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第一章 こちふかば
33 人を笑わば穴二つ?
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晃さんのお店と私の自宅の最寄り駅は同じだが、方向が若干違う。だからこそ、夕飯を作る気になれないほど疲れて帰ったときにわざわざ寄る気にはなれず、気分と天気の休日にちょっと散歩しているときにはたまに前を通って気になっていたのだが、これまた昼なので営業時間外、というパターンだった。
そんなわけで咲也同伴で店を訪ねることになった私は、当日の朝、約束通り晃さんに連絡をした。
【今晩、お店行ってもいいですか?友達と二人です】
仕込みは昼から始めるという晃さんは朝が遅いと聞いていたので、案の定、返事があったのは昼頃だった。
【オッケー】
親指を立てたマークと共に返された返事はシンプルでホッとする。これで待ってるよとかなんとか、気の利く台詞があったなら、ちょっと行くのを考え直したところだ。
毎回毎回私の家に送ってくれる晃さんの好意がただの友人としてのそれなのか、男としてのそれなのか、私にはまだ分からない。あまりガツガツしている訳ではないというのは送り狼にならないことから分かるのだが、淡泊な人でもなさそうだというのは最近の距離感から察している。
様子次第ではそろそろ潮時かなぁ。
思いながらも決定打に欠ける。決定的な何かがあってからだとゼンさんのバーにも行きづらくなるだろうから、段々と木曜を避ける方が無難か。
でも今日行くお店が素敵だったらどうしよう。それこそ惜しいことをする。ーーいや、でもいいよね。とりあえず一回行ってみよう。元々行きたいなと思ってたんだし。
自分で自分を丸め込んで、駅前で咲也と合流した私は晃さんのお店に向かった。
「へぇ。ほんと、オシャレな感じだね」
晃さんのお店は大通りを一本入ったところにある。ブラウンを基調にし、暖色ライトに照らされた外観からは、大人な雰囲気が漂っている。
「何より、これこれ」
店前にはメニュー表が貼ってあるが、ドリンクリストだけは冊子が置いてある。これは宣伝のためなのか閉店していても置いてあるので、私も目を通したことがあるのだ。
「すごい量のメニューだね。よほどお酒好き?」
「多分。レストランバーって、ドリンクの種類もワインとかカクテルとかがメインでしょ。ここは結構焼酎も揃ってるんだよねー」
私がウキウキしていると、咲也が笑った。
「お酒の話してるとき、あきちゃんほんといい顔するよね」
「まあ趣味みたいなもんですから」
「お酒自体が?それともいろんなところで飲むことが?」
「両方かなぁ」
言いながら私は押し戸を開けた。中は四人掛けのテーブル席が三つ、カウンター席が五つ。奥には半個室があるらしい。
「いらっしゃいませ」
ウェイターの子が声をかけた。
「お二人ですか?」
問われて首を縦に振ると、
「いらっしゃい」
カウンターの中から晃さんの声がした。
「お邪魔します」
にこりと笑って言うと、笑顔が返って来たが、私の後ろにいる咲也を目にしてそれが一瞬引っ込む。
ーーフェードアウトコース決定。
その顔を見た瞬間思ったが、何も気づいていない振りをする。
「予約席通して」
「あ、はい。こちらへどうぞ」
特段予約した訳ではないのだが、半個室の席を取っておいてくれたらしい。テーブルとカウンター席の間を通り抜けて進む。通された半個室の部屋は、がんばれば六人座れそうなゆったりした空間だ。ダウンライトが一つ上から釣ってあり、手元を照らし出す。
「なんだ、友人て聞いてたから女の子だと思ってたよ」
「ああ、すみません。でも友人で間違いないから」
「そう?」
忙しいタイミングではなかったのだろう、晃さんが自らおしぼりを持って来てくれた。それを受け取りながら私はメニュー表を開く。
「オススメ何ですか?」
「日替わりカルパッチョとか、ムール貝とか」
「ああ、いいですね。それくださいーー咲也は?」
「どうしよう。どれも美味しそうだなぁ」
ついつい晃さんの顔を見まいとしているのは気まずいからだが、ほんわり笑う咲也の笑顔に癒されて私も表情が和らいだ。
「ゆっくり見たら。飲み物だけ先頼もうか」
「うん、ごめん。ありがとう」
「何にする?梅酒?サングリア?」
「カルパッチョとムール貝でしょーー白ワインとか」
「お、いいねぇ。たまには私もそうしよう」
私はようやく晃さんの方に顔を向けた。
「ハウスワインの白、二つお願いします」
「ボトルじゃなくていいの?」
「うん、せっかくだからいろんなお酒飲みたい」
「了解」
晃さんは頷いて、ちらりと咲也に目礼すると、キッチンへ戻って行った。
その姿をしっかり見送ってから、咲也は私を意味ありげな目で見やる。
「……何よ」
「ううん」
咲也は一瞬堪えようとして無理だったらしい。くしゃりと破顔して口元を押さえた。
「他人事じゃないじゃない」
「うっさい」
私は苦虫をかみつぶしたような顔を咲也に向けた。
そんなわけで咲也同伴で店を訪ねることになった私は、当日の朝、約束通り晃さんに連絡をした。
【今晩、お店行ってもいいですか?友達と二人です】
仕込みは昼から始めるという晃さんは朝が遅いと聞いていたので、案の定、返事があったのは昼頃だった。
【オッケー】
親指を立てたマークと共に返された返事はシンプルでホッとする。これで待ってるよとかなんとか、気の利く台詞があったなら、ちょっと行くのを考え直したところだ。
毎回毎回私の家に送ってくれる晃さんの好意がただの友人としてのそれなのか、男としてのそれなのか、私にはまだ分からない。あまりガツガツしている訳ではないというのは送り狼にならないことから分かるのだが、淡泊な人でもなさそうだというのは最近の距離感から察している。
様子次第ではそろそろ潮時かなぁ。
思いながらも決定打に欠ける。決定的な何かがあってからだとゼンさんのバーにも行きづらくなるだろうから、段々と木曜を避ける方が無難か。
でも今日行くお店が素敵だったらどうしよう。それこそ惜しいことをする。ーーいや、でもいいよね。とりあえず一回行ってみよう。元々行きたいなと思ってたんだし。
自分で自分を丸め込んで、駅前で咲也と合流した私は晃さんのお店に向かった。
「へぇ。ほんと、オシャレな感じだね」
晃さんのお店は大通りを一本入ったところにある。ブラウンを基調にし、暖色ライトに照らされた外観からは、大人な雰囲気が漂っている。
「何より、これこれ」
店前にはメニュー表が貼ってあるが、ドリンクリストだけは冊子が置いてある。これは宣伝のためなのか閉店していても置いてあるので、私も目を通したことがあるのだ。
「すごい量のメニューだね。よほどお酒好き?」
「多分。レストランバーって、ドリンクの種類もワインとかカクテルとかがメインでしょ。ここは結構焼酎も揃ってるんだよねー」
私がウキウキしていると、咲也が笑った。
「お酒の話してるとき、あきちゃんほんといい顔するよね」
「まあ趣味みたいなもんですから」
「お酒自体が?それともいろんなところで飲むことが?」
「両方かなぁ」
言いながら私は押し戸を開けた。中は四人掛けのテーブル席が三つ、カウンター席が五つ。奥には半個室があるらしい。
「いらっしゃいませ」
ウェイターの子が声をかけた。
「お二人ですか?」
問われて首を縦に振ると、
「いらっしゃい」
カウンターの中から晃さんの声がした。
「お邪魔します」
にこりと笑って言うと、笑顔が返って来たが、私の後ろにいる咲也を目にしてそれが一瞬引っ込む。
ーーフェードアウトコース決定。
その顔を見た瞬間思ったが、何も気づいていない振りをする。
「予約席通して」
「あ、はい。こちらへどうぞ」
特段予約した訳ではないのだが、半個室の席を取っておいてくれたらしい。テーブルとカウンター席の間を通り抜けて進む。通された半個室の部屋は、がんばれば六人座れそうなゆったりした空間だ。ダウンライトが一つ上から釣ってあり、手元を照らし出す。
「なんだ、友人て聞いてたから女の子だと思ってたよ」
「ああ、すみません。でも友人で間違いないから」
「そう?」
忙しいタイミングではなかったのだろう、晃さんが自らおしぼりを持って来てくれた。それを受け取りながら私はメニュー表を開く。
「オススメ何ですか?」
「日替わりカルパッチョとか、ムール貝とか」
「ああ、いいですね。それくださいーー咲也は?」
「どうしよう。どれも美味しそうだなぁ」
ついつい晃さんの顔を見まいとしているのは気まずいからだが、ほんわり笑う咲也の笑顔に癒されて私も表情が和らいだ。
「ゆっくり見たら。飲み物だけ先頼もうか」
「うん、ごめん。ありがとう」
「何にする?梅酒?サングリア?」
「カルパッチョとムール貝でしょーー白ワインとか」
「お、いいねぇ。たまには私もそうしよう」
私はようやく晃さんの方に顔を向けた。
「ハウスワインの白、二つお願いします」
「ボトルじゃなくていいの?」
「うん、せっかくだからいろんなお酒飲みたい」
「了解」
晃さんは頷いて、ちらりと咲也に目礼すると、キッチンへ戻って行った。
その姿をしっかり見送ってから、咲也は私を意味ありげな目で見やる。
「……何よ」
「ううん」
咲也は一瞬堪えようとして無理だったらしい。くしゃりと破顔して口元を押さえた。
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「うっさい」
私は苦虫をかみつぶしたような顔を咲也に向けた。
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