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第一章 こちふかば
32 経過報告
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約一か月、咲也からは会う度に例の経過報告を聞いていたが、様相はあまりよくない方向に進んでいるようだった。決定的な言葉を言いきれずにいるのがよくない、と私が指摘すると、咲也は黙り込んだ。
「え、ごめん。傷ついた?」
「いや、そうじゃないんだ」
咲也は苦笑して力なく手を振った。私は心配になってその顔を覗き込む。
咲也と私は会社も違えば生活圏も違う。どちらかがもう会わないと告げれば、私たちはきっと一生会うことはないだろう。今までのつき合いでは、そういう関係が大人の醍醐味であり心地よいと思っていたが、咲也とそうなるかもしれない、という気配はえも言われぬ不安を産んだーーが、その自分の動揺には、あえて気づかない振りをする。
「--今の会社って、叔父が経営してるんだ」
咲也は言いながら、どう話したものかと考えているようだった。
「俺、元々、違う会社に就職したんだけどーー鋭い先輩にバレかけて」
バレかけて、とは、性趣向のことだろう。彼が好きな梅酒を傾けながら、ぽつりぽつりと話す。
「前時代的な会社だったし、変な噂でも立てば一発で干されるようなところだったから、ヤバイと思ってーーどうしよう、どうしようって思ってたら、身体に来ちゃって」
私はその横顔を黙って見ている。咲也は一語一句、確認するように言葉を紡ぎだす。
「突然、朝、起きられなくなって。あーあ、もう出勤できないやって。連絡する気にもならなくて、会社から連絡来ても取る気にならなくて。母が叔父に相談して、叔父が病院連れてってくれて。まあ、ストレスだろうって言われて、辞めたんだけど」
私は静かに相槌を打つ。こういうとき、同情も気遣いも不要だとーーむしろ邪魔だと、自分の経験で知っている。
「で、叔父から、うちの会社で働かないかって。叔父には持病があるから、手伝ってくれると助かる、って言われてーーまあ、それで今のところで働き始めたんだ」
咲也は言って、苦笑した。
「だから、あんまり叔父に変な心配かけたくもないし、変な噂が立つのも困るんだよね。おじさんおばさんばっかりだから、そういう話題って食いついちゃうし。仕事しにくくなるのも嫌なんだ」
「あーまあ、それは分かる」
花見のときに感じた空気感を思い出して納得する。鴻野江さんのように、恋する自分に恋する女の子は時々何をしでかすか分からない。場合によっては、咲也が振り向いてくれないとかなんとか言い出しただけでも大惨事になりかねない。
「でも、今のままじゃ、時間の問題じゃない?」
「そうなんだよ……分かってるんだけど……分かってるから困ってるんだよ」
咲也はがっくりと肩を落とした。私は苦笑してその肩を叩く。
「いっそみんなにカミングアウトするとか」
「みんながみんな、あきちゃんみたいにおおらかな訳じゃないんだよ」
咲也の目が暗く鋭い光を持つ。冗談で言ってはいけなかったと反省して、私は肩をすくめた。
「何か協力できることがあればいいんだけどね」
言葉は本心だ。
「ありがとう。とりあえず、話聞いて鬱憤晴らさせてくれるだけでも助かってるよ」
「そう?ならよかった」
私は苦笑して、そうだ、と手を叩いた。
「私のよく行くバーでね、レストランバー経営してるって人と会ったの。今度、そのお店行ってみない?私がご馳走するよ」
晃さんとは、ゼンさんのバーで会って以来、木曜に数度バーで会った。会う度くだらない話で盛り上がり、結構な時間まで一緒にいて、一人では危ないからと自宅の前まで送ってくれる。やはりくだらない話をしながらのその帰路は楽しくて、ついつい毎回お願いしてしまう。
来るときには連絡ちょうだいよ、と連絡先まで交換して、いつ行こうかと考えていたところだったのだ。
咲也はそんな事情を知る由もないが、ふわりと穏やかな笑顔で答えた。
「ほんと?じゃあ、楽しみにしてる」
私はにこりと笑って頷いた。
ーーこれから起こる面倒事を想像もせずに。
「え、ごめん。傷ついた?」
「いや、そうじゃないんだ」
咲也は苦笑して力なく手を振った。私は心配になってその顔を覗き込む。
咲也と私は会社も違えば生活圏も違う。どちらかがもう会わないと告げれば、私たちはきっと一生会うことはないだろう。今までのつき合いでは、そういう関係が大人の醍醐味であり心地よいと思っていたが、咲也とそうなるかもしれない、という気配はえも言われぬ不安を産んだーーが、その自分の動揺には、あえて気づかない振りをする。
「--今の会社って、叔父が経営してるんだ」
咲也は言いながら、どう話したものかと考えているようだった。
「俺、元々、違う会社に就職したんだけどーー鋭い先輩にバレかけて」
バレかけて、とは、性趣向のことだろう。彼が好きな梅酒を傾けながら、ぽつりぽつりと話す。
「前時代的な会社だったし、変な噂でも立てば一発で干されるようなところだったから、ヤバイと思ってーーどうしよう、どうしようって思ってたら、身体に来ちゃって」
私はその横顔を黙って見ている。咲也は一語一句、確認するように言葉を紡ぎだす。
「突然、朝、起きられなくなって。あーあ、もう出勤できないやって。連絡する気にもならなくて、会社から連絡来ても取る気にならなくて。母が叔父に相談して、叔父が病院連れてってくれて。まあ、ストレスだろうって言われて、辞めたんだけど」
私は静かに相槌を打つ。こういうとき、同情も気遣いも不要だとーーむしろ邪魔だと、自分の経験で知っている。
「で、叔父から、うちの会社で働かないかって。叔父には持病があるから、手伝ってくれると助かる、って言われてーーまあ、それで今のところで働き始めたんだ」
咲也は言って、苦笑した。
「だから、あんまり叔父に変な心配かけたくもないし、変な噂が立つのも困るんだよね。おじさんおばさんばっかりだから、そういう話題って食いついちゃうし。仕事しにくくなるのも嫌なんだ」
「あーまあ、それは分かる」
花見のときに感じた空気感を思い出して納得する。鴻野江さんのように、恋する自分に恋する女の子は時々何をしでかすか分からない。場合によっては、咲也が振り向いてくれないとかなんとか言い出しただけでも大惨事になりかねない。
「でも、今のままじゃ、時間の問題じゃない?」
「そうなんだよ……分かってるんだけど……分かってるから困ってるんだよ」
咲也はがっくりと肩を落とした。私は苦笑してその肩を叩く。
「いっそみんなにカミングアウトするとか」
「みんながみんな、あきちゃんみたいにおおらかな訳じゃないんだよ」
咲也の目が暗く鋭い光を持つ。冗談で言ってはいけなかったと反省して、私は肩をすくめた。
「何か協力できることがあればいいんだけどね」
言葉は本心だ。
「ありがとう。とりあえず、話聞いて鬱憤晴らさせてくれるだけでも助かってるよ」
「そう?ならよかった」
私は苦笑して、そうだ、と手を叩いた。
「私のよく行くバーでね、レストランバー経営してるって人と会ったの。今度、そのお店行ってみない?私がご馳走するよ」
晃さんとは、ゼンさんのバーで会って以来、木曜に数度バーで会った。会う度くだらない話で盛り上がり、結構な時間まで一緒にいて、一人では危ないからと自宅の前まで送ってくれる。やはりくだらない話をしながらのその帰路は楽しくて、ついつい毎回お願いしてしまう。
来るときには連絡ちょうだいよ、と連絡先まで交換して、いつ行こうかと考えていたところだったのだ。
咲也はそんな事情を知る由もないが、ふわりと穏やかな笑顔で答えた。
「ほんと?じゃあ、楽しみにしてる」
私はにこりと笑って頷いた。
ーーこれから起こる面倒事を想像もせずに。
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