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第一章 こちふかば
41 交渉成立
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約三十分後、同期三人のスマホがほぼ同時に鳴った。神崎さんはそれを見て、阿久津だ、と呟く。私は横目で咲也と目配せをした。
「そろそろ着きます?」
「そうらしい。今駅着いたって」
さりげなさを装って、私はふぅんと相づちを打ち、咲也の方を見やる。咲也は困惑した顔で私を見返した。
「さっきの返事、どうなの」
私は言って咲也のお皿に乗っていたパプリカを勝手に拝借した。咲也はあんまりパプリカが好きじゃない。食べられない訳ではないらしいけど。
「でも……」
「あの人、鋭いよ」
これから来る先輩のことを考えつつ、私は言う。
「WIN-WINだと思うけど?」
咲也はしばらく逡巡した後、決意したように私を見つめ返した。
「それなら……よろしくお願いします」
「よし来た」
私はにかっと笑って膝を叩いた。神崎さんが不思議そうな顔で私たちのやり取り見ている。
いらっしゃいませ、と店員さんの声がしたので見やると、阿久津さんが店に入ってきた。卓のメンバーに気づき、手を挙げてから近づいて来る。
「お疲れー」
「お疲れでーす」
挨拶して、阿久津さんが咲也と私を見比べて口を開きかけたとき、
「あっくつさーん、私、彼氏できましたぁ」
言いながら咲也の肩にこつりと頭を傾けた。
阿久津さんも神崎さんもポカンとしてから、
「……よかったな」
「……おめでとう」
でも散々否定してたのは何だったんだよ、と神崎さんがぼやくのは無視。
阿久津さんは店員さんにビールを頼んで咲也の前の空席に腰掛けた。咲也は阿久津さんの無言の視線に気まずげな愛想笑いを返している。
「阿久津さん、目つき悪いんだからあんまり見ないであげてくださいよ。咲也怖がってるじゃないですか」
阿久津さんは鋭い目を私の方へ向けた。
「目つき悪くて悪かったな。つーか、彼氏というより飼い犬扱いじゃねぇか」
「そーんなことないですよー」
酔いに任せて、ラブラブですよ、えへっ。と首を傾げてみたが、阿久津さんは心外なものを見たような目をした。神崎さんも噴き出すのをかろうじて堪えている。
「似合わねぇことすんな。逆に疑わしくなる」
「ま、二人には二人の関係があんだろ。放っとけ放っとけ」
阿久津さんの半眼に神崎さんが適当に言うと、阿久津さんのビールが運ばれてきた。
「かんぱーい」
「お疲れー」
かちん、かちんとグラスを合わせ、阿久津さんはぐいっとジョッキを煽った。大きな喉仏が力強く上下する。ぐび、ぐび、と音がして、満足げな吐息と共に、半分以上減ったジョッキがテーブルにどんと置かれる。
「あー、旨い」
「ほんっとビールおいしそうに飲みますよねぇ」
「夏場のビールほど俺を潤すものはない」
「潤すっていえば」
私は焼酎グラスを傾けながら、阿久津さんの顔に意地悪な目を向けてみた。
「最近、あんまり聞きませんね。阿久津さんの心を潤す女性の話」
「確かに。さすがにアラフォーになって落ち着いたか?」
私の言葉に神崎さんが笑う。阿久津さんも口の端をにやりと上げた。
「いちいち人に話すほど子供じゃなくなっただけだ」
「ほほぅ、なるほどー」
私が笑うと、同期の一人が口を開いた。
「いい加減ほどほどにしとけよ。この年でデキ婚も痛いし、病気伝染されたら笑えないぞ」
「へいへい。ご忠告どーも」
阿久津さんは気のない返事をしながらまたビールを飲んだ。
しばらくすると、神崎さんが腰を上げた。
「悪いな、お先」
言いながら、多めのお札を置いていく。それを同期が目で咎めると、
「こいつらの分。足りなければまた言って」
私たちを顎でしゃくって言った。
あーあーまたそういうイケメンなことさらりとやっちゃって。神崎さんはやることがいちいちスマートでそつがなくて、だからちょっとむかつく。
「神崎さんいなくなるなら私ももう不要でしょ?解放してくださーい」
「お前な。見ての通り既婚者ばっかで他の奴もぼちぼち上がるんだよ。たまには俺に付き合え」
俺様なことを言うのはもちろん阿久津さんだ。心中でキング阿久津と呼ぼうか。
「遅れてきた阿久津さんが悪いんじゃないですか」
「仕事で遅れて何が悪い」
「後輩巻き込まないでくださーい」
「まあまあ、あきちゃん」
咲也が苦笑して私の肩に手を置いた。立ち上がった神崎さんが笑う。
「君も苦労するね。時々面倒だけど、根は素直な奴だから、よろしく頼むよ」
言い置いて、咲也の肩をぽんと叩いた。咲也は緊張気味に、はい、と応えた。
「そろそろ着きます?」
「そうらしい。今駅着いたって」
さりげなさを装って、私はふぅんと相づちを打ち、咲也の方を見やる。咲也は困惑した顔で私を見返した。
「さっきの返事、どうなの」
私は言って咲也のお皿に乗っていたパプリカを勝手に拝借した。咲也はあんまりパプリカが好きじゃない。食べられない訳ではないらしいけど。
「でも……」
「あの人、鋭いよ」
これから来る先輩のことを考えつつ、私は言う。
「WIN-WINだと思うけど?」
咲也はしばらく逡巡した後、決意したように私を見つめ返した。
「それなら……よろしくお願いします」
「よし来た」
私はにかっと笑って膝を叩いた。神崎さんが不思議そうな顔で私たちのやり取り見ている。
いらっしゃいませ、と店員さんの声がしたので見やると、阿久津さんが店に入ってきた。卓のメンバーに気づき、手を挙げてから近づいて来る。
「お疲れー」
「お疲れでーす」
挨拶して、阿久津さんが咲也と私を見比べて口を開きかけたとき、
「あっくつさーん、私、彼氏できましたぁ」
言いながら咲也の肩にこつりと頭を傾けた。
阿久津さんも神崎さんもポカンとしてから、
「……よかったな」
「……おめでとう」
でも散々否定してたのは何だったんだよ、と神崎さんがぼやくのは無視。
阿久津さんは店員さんにビールを頼んで咲也の前の空席に腰掛けた。咲也は阿久津さんの無言の視線に気まずげな愛想笑いを返している。
「阿久津さん、目つき悪いんだからあんまり見ないであげてくださいよ。咲也怖がってるじゃないですか」
阿久津さんは鋭い目を私の方へ向けた。
「目つき悪くて悪かったな。つーか、彼氏というより飼い犬扱いじゃねぇか」
「そーんなことないですよー」
酔いに任せて、ラブラブですよ、えへっ。と首を傾げてみたが、阿久津さんは心外なものを見たような目をした。神崎さんも噴き出すのをかろうじて堪えている。
「似合わねぇことすんな。逆に疑わしくなる」
「ま、二人には二人の関係があんだろ。放っとけ放っとけ」
阿久津さんの半眼に神崎さんが適当に言うと、阿久津さんのビールが運ばれてきた。
「かんぱーい」
「お疲れー」
かちん、かちんとグラスを合わせ、阿久津さんはぐいっとジョッキを煽った。大きな喉仏が力強く上下する。ぐび、ぐび、と音がして、満足げな吐息と共に、半分以上減ったジョッキがテーブルにどんと置かれる。
「あー、旨い」
「ほんっとビールおいしそうに飲みますよねぇ」
「夏場のビールほど俺を潤すものはない」
「潤すっていえば」
私は焼酎グラスを傾けながら、阿久津さんの顔に意地悪な目を向けてみた。
「最近、あんまり聞きませんね。阿久津さんの心を潤す女性の話」
「確かに。さすがにアラフォーになって落ち着いたか?」
私の言葉に神崎さんが笑う。阿久津さんも口の端をにやりと上げた。
「いちいち人に話すほど子供じゃなくなっただけだ」
「ほほぅ、なるほどー」
私が笑うと、同期の一人が口を開いた。
「いい加減ほどほどにしとけよ。この年でデキ婚も痛いし、病気伝染されたら笑えないぞ」
「へいへい。ご忠告どーも」
阿久津さんは気のない返事をしながらまたビールを飲んだ。
しばらくすると、神崎さんが腰を上げた。
「悪いな、お先」
言いながら、多めのお札を置いていく。それを同期が目で咎めると、
「こいつらの分。足りなければまた言って」
私たちを顎でしゃくって言った。
あーあーまたそういうイケメンなことさらりとやっちゃって。神崎さんはやることがいちいちスマートでそつがなくて、だからちょっとむかつく。
「神崎さんいなくなるなら私ももう不要でしょ?解放してくださーい」
「お前な。見ての通り既婚者ばっかで他の奴もぼちぼち上がるんだよ。たまには俺に付き合え」
俺様なことを言うのはもちろん阿久津さんだ。心中でキング阿久津と呼ぼうか。
「遅れてきた阿久津さんが悪いんじゃないですか」
「仕事で遅れて何が悪い」
「後輩巻き込まないでくださーい」
「まあまあ、あきちゃん」
咲也が苦笑して私の肩に手を置いた。立ち上がった神崎さんが笑う。
「君も苦労するね。時々面倒だけど、根は素直な奴だから、よろしく頼むよ」
言い置いて、咲也の肩をぽんと叩いた。咲也は緊張気味に、はい、と応えた。
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