さくやこの

松丹子

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第一章 こちふかば

38 アラフォー色魔

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 向こうの席に腰掛ける神崎さんを見ながら、咲也は切なげなため息をついた。
「……えっろ。あれでノンケとか。アラフォーとか。信じらんない」
 全っ然分からん。
 そう思っていたのが伝わったらしい。咲也は私の興味なさげな横顔を見て訝しい顔をした。
「あきちゃん、ほんとに全然何とも思わないの?」
「全然何とも」
「えー」
 言って、また神崎さんに目線を戻す咲也。その目はぎらぎらーーいや、キラキラしながら神崎さんの一挙一動をガン見している。咲也の横顔から神崎さんに目線を移し、私はまた焼酎を一口流し込んだ。
「はー」
 咲也はまた何とも言えないため息をついて口元にサングリアを運んだ。彼の熱視線に気づいたのか、神崎さんがこちらに目を向けにこりと笑って近づいてくる。隣で咲也が緊張したのが分かった。
「おーい、江原。どうした?」
 ぐしゃりと乱暴に頭を掻き回された。
「っめてくださいよ」
 結構本気で毒づき、手を払うと笑われる。咲也が羨ましそうな目で私を見ている。いや、何その羨ましそうな目。羨ましくないよ。暴力だよ暴力。ていうかそんな物欲しそうな目してたらバレるよ?バレてもいいの?
「すみませーん、通りまーす」
「っと」
 店員さんが飲み物を運んできた。神崎さんが身体を咲也の方に寄せて道を開ける。咲也の肩先に神崎さんの溝落ちが触れた。途端に動揺した咲也は顔を覆って机に肘をつく。
「え?あれ、どうした?気分でも悪いか?」
 神崎さんは心配そうに咲也の肩に手を置き身を屈めた。顔を覗き込むようにするが、それ逆効果。逆効果だよ神崎さん。思うけど言うに言えないのでグラスを煽る。
 焼酎と思えない飲み方だと言われる勢いでぐびぐびっと飲み干し、ぷはーと息を吐き出すと、呆れたような神崎さんの顔が見えた。
「お前な。連れが具合悪そうにしてんのに、それどうなの」
「連れぇ?」
 私は怪訝に眉を寄せる。確かに咲也とは仲良しだけど、私も彼もソウイウ気はないのだ。だって彼が好きなのは男なわけだし。
「いや、ほんと大丈夫です。すみません」
 神崎さんと私のプチ険悪ムードを察した咲也は、顔から手を離して慌てて言った。神崎さんはにこりと微笑む。
「そう?あんまり無理すんなよ」
 ぽんぽん、と咲也の肩を叩き、また元の席へ去っていく。まあ、普通の年下男子だったらその対応で正解だろう。いいお兄ちゃんという感じだ。だが咲也はそうではない。恋する乙女な男子なのであるからして、その動作はどうなのよ。
「……くは」
 精根尽きたとでもいうように、咲也がうなだれた。
「……もはや凶器……」
 話しながらも、神崎さんの後ろ姿を咲也の目が追っている。その視線が熱っぽくてちょっといけないものを見てる気分でドキドキする。
「あれ、無自覚なんだよね?」
 咲也の視線がなんとなくヒップに行っている気がするのは気のせいか。男が男の色気を感じるのってどこなんだろうと若干の興味が沸くが、様子を伺うに留める。
「まあね。昔からああだから」
 あっさり人を魅了し心を掴んでしまう。あれはほとんど筋金入りと言っていい。
「相当、勘違いされたんじゃないの?」
 問いを聞きつつ焼酎ボトルに手を伸ばす。咲也が気づいて酌をしようと手を出したので、甘えることにして瓶を渡した。
「ロック?」
「それ以外の選択が?」
「飲むねぇ」
 肝臓大丈夫なのと言いながら、咲也がとぽとぽと焼酎を注いでくれる。
「ーー勘違い、ねぇ」
 言われて考える。女性について言えば、独身時代は彼なりに距離を置いて接していたが、結婚してからはあんまり気にしていないようだーーとは阿久津センパイ談。私も実際そう思う。なんか私は初期の段階から女扱いされてなかったけど、まあそれはお互い様だろう。でも男に対してどうだったかは知らない。あんまり気にしてなかったんじゃないかと予測すると、隣の青年のような被害者を多量排出していた可能性は否めない。
 ったく、あのアラフォー色魔が。
 思ってから、なかなかのネーミングだと内心自画自賛する。アラフォー色魔。いつかいじってやろうとにやついたとき、咲也がまた呟いた。
「はぁ……眼福」
 語尾にハートマークを感じてぎくりと肩を竦める。自覚があったのか、咲也がごめんと笑って謝った、その顔が赤いのは酒だけのせいじゃないだろう。
 そう思いつつ、私はまた黙って焼酎を口内に流し込んだ。
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