さくやこの

松丹子

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第二章 ふくらむつぼみ

59 換言

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「今日ね、会社で上司に呼ばれて」
 器に残ったカレーをかき集めながら、私は口を開く。
 咲也がちらりと目を上げた。その口には最後の一口を乗せていたスプーンがくわえられている。
「何かしでかした?」
「やだな、違うよ」
 これでも期待の若手なのであるーーもう八年目だけど、まだ若手でいい、はず。
「海外勤務、ようやく叶うかも」
 咲也はきょとんとした表情で、何度かまばたきをした。
「っていうと、どこに行くかもなの?」
「えーと……多分、アメリカかイギリス」
 一番多いのがそのどちらかのようだ。ちなみに神崎さんとヨーコさんはアメリカ、アヤさんと安田さんはイギリスだったらしい。とは、今日のランチで聞いた情報。
「そっか、おめでとう」
 私はちらりと目を上げた。咲也が微笑んでいる。
「だって、叶うかも、ってことは、希望してたんでしょ」
 私は頷きながら、最後の一口を頬張った。おかわり、と咲也が立ち上がり、炊飯器を開ける。白い湯気が立ち上った。
「よかったね。選べるなら、どこがいいの?」
「えー。やっぱイギリスかなぁ。長期休暇にヨーロッパ周遊」
「そのときに日本に帰って来る気はないんだ」
「ないよぉ。何ならそのままーー」
 そのまま、向こうに行ってしまいたい。
 前なら当然のように口にしていた言葉が、うまく喉を通らなかった。
 ーー自分からは、逃げられへんーー
 ヨーコさんは、私の顔に何を見て、あの言葉を言ったんだろう。
 言葉を止めた私の顔を、おかわり片手に椅子に腰掛けた咲也は穏やかな目で見ている。
「いいかもね」
 咲也は言った。突き放すような言い方ではない。ただ静かに私の気持ちを受け止めて。
「そしたら、あきちゃん、少しは気楽に生きていける?」
 私は、頷くことができずに、笑った。
「今でも気楽に生きてるよ」
「一見ね」
「内面にはみんな何かしら抱えてるもんでしょ」
「そうかもしれないけど」
 咲也はまたカレーを口に運び、思い直したように続けた。
「まあ、あきちゃんの気持ちはあきちゃんにしかわからないよね」
 先ほどの自分の言葉を言い換えただけだとわかっているのに、咲也から放たれたその言葉は、ひどく胸に突き刺さったように感じた。
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