115 / 126
第三章 きみのとなり
115 弟の結婚式
しおりを挟む
橘にもらった指輪は、隼人の結婚式当日、白いネクタイを身につけると同時に、意を決してつけた。
左手の薬指にあるわずかな違和感に気を取られないようにしていたつもりが、新郎親族の控室に到着するなり、母があらと声をかけてくる。
「政人。指輪」
どうして女ってものはこういうちょっとした違いにしっかり気づくんだろう。
母に指摘されて俺は苦笑した。
「つけて行けって言われた」
両親には、プロポーズしたが、橘の両親からの反応待ちであると伝えてある。
それでも、「あんたがそう想える人ができたことが大事」とのんきに喜ぶ母だ。
「あらそう。見せて」
新郎新婦の母だけに許される黒留袖に身を包んだ母は、俺の方に手を差し出した。おとなしく左手を載せる。
「素敵なデザインね。今はデザインが色々でいいわよねぇ」
ね、お父さんと隣に立つ父に声をかけた。モーニングを着たーー緊張しているので着せられた感があるがーー父が、余裕なさげに頷く。
「それにしても、意外と似合ってるわね」
「……俺もそう思った」
苦笑して言うと、母は笑った。その笑顔は素直に嬉しそうでほっとする。
長男だというのに、隼人ほど立派な息子ではない自覚がある。が、やはり子としては親を悲しませたくないというのが自然な気持ちであり、曖昧な形であっても婚約したことに対して喜んでくれるのは嬉しい。
「あれーっ。政人、結婚しはったん?」
ドアが開いて、手洗いに立っていた栄太郎が駆け寄ってきた。付き添っていた姉が目を丸くする。
「あら。いつの間に」
いつの間に、じゃねぇよ。してないから。まだ。
訂正しようと口を開きかけると、
「まあ、あんたの歳なら先に入籍でも全然アリよね」
姉は勝手に納得している。
その隣で義兄の孝次郎さんが苦笑した。
「一方的に決め付けるのはようないで。政人くん、そういうところはきちっとしはりそうやけどな」
義兄の方が俺のことを分かってくれているらしい。俺は何も言わず頷いて苦笑した。
「首輪と一緒ね。飼い主がいますって」
誰とは言っていないのに、姉の中ではしっかり決定事項なようだ。本当のことなので訂正はしないが。
なんで弟の結婚式当日に、犬扱いされないといけないわけ。そう思うが口にはしない。隣の義兄が憐憫の目で見てくれているのが唯一の救いだ。
「確かに、男性にもあってもいいわよね、婚約指輪」
くすくすと姉が笑う。その薬指には、結婚指輪に重ねて見慣れない指輪がついている。
「それ、婚約指輪?」
「うん、そう。こういうときでもないとつけないから」
姉は大きめのダイヤがついた指輪を撫でた。いかにも婚約指輪然としたデザインだ。
「婚約中はほとんど嵌めなかったくせに」
「だって、このデザインじゃ邪魔になるもの」
唇を尖らせた義兄に姉が答える。とりあえずそれがついた左手で殴られるのは避けたいので、今日一日は逆らうまいと心に誓った。それにしても、と姉は俺の薬指をまじまじと見てくる。
「虫よけにしては本気過ぎるデザインだけど。ま、あんたもそれ分かってつけてるんでしょ」
姉は華やかな笑顔を浮かべ、俺の肩をとんと叩いた。
「おめでとう」
「気が早ぇよ」
照れ臭さも手伝ってぶっきらぼうに応じると、姉は緩やかに首を振った。
「結婚そのものより、そう思える人に出会ったことが大事でしょ」
母と同じようなことを言っている。思いの外大人な物言いに、俺は黙る。
「橘さんなら、あなたと一緒に成長していけそうね」
そのときの姉の微笑みを、俺は初めて綺麗だと思った。
左手の薬指にあるわずかな違和感に気を取られないようにしていたつもりが、新郎親族の控室に到着するなり、母があらと声をかけてくる。
「政人。指輪」
どうして女ってものはこういうちょっとした違いにしっかり気づくんだろう。
母に指摘されて俺は苦笑した。
「つけて行けって言われた」
両親には、プロポーズしたが、橘の両親からの反応待ちであると伝えてある。
それでも、「あんたがそう想える人ができたことが大事」とのんきに喜ぶ母だ。
「あらそう。見せて」
新郎新婦の母だけに許される黒留袖に身を包んだ母は、俺の方に手を差し出した。おとなしく左手を載せる。
「素敵なデザインね。今はデザインが色々でいいわよねぇ」
ね、お父さんと隣に立つ父に声をかけた。モーニングを着たーー緊張しているので着せられた感があるがーー父が、余裕なさげに頷く。
「それにしても、意外と似合ってるわね」
「……俺もそう思った」
苦笑して言うと、母は笑った。その笑顔は素直に嬉しそうでほっとする。
長男だというのに、隼人ほど立派な息子ではない自覚がある。が、やはり子としては親を悲しませたくないというのが自然な気持ちであり、曖昧な形であっても婚約したことに対して喜んでくれるのは嬉しい。
「あれーっ。政人、結婚しはったん?」
ドアが開いて、手洗いに立っていた栄太郎が駆け寄ってきた。付き添っていた姉が目を丸くする。
「あら。いつの間に」
いつの間に、じゃねぇよ。してないから。まだ。
訂正しようと口を開きかけると、
「まあ、あんたの歳なら先に入籍でも全然アリよね」
姉は勝手に納得している。
その隣で義兄の孝次郎さんが苦笑した。
「一方的に決め付けるのはようないで。政人くん、そういうところはきちっとしはりそうやけどな」
義兄の方が俺のことを分かってくれているらしい。俺は何も言わず頷いて苦笑した。
「首輪と一緒ね。飼い主がいますって」
誰とは言っていないのに、姉の中ではしっかり決定事項なようだ。本当のことなので訂正はしないが。
なんで弟の結婚式当日に、犬扱いされないといけないわけ。そう思うが口にはしない。隣の義兄が憐憫の目で見てくれているのが唯一の救いだ。
「確かに、男性にもあってもいいわよね、婚約指輪」
くすくすと姉が笑う。その薬指には、結婚指輪に重ねて見慣れない指輪がついている。
「それ、婚約指輪?」
「うん、そう。こういうときでもないとつけないから」
姉は大きめのダイヤがついた指輪を撫でた。いかにも婚約指輪然としたデザインだ。
「婚約中はほとんど嵌めなかったくせに」
「だって、このデザインじゃ邪魔になるもの」
唇を尖らせた義兄に姉が答える。とりあえずそれがついた左手で殴られるのは避けたいので、今日一日は逆らうまいと心に誓った。それにしても、と姉は俺の薬指をまじまじと見てくる。
「虫よけにしては本気過ぎるデザインだけど。ま、あんたもそれ分かってつけてるんでしょ」
姉は華やかな笑顔を浮かべ、俺の肩をとんと叩いた。
「おめでとう」
「気が早ぇよ」
照れ臭さも手伝ってぶっきらぼうに応じると、姉は緩やかに首を振った。
「結婚そのものより、そう思える人に出会ったことが大事でしょ」
母と同じようなことを言っている。思いの外大人な物言いに、俺は黙る。
「橘さんなら、あなたと一緒に成長していけそうね」
そのときの姉の微笑みを、俺は初めて綺麗だと思った。
2
あなたにおすすめの小説
シンデレラは王子様と離婚することになりました。
及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・
なりませんでした!!
【現代版 シンデレラストーリー】
貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。
はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。
しかしながら、その実態は?
離婚前提の結婚生活。
果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。
君に恋していいですか?
櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。
仕事の出来すぎる女。
大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。
女としての自信、全くなし。
過去の社内恋愛の苦い経験から、
もう二度と恋愛はしないと決めている。
そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。
志信に惹かれて行く気持ちを否定して
『同期以上の事は期待しないで』と
志信を突き放す薫の前に、
かつての恋人・浩樹が現れて……。
こんな社内恋愛は、アリですか?
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
先輩、お久しぶりです
吉生伊織
恋愛
若宮千春 大手不動産会社
秘書課
×
藤井昂良 大手不動産会社
経営企画本部
『陵介とデキてたんなら俺も邪魔してたよな。
もうこれからは誘わないし、誘ってこないでくれ』
大学生の時に起きたちょっとした誤解で、先輩への片想いはあっけなく終わってしまった。
誤解を解きたくて探し回っていたが見つけられず、そのまま音信不通に。
もう会うことは叶わないと思っていた数年後、社会人になってから偶然再会。
――それも同じ会社で働いていた!?
音信不通になるほど嫌われていたはずなのに、徐々に距離が縮む二人。
打ち解けあっていくうちに、先輩は徐々に甘くなっていき……
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる