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第二章 ふくらむつぼみ
78 新しい提案
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年始には咲也の母に訪ねて来いと言われ、二人でまた咲也の実家に向かった。
「いらっしゃい」
咲也の母は相変わらずにこやかだったが、何となく痩せたように見えた。中に通されると、机の上に錠剤があったが、咲也の母はさりげなく手元に隠した。
躁鬱病。咲也に聞いた言葉が瞬時に蘇るが、何も知らぬ風な笑顔を取り繕った。
「どうぞ」
私は勧められて椅子に腰掛ける。
目に付くところに、箱があった。中にはハガキや封筒が入っている。古いものから新しいものまであるように見えた。
「どう?一緒に住み始めて三ヶ月だっけ。それぞれ居心地は」
お茶を出すと、咲也の母は私たちに聞いた。咲也と私は目を合わせる。
「特には変わりないよ」
「そう」
咲也の母はお茶を口にしながら言った。
「それは、何よりだわ」
私も当たり障りのない笑顔で相槌をうち、お茶を口にする。
「咲也には、色々苦労をさせたわ」
不意に、咲也の母は遠い目をした。眺めているのはハガキが入ったあの箱だ。その様子に、あれは咲也の父からの手紙だと直感する。
「咲也に聞いたでしょう?私は持病があって、私が咲也の世話を焼くどころか、咲也が私の世話を焼いてくれていたようなものよ。家を出るのだって、きっと私を残して行くのが心配でなかなか踏み切れなかったのよねーー咲也は優しい子だから」
咲也は何も言わず視線を落としてお茶を飲む。
「でも、私も親だから。やっぱり、息子には幸せになってほしいと思ってるのよーー人並みに」
私は咲也の母の表情に何かを見出だそうとしながら頷いた。
「でも、最近思うの。もしかしたら、私自身が、咲也の幸せを邪魔しているのかもしれないってーー」
咲也の表情が凍る。私は慌てて取り繕うように笑った。
「そんなことないですよ。咲也にとっては大切なお母さんじゃないですか」
口にしながら、ふと思った。
母を断ち切った私と、囚われ続ける咲也。どちらの母子関係の方が、幸せと言えるんだろう。いずれにしても、健全ではないに違いない。ーー健全な関係なんて、本当にあるのかは分からないけれど。
私の母なら、言うだろうか。
娘には幸せになってほしい、とーー
自分に問い掛けてから、言いそうにないと気づき、私は苦笑を浮かべた。多分、言いそうにないからこそ、母を残して出て来れた。それを、幸いと呼ぶべきか否か。
後は当たり障りのない話に終始して、三人で夕飯を摂った後に帰路についた。
「なぁんかさぁ」
隣り合って歩きながら、私は咲也に声をかけた。
「最近、このまま、結婚もいいんじゃないかなぁなんて、思い始めたんだよね」
私の台詞に、咲也が一瞬戸惑ったのを感じ、その表情を仰ぎ見る。私は何でもない風を装っていたが、その実、自分の鼓動が大きくなっているのを感じていた。
咲也は曖昧な微笑みを浮かべて私を見返してきた。
「なぁに、急に」
「いや、だって」
その反応が拒否ではないとわかり、内心ほっとしながら言葉を続ける。
「私、咲也とだったらずっと一緒に住めると思うし、ずっと一緒にいられるような気もする」
むしろーーずっと一緒にいたい。
結婚すれば、この関係が失われるという不安を抱かずに済むのではないか。
そんな自分勝手な想いは、口にできず心に留める。
「言ったのは初めてだけど、急じゃないんだよ」
私は自分の気持ちを確認するように、一言一言はっきりと口にした。
「咲也と住み始めてから、ずっと考えてた。家族って何だろうって。夫婦って何だろうって」
私は女で、咲也は男だ。それはただの偶然、なのだけれどーーそして、やっぱりただの偶然、互いが互いを恋愛対象としては認識していないのだけれど、でも、家族になるとしたらこの人だ、という確信もある。
そんな私たちが取れる家族の形を、色々、考えていた。
「私と咲也は女と男だから、なろうと思えばそういう形でも家族になれるんだな、って思って」
それぞれの夫婦に、それぞれの関係があって、それぞれの形がある。
それならば。
「私は咲也と家族になりたい」
口をついて出た言葉に、私は大変満足した。
――そうだ、ようするにそれが言いたかったんだ。
誇らしげな気持ちで咲也を見やると、咲也はどこか寂しげな微笑を浮かべていた。
「ーーどうしたの?」
「うんーーううん」
咲也はふわりと、微笑み直す。
「ありがとう。あきちゃんのその気持ち、嬉しいよ」
咲也はそうとだけ言って、前を見た。それ以上何も言わなかった。
私はどこか物足りないような気持ちになりながら、強いて掘り下げる気にもなれず、咲也の横顔をうかがいながら黙って歩いた。
まさかその冬が終わる前に、咲也との関係が一変するだなんて、そのときの私は想像もしていなかった。
「いらっしゃい」
咲也の母は相変わらずにこやかだったが、何となく痩せたように見えた。中に通されると、机の上に錠剤があったが、咲也の母はさりげなく手元に隠した。
躁鬱病。咲也に聞いた言葉が瞬時に蘇るが、何も知らぬ風な笑顔を取り繕った。
「どうぞ」
私は勧められて椅子に腰掛ける。
目に付くところに、箱があった。中にはハガキや封筒が入っている。古いものから新しいものまであるように見えた。
「どう?一緒に住み始めて三ヶ月だっけ。それぞれ居心地は」
お茶を出すと、咲也の母は私たちに聞いた。咲也と私は目を合わせる。
「特には変わりないよ」
「そう」
咲也の母はお茶を口にしながら言った。
「それは、何よりだわ」
私も当たり障りのない笑顔で相槌をうち、お茶を口にする。
「咲也には、色々苦労をさせたわ」
不意に、咲也の母は遠い目をした。眺めているのはハガキが入ったあの箱だ。その様子に、あれは咲也の父からの手紙だと直感する。
「咲也に聞いたでしょう?私は持病があって、私が咲也の世話を焼くどころか、咲也が私の世話を焼いてくれていたようなものよ。家を出るのだって、きっと私を残して行くのが心配でなかなか踏み切れなかったのよねーー咲也は優しい子だから」
咲也は何も言わず視線を落としてお茶を飲む。
「でも、私も親だから。やっぱり、息子には幸せになってほしいと思ってるのよーー人並みに」
私は咲也の母の表情に何かを見出だそうとしながら頷いた。
「でも、最近思うの。もしかしたら、私自身が、咲也の幸せを邪魔しているのかもしれないってーー」
咲也の表情が凍る。私は慌てて取り繕うように笑った。
「そんなことないですよ。咲也にとっては大切なお母さんじゃないですか」
口にしながら、ふと思った。
母を断ち切った私と、囚われ続ける咲也。どちらの母子関係の方が、幸せと言えるんだろう。いずれにしても、健全ではないに違いない。ーー健全な関係なんて、本当にあるのかは分からないけれど。
私の母なら、言うだろうか。
娘には幸せになってほしい、とーー
自分に問い掛けてから、言いそうにないと気づき、私は苦笑を浮かべた。多分、言いそうにないからこそ、母を残して出て来れた。それを、幸いと呼ぶべきか否か。
後は当たり障りのない話に終始して、三人で夕飯を摂った後に帰路についた。
「なぁんかさぁ」
隣り合って歩きながら、私は咲也に声をかけた。
「最近、このまま、結婚もいいんじゃないかなぁなんて、思い始めたんだよね」
私の台詞に、咲也が一瞬戸惑ったのを感じ、その表情を仰ぎ見る。私は何でもない風を装っていたが、その実、自分の鼓動が大きくなっているのを感じていた。
咲也は曖昧な微笑みを浮かべて私を見返してきた。
「なぁに、急に」
「いや、だって」
その反応が拒否ではないとわかり、内心ほっとしながら言葉を続ける。
「私、咲也とだったらずっと一緒に住めると思うし、ずっと一緒にいられるような気もする」
むしろーーずっと一緒にいたい。
結婚すれば、この関係が失われるという不安を抱かずに済むのではないか。
そんな自分勝手な想いは、口にできず心に留める。
「言ったのは初めてだけど、急じゃないんだよ」
私は自分の気持ちを確認するように、一言一言はっきりと口にした。
「咲也と住み始めてから、ずっと考えてた。家族って何だろうって。夫婦って何だろうって」
私は女で、咲也は男だ。それはただの偶然、なのだけれどーーそして、やっぱりただの偶然、互いが互いを恋愛対象としては認識していないのだけれど、でも、家族になるとしたらこの人だ、という確信もある。
そんな私たちが取れる家族の形を、色々、考えていた。
「私と咲也は女と男だから、なろうと思えばそういう形でも家族になれるんだな、って思って」
それぞれの夫婦に、それぞれの関係があって、それぞれの形がある。
それならば。
「私は咲也と家族になりたい」
口をついて出た言葉に、私は大変満足した。
――そうだ、ようするにそれが言いたかったんだ。
誇らしげな気持ちで咲也を見やると、咲也はどこか寂しげな微笑を浮かべていた。
「ーーどうしたの?」
「うんーーううん」
咲也はふわりと、微笑み直す。
「ありがとう。あきちゃんのその気持ち、嬉しいよ」
咲也はそうとだけ言って、前を見た。それ以上何も言わなかった。
私はどこか物足りないような気持ちになりながら、強いて掘り下げる気にもなれず、咲也の横顔をうかがいながら黙って歩いた。
まさかその冬が終わる前に、咲也との関係が一変するだなんて、そのときの私は想像もしていなかった。
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