さくやこの

松丹子

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第一章 こちふかば

40 惚気への抗体

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「どぉもーお邪魔しますー」
 こうなれば開き直った営業スマイルで神崎さんとその同期の卓に足を運ぶ。元々は五人の予定だったので六人テーブルについていたが、一人キャンセルが出たらしいので私たち二人が座っても問題ないようだ。
「いらっしゃい。悪いねぇ」
 同期の一人が苦笑した。その左手に指輪を確認してほっとする。
「マーシーと飲んでると女に絡まれてその後男に絡まれて大変なんだよな」
「じゃ誘うなよ」
「いや、時々そういうスリルが欲しくなる」
「他でやれ」
 言いながら神崎さんは椅子に腰掛ける。私にその隣を勧めた。私が無言の内に拒否の表情をすると、
「お前な。何のために呼んだと思ってんだ」
「そりゃ私と楽しく飲みたくなったからでしょ」
 当然違うと分かっていて言ってみるが、神崎さんは呆れた顔をした。
「俺の女のフリさせろ。ーーって咲也くんに了解得てないな」
 言いながら神崎さんは咲也の顔を覗き込んだ。神崎さんが口を開くより先に、咲也はぶんぶん首を振る。
「いえ、問題ないです。お好きにどうぞ」
「こらこら咲也くん」
 さすがにお好きにされるのは嫌なんですけどと半眼を向けると、咲也はほとんど泣きそうに目が潤んでいる。ーーそれ、アルコールのせいって言って済むレベル?もはや神崎さんの存在が性感帯なのかしらと思って一人渋面になる。変なことを想像してしまった。
 仕方なく、神崎さんの隣に腰掛けると、咲也はさらにその隣に腰掛ける。間に挟まれた私は何となく居心地が悪い。
 神崎さんは咲也に悪いねと苦笑して、私の椅子の背に片手を置いた。ーーほんとにただそれだけ。
 まあ、確かに普通異性にされたらドキドキするのかもしれない距離感だけど。車でバックするときに助手席の頭後ろに手を回すのとか、定番でしょ。あえてやる人狙ってるとしか思えないけど。
「なんだ、それで牽制になるんですか?」
「もっと濃厚なの期待してた?」
 神崎さんの同期が笑う。もう一人にも指輪を確認して、じゃあ独身は阿久津さんだけかと推測した。
「期待っていうか。割と意気地なしなんですね、世の女性って」
「江原に比べりゃ大方の人間は意気地なしだろうな」
 神崎さんは笑いながらハイボールを口に含んだ。
 ーーって、頭越しに熱視線を感じる。これ咲也の?女性たちの?
 ちらりと目線を投げると、咲也が申し訳なさそうな顔をして目をそらした。ああ、どちらも正解か。苦笑して焼酎を口にする。
「神崎さんいるなら、潰れてもいいっすね」
「俺長居しねぇぞ」
「ああ、逆門限?うち泊まっていけばいいじゃないですか」
 神崎さんは呆れ返った顔で私を見た。
「一応自分が未婚女性だってこと分かってんのか?」
「一応は余計です」
 私は言った。
「何かあって困るのは私じゃなくて神崎さんの方でしょ。別に抱きたきゃ抱いてもいいですよ」
 神崎さんはこれ以上ないというくらい嫌そうな顔をした。
「ぜっっっ、てぇ、無、理」
「そんな力強く言わなくたっていいじゃないですか。分かってますよそんなの。一応私だって女なんですからね、傷つきますよそれ」
 神崎さんは微妙な顔のまま、何かを考えるように数度ハイボールグラスを口につけ、
「あー、やっぱ無理。彩乃がいないとしても無理」
「神崎さん、殴りますよ?」
 笑顔で拳を握ると、神崎さんはさすがに黙った。
 わざわざ考えなくていいでしょうよ。変なとこ几帳面でむかつく。
「彩乃さん、て言うんですね。奥さま」
 咲也が微笑した。神崎さんが我に返って罰の悪そうな顔をする。
「ああ、うん。まあ」
「何だかんだ言って愛妻家だよなぁ」
 同期の一人がぼやくと、神崎さんがうろたえた。
「っ、めろよ」
「あっ、照れてる。貴重~」
 私が茶化すと頭を小突かれた。何だその優しい小突きは。ってあれか、一応オンナのフリしてるからか。いつものシバきを見たらバレるもんな、完全に。
「神崎さんもまだまだですね」
 私はふふんと鼻で笑って見せた。
 あ?と神崎さん目を上げる。
「うちの妻ほどいい女はいない、俺は幸せ者だ、くらいのこと平気で言えるようになったら、誰もからかわなくなりますよ」
 私の言葉に、神崎さんはちょっとだけ眉を寄せてから、
「まあ……それに近いことは思ってるけどな」
 その呟きに私が堪えられず、思わず脇腹にエルボーを食らわした。神崎さんは目を白黒させながら脇腹を押さえ、この暴力女、と毒づいた。
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