さくやこの

松丹子

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第二章 ふくらむつぼみ

55 身辺整理

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「で、何だったん?山崎部長の話」
「え、山崎部長と話?」
 それぞれ注文したスパゲッティをフォークに巻付けているとき、ヨーコさんが切り出した。私は、はい、と答えてスパゲッティを一口。茄子とベーコンのトマトソーススパゲッティ。
 咀嚼して、ごくりと飲み込んだ後で口を開いた。
「海外勤務になっても問題ないかって」
 端的に言うと、アヤさんが目をぱちくりした。
「そっか、まだ海外勤務経験してなかったっけ。希望はしてたの?」
「してましたよぉ。最初が九州支社で、次が今のとこだから」
「ああぁ。今のとこ、長くなっちゃったもんね」
 アヤさんは大きく頷いて、少し眉尻を下げた。
「もしかして私たちのせい?」
「何でですか?」
「山崎部長にアキちゃん推薦したの、うちの人」
 私の動きが止まる。
「え?」
「あれ?」
「知らへんかった?」
 それぞれ口にした疑問符の後、沈黙。
「えええええ」
 私は無表情な驚きの声を出した。
 じゃあ今までラッキィと思ってたのって、神崎さんのおかげ?
 私は額を押さえた。
「……神崎さんて」
「どないしたん」
「イチイチ、タイミング良くないですか」
 九州支社から、本社への異動が決まる直前、母と男が同棲を始めた。
 と、聞いた。確認をした訳ではない。
 一度くらい、挨拶に来ないかと、都合はつかないかという再三の連絡に、私は適当な理由をつけて断っていた。
 そのおかげで、気分が低下したときに出た都内転勤の
辞令ーー
 嫌気がさした私を浮上させてくれたきっかけが、二度とも、同じ人だったとは。
 恩に着たくなーい。
 頭を抱える私を見ながら、
「せやなぁ」
 ヨーコさんは声を抑えて笑う。
「ヒーローやからなぁ、マーシーは」
 アヤさんは苦笑した。
「えー。なぁに、それ。ただの人だよ。口うるさい小舅みたいな」
「ーー悪かったな、小舅で」
「うげ」
 アヤさんの後ろには、噂の人。
「女子会の邪魔しないでくださぁい」
 私が唇を尖らせると、
「ちょっと渡すものがあっただけだよ」
 神崎さんは言いながら、スーツジャケットの内ポケットから書類を取り出した。九月はまだクールビズのはずだけど、神崎さんは夏スーツの上下の上、しっかりネクタイまでしている。多分こだわりの問題だろう。
「子どもたちの迎えのとき、保育園にこれ渡しといて。今日、提出期限だったの忘れてた」
「明日でもいいんじゃないの?」
「出せるなら期限内に出した方がいいだろ」
「まーそうかもしれないけど」
「つか、今日ほんとにお迎え行ける?」
「行ける。行く。今日は残業しないっ」
「あ、そ。まあ無理すんなよ」
 アヤさんはワーキングマザーでありながら人事課のチーフをしている。拳を握る愛妻の肩を軽く叩いて、神崎さんは私に目を向けた。
「以上。邪魔したな」
「超ー邪魔でした」
「てっめ。いちいちつっかかんな」
「ひがみやろ」
 ヨーコさんが楽しそうに神崎さんに微笑む。
「ヒーローへのひがみや。はいはい言うて流しとき」
 神崎さんは不服げに、
「やめてくださいよ。その言葉、いい思い出ない」
「ヒーロー、言われて嫌がるところがマーシーらしいな」
「そういえば、アニキって呼ばれるのも嫌がってましたね」
「いや、普通嫌だろ、アニキとか。ダサい」
 本気で嫌そうな顔をしてから、神崎さんは手を挙げて去って行った。
 が、同じ会社の人だろう、周りの客に時々声をかけられて笑顔で応じている。あれじゃ、なかなか出口まで行けないんじゃないの、昼ご飯食いっぱぐれたりしないのかな。
 まあ私には関係ない話だけどーーいや、食いっぱぐれた方がいっそ気分がいいな。思わぬ恩義を、瞬間的にでも感じてしまった今はーー
「はあ」
 私は嘆息した。私的に、神崎さんと阿久津さんに感謝しなくてはならないのは、すごく、かなり、悔しいのである。
「まあ、あの人のことは置いといて」
 アヤさんはさっさと切り替え、
「どこになるのかなぁ。楽しみ?ーーでも、年齢的にはちょっと微妙よね」
 アヤさんに言われて、私は笑った。
「だから、私結婚願望も子供欲しいとも思ってないですから。全然、全っ然、問題ナシです」
 決まるといいなぁ。と言うと、ヨーコさんが微笑を浮かべて小首を傾げた。
「希望してたんなら、そうなるとええな。うちはちょっと寂しいけど」
「どうせ二、三年したら帰ってきますから。ーーって言って、辞令出なかったらどうしましょう」
 私が笑うと、二人も笑った。
「それは滅多にないだろうけどね。身辺整理は少しずつしといた方がいいかも」
「身辺整理」
 アヤさんに言われて、自分の人間関係の乱雑さに気付かれていたのかと思いドキッとした。が、続けたアヤさんの言葉にほっと息を吐き出した。
「私、あんまり荷物が多くて苦労したのよね。実家に置いてもらったりして。捨てられないたちだからさー」
 ヨーコさんが笑い、ちらりと私を見てからまたアヤさんに向き合う。
「マーシーが呆れるやろ」
「え、でもあの人も捨てられないたちなのよ。捨てるのが苦手だから、必要最低限しか持たないんだって」
 なるほどねぇ、と思いつつ、私は引き続きランチをつついた。
 私は、欲しいときに、欲しいものを買う。必要ないと思ったらあっさり捨てる。時々捨てたことを忘れて探すこともあるけど、ああ捨てたんだった、と思ってまた新しいものを買う。
 物とのつき合い方と人とのつき合い方が、よく似ている気がして、そんな自分が嫌になる。
 二人の先輩が話している姿を見ながら、思った。
 この関係もーーいずれ、私は、要らないと切り捨てるのだろうか。
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