さくやこの

松丹子

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第一章 こちふかば

43 守るひと

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 結局軽く一杯付き合わされた私と咲也は、一応カップルらしく、私の自宅の最寄り駅に降りてみた。
「ちゃんと家まで送ってもらえよ、不良少女」
「へーい」
 一緒の電車だった阿久津さんは最後まで減らず口を叩き、咲也は私たちのやりとりを見て笑う。
「手でも繋いでみる?」
 阿久津さんの姿が見えなくなったとき、冗談で言うと、咲也は笑った。
「いいよ」
 想定外の回答に私が戸惑っていると、咲也が私の手を取る。
 温かくて大きい手は、確かに女のそれではない。
 ーーが、不思議とときめきはなく、あるのは安心感だった。
 改札を出て夜道を歩いていく。駅から少し離れると、周囲は一気に暗く感じた。
「ごめんね、さっき」
 隣を歩きながら、咲也は呟くように言った。さっき、とは胸を押し付けたときのことだろう。
「ううん」
 私も歩きながら首を振る。
「私も、ごめんね。嫌な気分にさせちゃって」
 咲也はちらりと私の横顔を見て、苦笑した。
「……俺、ちょっと苦手なんだ」
「苦手?」
「女の人のカラダ」
 わずかに高い位置にある咲也の横顔を覗き見た。咲也は相変わらず穏やかな目を、言葉を探すようにわずかに揺らした。
「柔らかくて掴み所がなくて……飲み込まれそう、というか。でも、守らなきゃいけない気になる、というか……」
 私はふふ、と笑った。
「私、そんなに柔らかくないよ。骨ばってて、面白みないってしょっちゅう言われる」
「うん、そうなんだけど」
 言って、咲也はあっという顔をした。わずかに俯き、ごめん、と言う。
「その……俺の言う人とは、違うって、分かってるんだけどね」
 特定の女性の存在を感じて、私は黙った。あえて聞くべきではない。彼のトラウマになっていることなら、余計。
「……もう、夏も終わりだね」
 不意に、私は言った。熱帯夜も甚だしいじっとりとした夜風が服に纏わり付く暗闇で。
 咲也は笑う。
「まだ八月だよ。始まったばかりだよ」
「始まってもう一ヶ月くらい経つよ」
 私は言った。
「そしたらもう終わりだよ。だんだん夏が店じまいしていって、秋が来る」
 秋は来るだろうか。毎年、夏から一気に冬になっているような気がする。
「あきちゃんの秋?」
「私のあきには漢字はないよ」
「そうか。……そうだったね」
 言いながら、二人でトボトボ歩いていく。私の家まで。
 私の家は、三階建てのアパートの二階だ。オートロックなんておしゃれなものはない。ごく一般的な、フツーの、飾り気のないアパート。だけど、一階に大家さんが住んでいるので、ちょっとだけ安心。何が安心なのかは分からないけど。
 アパートの横には街灯のついた電柱が立っている。その電柱の下に、三本ほどの煙草の吸い殻を見つけた。
「……誰かここで煙草吸ってたのかな」
 私が言うと、咲也も首を傾げる。
「こんなところで三本も?」
 周りを見回しながらまた首を傾げ、
「何か待ってたとか?それにしても何もないよね」
「そうだねぇ。何だろうね」
 話しながら、階段を昇っていく。部屋の前にたどり着くと、咲也はじゃあ、と手を挙げた。
「俺はこれで」
「えー。上がらないの?」
「いいよ。今日は」
 言いかけて、あ、そうだ、と手を叩く。
「カモフラージュの待受撮ろう」
「ええ?今から?」
「明日、鴻野江さんも俺も出だもん。彼女できたって言うならチャンスでしょ。写真ないのって言われたら見せられるじゃない」
 それとも、やっぱりやめとく?道義的によくないかな。と咲也は生真面目な顔でまた首を傾げる。私は苦笑した。
「いや、いいんじゃない。なら上がって行きなよ。私こんな酔っ払いな顔で写真写りたくないもん、ちょっと顔洗わせて」
「ああ、うん。分かった」
 咲也は言って、私がドアの鍵を開けるのを待っている。ーーと、何かに気づいてしゃがみ込んだ。
「何か差し込まれてる。何、これ?」
 ドアに挟み込まれていたのは、白い封筒だった。
 私は首を傾げる。
「……不気味だね。何だろう」
 どこか他の部屋と間違えたんじゃないの、と思ったが、咲也にどうすると問われて受けとった。部屋に上がり、電気をつける。咲也も後ろから着いてきた。
「まあ、とりあえず開けてみるか」
 私は呟いて、封筒を開く。中にはメモ帳にメッセージが書いてあった。

 あきちゃん
 もうゼンさんのバーには来ないの?行ってみたけどいなかったので。もう一度だけ会いたいんだけど、無理かな。メッセージも返してくれないし……連絡待ってます。
  晃

 見た瞬間、ぞっ、と悪寒が背筋を駆け巡る。
 ーーうわぁ、痛い。ていうか怖い。ホラーだホラー。ヤバいこれはヤバいやつ。
 身体中に鳥肌が立って、メモをどうすることもできずにいると、不思議そうな顔をした咲也がひょこりと覗き込んだ。
「うわぁ。ヤバそうだね」
 途端に心配そうな顔になる。
「大丈夫なの、あきちゃん」
「た、多分……」
 こうなれば、カモフラージュのツーショットが必要なのは咲也だけではなさそうだ。私はよし、と気合いを入れて洗面所に向かったが、アルコールで赤らんでいた頬は幸い今ので血の気が引いたような気がする。
 洗顔をして、軽く化粧をし直す。見慣れて面白みも感じない自分の顔の上に筆を滑らせながら、ふと呼びかけた。
「咲也」
「なぁに?」
 勝手知ったる咲也は、棚にしまってあった私の本を手にしている。海外旅行のレポルタージュ、イギリス編。旅行に行った気になるので好きで何冊か持っているのだ。
「……もし、私に何かあったらさぁ」
 言いかけて、やめた。化粧が終わったのでさあ写真をと咲也の方に向かおうとすると、咲也が何とも言えない表情で立っている。
 座って本を読んでいるものだと思っていた私は驚いて後ずさった。
 向き直ると同時に洗面所の照明を落としたので、ダイニングからの照明を咲也が遮って私はほとんど暗闇に飲まれている。
「ど、どうしたの」
「あきちゃんに何かあったら、困る」
 逆光でよく見えない咲也の顔は、覗き込んで見ると心底困った表情をしていた。
「……困るよ」
 言いながら、くたり、と反省したように首をうなだれる。私は息をつき、苦笑した。
「大丈夫だよー」
 ぱしぱしと肩をたたく。咲也はちらりと目を上げた。
「私、頑丈だもん。生半可なことじゃどうにかならないって」
 咲也の表情が冴えないので、笑顔のまま肩を叩きつづける。しばらくしてから咲也はようやく微笑んだ。
「……あきちゃん」
「何?」
「ハグしてもいい?」
「はぁ」
 間の抜けた声が出て、自分で笑った。
「女のカラダ、苦手なんじゃないの」
「あのときは咄嗟に反応しちゃったけど、あきちゃんには大丈夫な気がする」
「骨々しいから?」
「違うよ。ーーそれはごめんって」
 咲也の苦笑に、気にしてないよと返す。
「あきちゃんは、むしろ守ってくれそうだから」
 ーー何だそれ。それはそれで失礼じゃないの。
 私は笑いながら咲也の方に腕を伸ばした。
 私たちは、友達がするそれのように、乱暴で力強いハグをした。
 それは今までどの男と触れ合ったときよりも親密で、互いの想いを感じる抱擁だった。
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