さくやこの

松丹子

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第一章 こちふかば

23 無遠慮な二人

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 スーツ姿で壁によりかかる色男はそれだけでも絵になった。私たち二人が近づいて行くと、スマホから目を上げて背を伸ばす。
「何食う?」
「高いもの」
「お前な」
 イチイチ振る舞いが様になるので、私もイチイチ茶化したくなる。神崎さんは呆れた顔で私を見た。
「名取さ……安田さんは何がいいですか」
「嫌やぁ。マーシーに安田さんなんて呼ばれとうない」
 ヨーコさんは柔らかそうな唇をわずかに尖らせて見せた。神崎さんは腹の底から息を吐き出し、額を押さえる。
「あのですねぇ。俺を何のダシにしてるんだか分かりませんけど……ていうか、どういう扱いなんですか、俺」
「言うなれば……うちのときめき?」
 小首を傾げた笑顔は少女のようで、私でもドキッとする可愛さだ。え?いいの?これ安田さん不在でやってていいの?
 私と同様、気まずいらしい神崎さんは、さすがに目を反らしてまた嘆息した。
「だからそういう冗談やめてくださいって。ジョーがいちゃもんつけて来るんですから」
「もしかして、それで安田さんが出張だとか何とか」
「それ以外に何がある」
 神崎さんは発生した面倒ごとには知らず知らず流される男だ。であれば面倒ごとが発生することを防ぐのが自然な自衛策ということか。
「結構考えてるんですね。神崎さんも、神崎さんなりに」
「なあお前さ、俺のこと何だと思ってるの。その上から目線一体どっから来るの」
「少年がそのまま大きくなったしょうもない人だと思ってます」
「お前に言われたくねぇ……」
 むむ?私だってその反応は大変不服である。
 ヨーコさんが笑った。
「だから縁が続くんやろうなぁ。お互い気ぃ使わへんから」
 言うと、私の袖を引く。
「行くで。そうやなぁ、あっちの方に紅茶の美味しい店があるんやけど、そこでもええ?軽食になってまうさかい、もの足りへんやろうか」
「足りなければコンビニでつまみ食いしながら帰りますから、いいですよ。江原は?」
「意義なーし」
 私は両手を挙げて賛成した。ヨーコさんの連れていってくれるお店は大概オシャレでなんとなく女子力が上がった気分になる。
「コンビニのつまみ食いも神崎さんのおごり?」
「……お前そんなに金ないの?」
 半眼で応じられて唇を尖らせた。
「一応確認しただけですよ」
「そうか?もしかして給料の大半を飲みつぶしてるんじゃないかと心配したんだけどな」
 私は無言で神崎さんを睨みつけたが、男は全然気にしていない風でスタスタ歩いて行ってしまった。
 いつかぎゃふんと言わせたい。ぎゃふんぎゃふん!
 いーっ、と背中に歯を剥き出しにしていると、ヨーコさんがまた軽やかな笑い声をたてた。
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