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第三章 さくらさく
80 わがまま
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寝る準備を済ませた私たちは、初めて一緒のベッドに横たわった。
何となく距離を置こうとする咲也の手を探り当て、握る。
咲也はためらいがちに、私の手を握り返した。
静かな暗闇の中に、互いの息遣いだけが聞こえる。
握った手の平に、相手の温もりを感じる。
生きている。隣で、確かに。
その温もりは私に、そう教えてくれていた。私は咲也に分からないように、そっと息を吐き出した。
「映画見た後」
私は沈黙を破って、口を開いた。
「言ってたね。生きていく必要があるのか、って」
咲也はうん、と頷く。
「病気のこと、考えてたの?」
咲也はわずかな間の後、また、うん、と言った。
「あの時は、まだ、簡易検査の結果だけだったけどね。覚悟はしておこうと思ってた」
私は、そう、と静かに頷き、いつの間にか乾いた唇を舐めた。
「咲也はーー」
絞り出すように言葉を紡ぐ。
「ーー生きていく気は、ないの?」
問いながら、答えを聞きたくない、と思う自分がいた。
咲也の口から、前向きな言葉が聞けるような気はしなかったから。
咲也は黙った。表情の見えない暗闇の中で、彼が少しだけ、微笑んだように感じた。
私もそれ以上聞けずに、黙った。
何か言うには、あまりに私の知識は少なくーー
そして、咲也との関係は曖昧過ぎた。
そのことが、もどかしくて、苦しい。
ーー咲也を、失いたくない。
ただひたすらそう思い、暴走しそうになる自分を抑えようと、咲也の手を握る手に力を込めた。
咲也は、握り返すことなく、私の手の甲を指先でトントンと叩いた。
「ーーねぇ、あきちゃん」
しばらくの沈黙の後、不意に、咲也が言った。暗闇の中に、その声が静かに響く。
「なぁに」
私は返した。隣り合わせて横たわった互いの温もりが、ほとんど触れそうな腕に、繋がった手の平に、感じられる。
「俺のこと、馬鹿だと思う?」
私はふと息を吐き出した。
「あんたが馬鹿なら、私はもっと馬鹿でしょ」
咲也がひそやかに笑う。
「そうかもね」
再び、沈黙が訪れた。
私は目をつぶった。
自分の心音が聞こえる。
トクトクと身体に響くリズミカルな音は、私が生きている証だ。
咲也のそれも確認してみたかったが、繋いだ手のひらからはさすがに伝わってこなかった。
「ねぇ、あきちゃん」
また、咲也が小さな声で呼んだ。
「何よ」
私は極力不機嫌そうに返す。瞼は閉じたまま。
「俺、馬鹿なんだ」
咲也の台詞に、私はわざとらしく嘆息した。
「今さら何言ってるの」
「うん」
咲也の声は、不思議な揺らぎを孕んでいた。
「ちょっとだけね……嬉しいと思ったんだ」
私は黙る。暗闇の中、見えもしない彼の横顔に目をやった。
「病気になって……これが、彼が俺に、残してくれたものなのかもって」
――抱くか、殺して行ってくれ。
最愛の人にそう迫った、数年前の咲也。
見たこともないその姿を瞼に思い描いてしまってから、私は呼吸をした。一回。二回。
それから、口を開く。
「……咲也」
「うん」
「あんた、馬鹿」
「うん」
咲也は静かに笑った。私はおやすみと言った。私の頬を、生温かい涙が伝って、枕に落ちた。
ーーほんとに、馬鹿。
咲也に気付かれないように、寝返りを打ってそれを拭った。
嗚咽を抑えて、込み上げる涙を飲み込む。
言いたい言葉は、自分のわがままに思えて口にできなかった。
今の私には、彼の生き方にも死に方にも、口を出す権利はない。結局名前のない関係の私には――
それでも、思わずにはいられなかった。
だから、心中で、隣に眠る咲也に呼びかけた。
ねぇ、咲也。
ーー私は、君に、生きていて欲しい。
何となく距離を置こうとする咲也の手を探り当て、握る。
咲也はためらいがちに、私の手を握り返した。
静かな暗闇の中に、互いの息遣いだけが聞こえる。
握った手の平に、相手の温もりを感じる。
生きている。隣で、確かに。
その温もりは私に、そう教えてくれていた。私は咲也に分からないように、そっと息を吐き出した。
「映画見た後」
私は沈黙を破って、口を開いた。
「言ってたね。生きていく必要があるのか、って」
咲也はうん、と頷く。
「病気のこと、考えてたの?」
咲也はわずかな間の後、また、うん、と言った。
「あの時は、まだ、簡易検査の結果だけだったけどね。覚悟はしておこうと思ってた」
私は、そう、と静かに頷き、いつの間にか乾いた唇を舐めた。
「咲也はーー」
絞り出すように言葉を紡ぐ。
「ーー生きていく気は、ないの?」
問いながら、答えを聞きたくない、と思う自分がいた。
咲也の口から、前向きな言葉が聞けるような気はしなかったから。
咲也は黙った。表情の見えない暗闇の中で、彼が少しだけ、微笑んだように感じた。
私もそれ以上聞けずに、黙った。
何か言うには、あまりに私の知識は少なくーー
そして、咲也との関係は曖昧過ぎた。
そのことが、もどかしくて、苦しい。
ーー咲也を、失いたくない。
ただひたすらそう思い、暴走しそうになる自分を抑えようと、咲也の手を握る手に力を込めた。
咲也は、握り返すことなく、私の手の甲を指先でトントンと叩いた。
「ーーねぇ、あきちゃん」
しばらくの沈黙の後、不意に、咲也が言った。暗闇の中に、その声が静かに響く。
「なぁに」
私は返した。隣り合わせて横たわった互いの温もりが、ほとんど触れそうな腕に、繋がった手の平に、感じられる。
「俺のこと、馬鹿だと思う?」
私はふと息を吐き出した。
「あんたが馬鹿なら、私はもっと馬鹿でしょ」
咲也がひそやかに笑う。
「そうかもね」
再び、沈黙が訪れた。
私は目をつぶった。
自分の心音が聞こえる。
トクトクと身体に響くリズミカルな音は、私が生きている証だ。
咲也のそれも確認してみたかったが、繋いだ手のひらからはさすがに伝わってこなかった。
「ねぇ、あきちゃん」
また、咲也が小さな声で呼んだ。
「何よ」
私は極力不機嫌そうに返す。瞼は閉じたまま。
「俺、馬鹿なんだ」
咲也の台詞に、私はわざとらしく嘆息した。
「今さら何言ってるの」
「うん」
咲也の声は、不思議な揺らぎを孕んでいた。
「ちょっとだけね……嬉しいと思ったんだ」
私は黙る。暗闇の中、見えもしない彼の横顔に目をやった。
「病気になって……これが、彼が俺に、残してくれたものなのかもって」
――抱くか、殺して行ってくれ。
最愛の人にそう迫った、数年前の咲也。
見たこともないその姿を瞼に思い描いてしまってから、私は呼吸をした。一回。二回。
それから、口を開く。
「……咲也」
「うん」
「あんた、馬鹿」
「うん」
咲也は静かに笑った。私はおやすみと言った。私の頬を、生温かい涙が伝って、枕に落ちた。
ーーほんとに、馬鹿。
咲也に気付かれないように、寝返りを打ってそれを拭った。
嗚咽を抑えて、込み上げる涙を飲み込む。
言いたい言葉は、自分のわがままに思えて口にできなかった。
今の私には、彼の生き方にも死に方にも、口を出す権利はない。結局名前のない関係の私には――
それでも、思わずにはいられなかった。
だから、心中で、隣に眠る咲也に呼びかけた。
ねぇ、咲也。
ーー私は、君に、生きていて欲しい。
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