって願うのは子の幸せだ。時間はかかってもいずれは分かってくれるよ」
急に包容力のあるところを見せたと思えば、またやれやれと肩を竦める。
「せっかく僕の片腕になってもらおうと思ってたのに。あれ、本気だったら、マーシーがちゃんと責任持って紹介してよ。後任」
残念ながら本気だろうなと思いつつ、ふと懐かしい顔が思い浮かんだ。
「後任に求める要素は?」
問うと、
「熱意と根気、体力気力、いざという時に武器になる愛嬌ある笑顔」
山崎部長が生真面目に答えた。俺は笑って、ああ、それならと頷く。
「いますよ、一人心当たりが」
山崎部長は興味を持ったようにちらりと目を上げた。
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