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第一章 こちふかば
17 色香に迷う
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「かんぱーい」
若干の気まずさを感じつつ居酒屋に入った私たちは、それぞれ飲み物を頼んだ。
乾杯の音頭は頼まずとも安田さんが引き受けてくれる。
時に呆れるほどの安田さんの明るさだが、こういうときには大変ありがたい。
しかしその気まずさを作ったヨーコさんは気負いも何もない。いつも通りおっとりと、優雅さすら感じるほど綺麗な手つきで杯を手にしている。
揃った指先、桃色の爪。マニキュアをしているとは聞かないのに、その色艶は少女のようで、処女性すら感じさせる。……いや、自分で言ってて気恥ずかしくなってきたけど、とにかく彼女の豊満な体型と不釣り合いながら、とても色気を感じる指先だ。
いいなー、色気があって。
完全に傍観者の気分で相変わらず黒糖焼酎を口にする。暖かい店内でわざわざ薄める必要はないのでロックで。
頼んだとき、いきなり?って咲也くんが笑ってたけどこれが私の標準である。男に媚びる気などさらさらない――媚びる余地がある男がこの場にいるかどうかはさて置き。
先ほどのヨーコさんとの意味深なやりとりに、ついつい咲也くんを観察してしまう。もともと恋仲になろうと思って近づいた訳ではない。そういう意味では彼の性志向がどうあれ関係はないのだが、そういう人が身近にいたことがないのでよくわからない。だから興味を持つ――
でも、それも勝手な話だ。彼がゲイであれバイであれ、なろうと思ってなった訳ではないだろう。たまたま気になる人が同性なだけ。私だって、今までときめきや性欲を感じる対象がたまたま異性だっただけだ。
思いながらふとヨーコさんの指先を見やる。同性なのにその姿に官能を覚えるのは性欲とは違うのだろうか。
「マーシー、やっぱり来れへんのやろか」
ヨーコさんが言ったとき、私の目線がその指先から口元に行っていたことに気づいてはっとした。と同時にヨーコさんと目が合う。切れ長の目が弓なりに曲がった――
聡明な彼女のことだ、私の不躾な目線と意図に気づいたに違いない。気まずさに俯くと、ヨーコさんがお皿につまみを取り分けてくれた。
「ちゃんと食べな、また風邪引くで」
言葉と別の思いやりを感じて苦笑する。それと同時に、今まで気づかなかったことにふと気づいた。
もしかして、この人は自分の色気が他人に与える影響を知っているのかもしれない。知っていて、つき合う人を選んでいるのかもしれない。夫の安田さん以外ーーアヤさんも神崎さんも、他人の色気には鈍感なたちだ。
まあ、神崎さんは自分自身が色気の塊みたいな人だから、あんまり参考になんないかもしれないけど。私にしてみたらその色気すらあまり実感がないのでよくわからない。
そこまで考えて、心中嘆息した。
あーあ、止め止め。こんなこと考えてたらせっかくのお酒に失礼だ。酒の場はとにかく楽しむべし!私のモットーの一つである。
スマホのバイブがメッセージの受信を告げた。見やると話題の神崎さんだ。
【悪い、やっぱり今日はやめとく。咲也くんによろしく伝えて。息子からのお礼渡したいらしいから、また改めて飲みに行こう。江原、企画よろしく】
この人もまた偉そうな。ちょっとだけイラッとする。
【分かりました。神崎さんの悪口で盛り上がることにします】
返すと、
【お手柔らかに頼むよ】
くぁっ。この余裕こいたスマートさがいちいち気に食わない。スマホの画面を見つつうぬぬと呻いていると、ヨーコさんが笑った。
「アキちゃん、百面相。マーシーから?」
「はい。やっぱりダメだって。次回よろしくって」
「次回……?」
咲也くんがためらいがちに首を傾げる。
「なんか息子さんからプレゼントがあるらしいよ、咲也くんに」
咲也くんは途端に笑顔になった。
「ああ、あの可愛い子たち。嬉しいな」
「ええなぁ。プレゼントなんて、うちももらったことないわ」
「俺もっすよ」
「それ言うなら私だって」
口々に言う。
子どもがいない我々にとって、神崎さんのお子さんたちはアイドルみたいなものだ。
神崎さんの子どもなのにーーいや、らしく、というべきかーー素直で可愛いお子さんたちなので、喜ぶ顔が見たくてついついおもちゃやお菓子を買い与えたくなる。
とはいえ各家庭の教育方針は様々なので、ご両親のお許しを得ずにあげることはできないが。
「あはは、人気者ですね。悠人くんと健人くん」
「だぁって、可愛いもん。神崎さんと違って」
「さよか?マーシーも可愛えと思うけど」
ヨーコさんの言葉に、私は思い切り渋面を作って無言のまま反意を示す。
「ヨーコさん、俺は?俺は?」
「あんたは黙っとき。肉食獣の癖して」
「肉食獣……」
安田夫妻のやりとりに、咲也くんが噴き出した。
若干の気まずさを感じつつ居酒屋に入った私たちは、それぞれ飲み物を頼んだ。
乾杯の音頭は頼まずとも安田さんが引き受けてくれる。
時に呆れるほどの安田さんの明るさだが、こういうときには大変ありがたい。
しかしその気まずさを作ったヨーコさんは気負いも何もない。いつも通りおっとりと、優雅さすら感じるほど綺麗な手つきで杯を手にしている。
揃った指先、桃色の爪。マニキュアをしているとは聞かないのに、その色艶は少女のようで、処女性すら感じさせる。……いや、自分で言ってて気恥ずかしくなってきたけど、とにかく彼女の豊満な体型と不釣り合いながら、とても色気を感じる指先だ。
いいなー、色気があって。
完全に傍観者の気分で相変わらず黒糖焼酎を口にする。暖かい店内でわざわざ薄める必要はないのでロックで。
頼んだとき、いきなり?って咲也くんが笑ってたけどこれが私の標準である。男に媚びる気などさらさらない――媚びる余地がある男がこの場にいるかどうかはさて置き。
先ほどのヨーコさんとの意味深なやりとりに、ついつい咲也くんを観察してしまう。もともと恋仲になろうと思って近づいた訳ではない。そういう意味では彼の性志向がどうあれ関係はないのだが、そういう人が身近にいたことがないのでよくわからない。だから興味を持つ――
でも、それも勝手な話だ。彼がゲイであれバイであれ、なろうと思ってなった訳ではないだろう。たまたま気になる人が同性なだけ。私だって、今までときめきや性欲を感じる対象がたまたま異性だっただけだ。
思いながらふとヨーコさんの指先を見やる。同性なのにその姿に官能を覚えるのは性欲とは違うのだろうか。
「マーシー、やっぱり来れへんのやろか」
ヨーコさんが言ったとき、私の目線がその指先から口元に行っていたことに気づいてはっとした。と同時にヨーコさんと目が合う。切れ長の目が弓なりに曲がった――
聡明な彼女のことだ、私の不躾な目線と意図に気づいたに違いない。気まずさに俯くと、ヨーコさんがお皿につまみを取り分けてくれた。
「ちゃんと食べな、また風邪引くで」
言葉と別の思いやりを感じて苦笑する。それと同時に、今まで気づかなかったことにふと気づいた。
もしかして、この人は自分の色気が他人に与える影響を知っているのかもしれない。知っていて、つき合う人を選んでいるのかもしれない。夫の安田さん以外ーーアヤさんも神崎さんも、他人の色気には鈍感なたちだ。
まあ、神崎さんは自分自身が色気の塊みたいな人だから、あんまり参考になんないかもしれないけど。私にしてみたらその色気すらあまり実感がないのでよくわからない。
そこまで考えて、心中嘆息した。
あーあ、止め止め。こんなこと考えてたらせっかくのお酒に失礼だ。酒の場はとにかく楽しむべし!私のモットーの一つである。
スマホのバイブがメッセージの受信を告げた。見やると話題の神崎さんだ。
【悪い、やっぱり今日はやめとく。咲也くんによろしく伝えて。息子からのお礼渡したいらしいから、また改めて飲みに行こう。江原、企画よろしく】
この人もまた偉そうな。ちょっとだけイラッとする。
【分かりました。神崎さんの悪口で盛り上がることにします】
返すと、
【お手柔らかに頼むよ】
くぁっ。この余裕こいたスマートさがいちいち気に食わない。スマホの画面を見つつうぬぬと呻いていると、ヨーコさんが笑った。
「アキちゃん、百面相。マーシーから?」
「はい。やっぱりダメだって。次回よろしくって」
「次回……?」
咲也くんがためらいがちに首を傾げる。
「なんか息子さんからプレゼントがあるらしいよ、咲也くんに」
咲也くんは途端に笑顔になった。
「ああ、あの可愛い子たち。嬉しいな」
「ええなぁ。プレゼントなんて、うちももらったことないわ」
「俺もっすよ」
「それ言うなら私だって」
口々に言う。
子どもがいない我々にとって、神崎さんのお子さんたちはアイドルみたいなものだ。
神崎さんの子どもなのにーーいや、らしく、というべきかーー素直で可愛いお子さんたちなので、喜ぶ顔が見たくてついついおもちゃやお菓子を買い与えたくなる。
とはいえ各家庭の教育方針は様々なので、ご両親のお許しを得ずにあげることはできないが。
「あはは、人気者ですね。悠人くんと健人くん」
「だぁって、可愛いもん。神崎さんと違って」
「さよか?マーシーも可愛えと思うけど」
ヨーコさんの言葉に、私は思い切り渋面を作って無言のまま反意を示す。
「ヨーコさん、俺は?俺は?」
「あんたは黙っとき。肉食獣の癖して」
「肉食獣……」
安田夫妻のやりとりに、咲也くんが噴き出した。
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