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第一章 こちふかば
09 無言の惚気の破壊力
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会話している間に、ヨーコさんが持ってきたラザニアを切り分けて皿に盛ってくれた。暖かい湯気が立ち私の頬が緩む。
「うはー。あったまりそう」
「寒かったやろ。一人で退屈やったな」
「いえ、そんなことないです。咲也くんと話したりしてたし」
私が後ろにいる咲也くんを示すと、ヨーコさんはちらりと目を上げた。ヨーコさんはじぃっと相手の目を見るのが癖だ。切れ長だけれど黒目がちな目は、見つめられるとちょっとドキドキする。同性でもそうなのだから、異性なら尚更ーーそれこそ、勘違いする人も多いに違いない。色気という点では、女版神崎さんだ。
「はじめまして」
ちょっとうろたえた咲也くんが微笑んだ。
ヨーコさんはじぃとその顔を見ていたが、じわりと口角を上げる。
「ーーふふ」
ワインの入ったコップを手に、愉快そうに笑った。
「名前は?」
「お、大澤咲也です」
「さよか。うちはヨーコて呼んでええよ。この大型犬はジョー。この子はアキちゃん、悠人くんと健人くん」
ゆっくりではあるが、珍しく多弁な説明だ。
夫をさらりと大型犬と表現するのはさすがだけど、いつものことなのでスルーしておく。
あまりの意外さに、私は目を瞬かせながら二人の様子を伺っていた。
「ーーで、マーシー」
「政人さん、でしたよね」
「ああ、もう自己紹介したんやな。ならそう呼び」
にこり、とヨーコさんは笑った。
いつも男性には警戒して自分から近づかない人なのに、どうしたんだろう。咲也くんが無害そうだからかな。
「サクヤくん。綺麗な響きの名前やな」
ヨーコさんは微笑んで、夫の作ったラザニアを食べ始めた。子ども二人とシートを離れようとしていた安田さんがその表情を見ている。
「ーー美味しい。ジョー、おおきに」
一口咀嚼した後、ふわりとした微笑みと共に夫に告げると、安田さんの頬が上気した。
「どういたしまして」
安田さんが甘ったるい目で微笑みを返し、
「よーし、行くぞー。広場まで競争!」
「わー!」
「砂埃立てないように行けよー」
神崎さんの声が三人の背中を追った。
その姿を見送って、私は知らぬ間に止まっていた息を吐き出す。息を止めた元凶であるヨーコさんは幸せそうにラザニアをぱくついている。
その横顔から、ちらりと視線を咲也くんに向けると目が合った。どちらからともなく苦笑する。
「悪いね。当てられた?」
「ちょっと。いつも、あんな感じで?」
「うーん、まあそうかな」
神崎さん夫妻は普段から激甘だけれど、安田夫妻は普段、割と淡泊な分、時々見せる甘さの破壊力が凄まじい。私と同じく独身の阿久津先輩はときどきぼやくくらいだーー「あの二組の夫婦と一緒にいると、自分がドMじゃないかという気がしてくる」。名言である。
「マーシー。アーヤにも持ち帰る?」
「残ったらでいいっすよ。ラザニア好きだから喜ぶだろうけど。無くなったらまた作ります」
「さよか」
神崎さんがハイボールをあおる。
「ワイン、少し貰おうかな」
「珍しいな」
「ええ。たまには」
ヨーコさんがボトルを傾け、神崎さんが受けた。
酒を注ぎ、受ける。その動作に、二人の育ちの良さが透けて見える。
特にヨーコさんは日本舞踊をやっていたらしいので、時々動作が舞のように見えるのだ。
「……あきちゃん、て呼んでも?」
不意に咲也くんが言った。私と同じ画を、同じ気持ちで眺めていたと何となく察する。
「いいよ。私も咲也くんて呼ぶ」
答えて覚めきった黒糖焼酎のお湯割を飲み干し、コップをぐいと差し出した。
「せんぱーい。私もワインー」
「お前は専用ボトルがあるだろ」
「たまにはいいじゃないですかー」
「ええよ。栓抜いたら飲み切らな勿体ない」
ヨーコさんが笑って私のコップにワインを注ぐ。
「僕も便乗しても?」
咲也くんが控えめに言うと、
「もちろん」
私とヨーコさんの声が重なった。
「何も持ってきてない奴が言うな」
「でも場所取りしたのは私ですー。それに、お湯持ってきたし!何も持ってきてなくないし!」
ヨーコさんは笑いながら、咲也くんのコップに赤ワインを注いだ。
「うはー。あったまりそう」
「寒かったやろ。一人で退屈やったな」
「いえ、そんなことないです。咲也くんと話したりしてたし」
私が後ろにいる咲也くんを示すと、ヨーコさんはちらりと目を上げた。ヨーコさんはじぃっと相手の目を見るのが癖だ。切れ長だけれど黒目がちな目は、見つめられるとちょっとドキドキする。同性でもそうなのだから、異性なら尚更ーーそれこそ、勘違いする人も多いに違いない。色気という点では、女版神崎さんだ。
「はじめまして」
ちょっとうろたえた咲也くんが微笑んだ。
ヨーコさんはじぃとその顔を見ていたが、じわりと口角を上げる。
「ーーふふ」
ワインの入ったコップを手に、愉快そうに笑った。
「名前は?」
「お、大澤咲也です」
「さよか。うちはヨーコて呼んでええよ。この大型犬はジョー。この子はアキちゃん、悠人くんと健人くん」
ゆっくりではあるが、珍しく多弁な説明だ。
夫をさらりと大型犬と表現するのはさすがだけど、いつものことなのでスルーしておく。
あまりの意外さに、私は目を瞬かせながら二人の様子を伺っていた。
「ーーで、マーシー」
「政人さん、でしたよね」
「ああ、もう自己紹介したんやな。ならそう呼び」
にこり、とヨーコさんは笑った。
いつも男性には警戒して自分から近づかない人なのに、どうしたんだろう。咲也くんが無害そうだからかな。
「サクヤくん。綺麗な響きの名前やな」
ヨーコさんは微笑んで、夫の作ったラザニアを食べ始めた。子ども二人とシートを離れようとしていた安田さんがその表情を見ている。
「ーー美味しい。ジョー、おおきに」
一口咀嚼した後、ふわりとした微笑みと共に夫に告げると、安田さんの頬が上気した。
「どういたしまして」
安田さんが甘ったるい目で微笑みを返し、
「よーし、行くぞー。広場まで競争!」
「わー!」
「砂埃立てないように行けよー」
神崎さんの声が三人の背中を追った。
その姿を見送って、私は知らぬ間に止まっていた息を吐き出す。息を止めた元凶であるヨーコさんは幸せそうにラザニアをぱくついている。
その横顔から、ちらりと視線を咲也くんに向けると目が合った。どちらからともなく苦笑する。
「悪いね。当てられた?」
「ちょっと。いつも、あんな感じで?」
「うーん、まあそうかな」
神崎さん夫妻は普段から激甘だけれど、安田夫妻は普段、割と淡泊な分、時々見せる甘さの破壊力が凄まじい。私と同じく独身の阿久津先輩はときどきぼやくくらいだーー「あの二組の夫婦と一緒にいると、自分がドMじゃないかという気がしてくる」。名言である。
「マーシー。アーヤにも持ち帰る?」
「残ったらでいいっすよ。ラザニア好きだから喜ぶだろうけど。無くなったらまた作ります」
「さよか」
神崎さんがハイボールをあおる。
「ワイン、少し貰おうかな」
「珍しいな」
「ええ。たまには」
ヨーコさんがボトルを傾け、神崎さんが受けた。
酒を注ぎ、受ける。その動作に、二人の育ちの良さが透けて見える。
特にヨーコさんは日本舞踊をやっていたらしいので、時々動作が舞のように見えるのだ。
「……あきちゃん、て呼んでも?」
不意に咲也くんが言った。私と同じ画を、同じ気持ちで眺めていたと何となく察する。
「いいよ。私も咲也くんて呼ぶ」
答えて覚めきった黒糖焼酎のお湯割を飲み干し、コップをぐいと差し出した。
「せんぱーい。私もワインー」
「お前は専用ボトルがあるだろ」
「たまにはいいじゃないですかー」
「ええよ。栓抜いたら飲み切らな勿体ない」
ヨーコさんが笑って私のコップにワインを注ぐ。
「僕も便乗しても?」
咲也くんが控えめに言うと、
「もちろん」
私とヨーコさんの声が重なった。
「何も持ってきてない奴が言うな」
「でも場所取りしたのは私ですー。それに、お湯持ってきたし!何も持ってきてなくないし!」
ヨーコさんは笑いながら、咲也くんのコップに赤ワインを注いだ。
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